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臨月若妻殺人事件

1988年(昭和63年)3月18日午後7時半すぎ、会社員の守屋靖男(仮名/当時31歳)は仕事を終え、名古屋市中川区の新興住宅地にあるマンションの自宅へ急ぎ足で向かっていた。

自宅には当初の出産予定日が3月13日ですでに5日が経過している愛妻の守屋美津子(27歳)が一人でいるからだった。日に2回は自宅に電話を入れ、美津子に陣痛が始まる気配がないかを確かめていた。そして、18日の当日の午後1時の電話で、「まだか?」と問いかける靖男に、美津子が電話に出て「まだみたい」と明るく答えている。だが、靖男が会社を出る間際の午後6時50分に自宅に電話をかけてみたが、いつもなら3回と鳴らないうちに電話に出るはずの美津子が、なぜか呼び出し音を10回鳴らし続けてもついに出なかった。

午後7時40分、靖男はたどり着いたマンションの入口で、道路側2階の自宅を見上げた。いつもなら灯りがついているはずの部屋が真っ暗になっており、その時刻には取り込まれているはずの洗濯物も干されたままであった。靖男は急いで階段を駆け上がり、ドアノブに手をかけた。すると、いつもは用心深く施錠してあるはずのドアがスーッと開いた。

静まり返った家の中の奥の部屋から声が聞こえてくるようだった。最初、その声を靖男は空耳だと思ったという。ゆっくりと声のする奥へ足を進めながら、次第に声の意味が分かり出し、靖男は自分の耳を疑った。それは間違いなく人間の赤ん坊の発する泣き声だったのだ。

奥の部屋に入った靖男は、今度はわが目を疑った。電気こたつの横に両足を大きく開いた状態で仰向けで動かない美津子を発見した。青いマタニティドレスにピンクのジャンパーを羽織り、黒いパンストをつけたまま、白い紐のようなもので後ろ手に縛られ、電気こたつに接続されたままの電源コードで首を絞められていた。両足の間には弱々しく泣き声を上げる血まみれの嬰児がおり、そのお腹からは、およそ30センチほどのヘソの緒がうねうねと畳に延びていた。

美津子の体は胸からみぞおち、下腹部にかけて薄いカッターナイフのような鋭利な刃物で真一文字に縦38センチ、深さ2.8センチに切り裂かれていた。刃物は通りにくいヘソの周りは迂回して切り裂き、嬰児が異常分娩で産まれたのではない証拠に、子宮も12センチに渡って切り開かれていた。犯人がそこから胎児を取り出したことは明らかだった。母親の子宮から取り出された胎児は、乱暴にヘソの緒を切られ、刃物の切っ先によって、ひざの裏、大腿の裏、股間の3ヶ所に傷を負わされていた。

靖男は救急車を呼ぼうとして電話のある玄関に引き返したが、あるはずの電話がなく、コードが引き千切られていた。なぜ電話機がないのか? 考えている時間はなかった。靖男はドアの外に転がり出て階段を駆け下り、階下の住人からひったくるようにして電話を借りて119番通報し、奇跡的に男の子の一命はとりとめた。体重は2930グラム。

しかし、なぜ電話機がなかったのか? それは鑑識の現場検証で明らかになった。美津子の遺体を調べてみると、切り裂かれた子宮の中には最新型プッシュホン式電話機と車の鍵がついたミッキーマウスのキーホルダーが無造作に押し込まれていたのだった。

犯人は現場に何も残しておらず、指紋はきれいに拭き取られ、台所には血を洗い流した跡があった。また、遺体には性的暴行を受けた跡や激しく抵抗した跡はなかった。

警察はいくら捜査してみても何を目的とした犯罪であるのか解らなかった。ちなみに、この事件のとき、美津子の財布ごと数千円の現金が盗まれているが、それ以外の金目のものには手付かずであることから空き巣狙いという線は薄いと見られていた。その日、靖男や美津子の交友関係を調べたほか、マンション近くを通りかかった通行人435人を確認、一人ひとり丹念に捜査したが、いずれも該当する容疑者はいなかった。夫である靖男自身も疑われたが、帰宅直前まで会社にいたという完全なアリバイがあるので疑惑は晴れている。

被害者の美津子はサイドビジネスとして、家庭用品販売をしており、事件当日の午後1時50分ごろ、美津子の知り合いの主婦(当時31歳)が子連れで美津子の部屋を訪れ、脱臭剤を2千数百円で買っている。主婦が払った代金は美津子が財布にしまったが、のちに、この財布が犯人によって盗まれることになる。午後3時ごろまで、美津子はこの主婦と談笑したあと、階下の駐車場まで見送っているが、その隙に美津子の部屋へ犯人が侵入したのではないかという推測もある。

主婦は手みやげとしてイチゴを持って来ており、美津子はそれを一緒に食べている。食べ残しのイチゴが盛られた食器は、こたつの上に置かれたままになっていた。殺害の推定時刻は解剖して胃の内容物を調べた結果、午後3時過ぎとされた。

事件当日の午後3時10〜20分ごろ、被害者の階下に住む主婦が不審な男を目撃したという。その主婦によると、自宅玄関でドアノブをガチャガチャと回す音がして、チャイムを鳴らされたので、ドアを半開きにすると、身長165センチくらいで30歳くらいの一見サラリーマン風の丸顔の男が立っており、その男に「ナカムラさんのところを知りませんか」と訊かれたが、「知りません」と答えて、すぐにドアを閉めたという。この男は犯行現場となったマンションの周りをウロウロしているところを何人かの人に目撃されている。この男が事件と関係していたのかどうかは不明だが、「ナカムラ」は被害者の名前でないことは確かである。

結局、犯人像を「死体破壊を好む性的倒錯者」とし、近隣の各駅辺りには、<身の周りに妊婦に異常な興味を持つ人がいたら、お知らせ下さい>という立て看板が一斉に設置された。そして、その後の懸命の捜査にもかかわらず逮捕には至らなかった。

『犯罪地獄変』(水声社/犯罪地獄変編集部編/1999)という本があり、この事件のことを取り上げているのだが、この本によると、事件のあった前日の3月17日、テレビの深夜番組で歌川国嘉と芳年の残酷浮世絵「無残絵英名二十八句」を紹介したという。芳年の浮世絵には「縛り上げた妊婦を切り裂き、赤ん坊を取り出す」というモチーフがあるらしい。犯人がこの番組を見て犯行に及んだと考えるのはいささか短絡的ではあるのだが、まったく関連性がないかと言われると否定はできない。

美津子の子宮の中からは「電話機」と「車の鍵が付いたミッキーマウスのキーホルダー」が発見されているが、「電話機」を隠すという行為には外部への連絡を少しでも遅らせようとした意図が感じられるし、「車の鍵」を隠すという行為も同様に考えると、被害者を病院へ運ぶということを少しでも遅らせようとした意図が感じられる。だが、どうして隠し場所が子宮の中なのかが謎。他にも発見されにくい場所はいくらでもあったはずだと思われるのにわざわざ子宮の中にしたことに犯人の妊婦への異常な関心がうかがえる。やはりこのことから考えても単なる物盗りとは思えないようだ。

また、美津子がサイドビジネスとして関わった商品販売グループには、過去にマルチまがいだと噂されたことがあった。こうしたことや、子宮の中に押し込められていた「電話機」と「ミッキーマウスのキーホルダー」からその意味するところを「ねずみ講」と推測し、その関連からの恨みによる犯行ではないかと指摘する人もいるのだが、、、。とすると、「車の鍵」は被害者宅の物だが、「ミッキーマウスのキーホルダー」は犯人が用意したもの?

2003年(平成15年)3月18日、事件から15年が経過したこの日、公訴時効が成立した。

死刑になる殺人などの公訴時効は2005年(平成17年)1月1日施行の改正刑事訴訟法により「15年」から「25年」に改正。さらに、2010年(平成22年)4月27日施行の改正刑事訴訟法により殺人、強盗殺人は公訴時効が廃止されたため、公訴時効が完成することがなくなった。

参考文献・・・
『報道できない超異常殺人の真実』(竹書房文庫/犯罪心理追跡編/1997)
『殺人者はそこにいる 逃げ切れない狂気、非情の13事件』(新潮文庫/「新潮45」編集部/2002)
『犯罪地獄変』(水声社/犯罪地獄変編集部/1999)

『ドキュメント 消えた殺人者たち』(ワニマガジン社/1999)

『週刊文春』(2001年8月16・23日 夏の特大号)
『毎日新聞』(2003年3月18日付/2010年4月27日付)

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