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日本人留学生射殺事件

1992年(平成4年)10月17日午後8時半ころ(現地時間)、アメリカ・ルイジアナ州バトンルージュ市にAFS派遣生、また、盛田財団(2013年12月、解散)の奨学生として留学していた愛知県名古屋市の県下一の進学校である旭丘高校2年の服部剛丈(はっとりよしひろ/16歳)は、ホストブラザーのウェブ・ヘイメーカーと共に彼の車で、ハロウィンパーティーに出かけた。

AFS・・・(American Field Service) 高校生の交換留学を主な活動としている、非営利の民間国際教育交流機関で国際本部をニューヨークに置き、世界中の10万人のボランティアの支援のもと加盟55カ国の間で教育・文化交流を行っている。1947年(昭和22年)、初めて10カ国50人の学生をアメリカに招待。1954年(昭和29年)、日本から年間派遣1期生8人アメリカへ。1980年(昭和55年)、文部省の認可を受け、財団法人エイ・エフ・エス日本協会となる。1992年(平成4年)、特定公益増進法人の認可を受ける。1996年(平成8年)、日本からの派遣生の総数が1万人を突破する。

AFS日本協会

盛田財団・・・1981年(昭和56年)12月、故盛田昭夫ソニー会長の寄付で作られた正式名称・財団法人盛田国際教育振興財団のことで、愛知県からのAFS受験生は盛田財団の奨学生試験に合格すれば、参加費(100万円前後)全額を奨学金として支給された。2013年(平成25年)12月、解散。

剛丈は映画『サタデーナイトフィーバー』の主役のジョン・トラボルタをまねて、白いタキシードに黒ズボン、ウェブは自宅のプールに飛び込んだときに首を怪我していたので、首にギブスを付け、頭と手足に包帯を巻いた病人の格好で仮装していた。顔はそのままでメイクはしていなかった。

ちなみに、 『サタデーナイトフィーバー』(監督・ジョン・バダム)が製作されたのは1977年(昭和52年)で剛丈が1歳くらいのときである。

『サタデーナイトフィーバー』

2人はハロウィンパーティーの会場である友人宅に着いたのだが、そこは番地が似ていた別の家であった。2人はそのことに気づかずにいた。ハロウィンの飾り付けもあり、「この家に違いない」と思い、正面玄関のドアベルを鳴らしたが、応答がなかった。

横手にあるカーポートのドアの方に行くと、ドアがバタンと閉まった。2人は家を間違ったかもしれないと思い、車道の方に戻った。しばらく立っていると、カーポートのドアが開いた。

剛丈は「パーティーに来たんです」と言いながら、カーポートを通り、ドアの方へ歩いていくと、ドアのすぐ近くで、この家の主人であるロドニー・ピアーズ(当時30歳)が銃を構えていた。その姿を見たウェブは「だめだ、戻ってこい」と叫んだ。

ピアーズは剛丈を強盗だと思い、“Freeze”(じっとしていろ)と言ったが、剛丈はその言葉の意味が分からなかったのか、「パーティーに来たんです」と、また言い、家に入ろうとした直後に撃たれてしまった。マグナム44口径の弾丸が胸を貫通し、出血がひどく、救急車で運ばれるが、その途中で死亡した。

1992年(平成4年)11月4日、アメリカ・ルイジアナ州東バトンルージュ郡大陪審はロドニー・ピアーズを日本の傷害致死罪に当たるマンスローター(故殺罪、計画性のない殺人罪)で起訴した。

12月16日、ピアーズ被告は罪状認否で無罪を主張、陪審制度を望んだため、12人陪審の刑事裁判が開かれることになった。

1993年(平成5年)5月23日、全員一致の無罪評決となり、ピアーズ被告の正当防衛が認められた。弁護人は最終弁論で、「玄関のベルが鳴ったら、誰に対しても、銃を手にしてドアを開ける法的権利がある。それがこの国の法律だ」と語った。

銃器所持賛成派の理由に次のようなものがある。

[ 1 ] 合衆国憲法修正第2条で銃器の保持は国民の権利であると保障していること。規律あるミリシア(民兵で組織された市民軍)の結成は、自由な国家の安全にとって必要だから、市民の武器保有、携帯の権利を侵してはならないという発想である。

[ 2 ] 銃は強力な軍隊をもった政府の暴圧に対抗する、国民の自由と権利を守るための手段である。国家権力の濫用を監視するために、市民は銃をもつ権利があり、銃所持は民主主義の象徴である。

[ 3 ] 犯罪からの自衛手段であり、犯罪抑止効果である。そのほか、フロンティア時代から続く、自分の身は自力で守るという伝統、銃が正義をつくったという西部劇的な素朴な思想、産業革命への銃器メーカーの多大な貢献など、米国特有の銃文化がある。

銃所持派の背後には、全米ライフル協会(NRA:National Rifle Association)など強力な圧力団体の活動があり、「法律を守る良き市民の銃所持の権利を守ってきた」と主張する。だが、年間約4万人が銃で命を失い、約20万人が負傷している事実があった。

全米ライフル協会(英文)

6月、「YOSHI基金」設立。これは、悲劇を繰り返さないためには文化の違いを乗り越え理解を深めていく必要があるとして、銃のない日本社会を体験してもらうため、アメリカの高校生を年に1人ずつ招こうと計画して設立されたものだった。基金は剛丈の生命保険から1000万円、その他、多くの寄付金で運営されている。事務局はAFS日本協会内に置かれている。計画通り、翌1994年(平成6年)から毎年、1人ずつ受け入れ、1999年(平成11年)には、6人目の高校生を受け入れている。

YOSHI基金

11月16日、服部家とホストファミリーであるヘイメーカー家が揃ってクリントン大統領に面会し、日本の署名170万人分とアメリカの15万人分を渡した。

11月20日、ブレディ法案が議会で可決されたが、署名が後押しした形になった。

ブレディ法・・・5日間の待機期間を置き、購入申込者が犯罪者か、あるいは精神病者ではないかなどの人物チェックをし、社会の平穏を害する心配がない人だけに販売する法律。この法律の提唱者は、ブレディ夫妻。1981年(昭和56年)、ブレディ氏はレーガン元大統領の補佐官であったが、レーガン大統領を狙って犯人が撃った銃弾を受け、瀕死の重傷を負った。この事件後、半身不随のブレディ氏を支え、夫とともに夫人がこの法律を作るため7年の努力を費やした。そして、1994年(平成6年)、連邦レベルの銃規制法としてブレディ法が成立、施行された。その結果、年間に約4万件の違法な銃購入が阻止され、銃販売業者の数も激減した。

1994年(平成6年)、ルイジアナ州ニューオリンズ市の酒造会社サゼラックの社長のボルドーが、「日本ルイジアナ友好基金」を設立。日本の寶(たから)酒造の協力を得て、短期の相互交流が続けられている。

日本ルイジアナ友好基金

1996年(平成8年)1月12日、刑事訴訟ではピアーズ被告に「無罪」判決が下されたが、民事裁判では、この日、ルイジアナ州最高裁判所が、ピアーズ被告の上告を却下したことで、ピアーズ被告の過失責任が認められ、ピアーズ被告に対して65万3000ドルを支払うように命じた。

3月、被害者の剛丈の母親の服部美恵子と坂東弘美の共著『海をこえて銃をこえて 留学生・服部剛丈が遺したもの』が風媒社から刊行される。署名運動に始まり民事裁判の勝訴にいたるまでが記されている。

『海をこえて銃をこえて 留学生・服部剛丈が遺したもの』

1997年(平成9年)、クリスティン・チョイ監督がこの事件を検証したドキュメンタリー映画『The Shot Heard Round The World(世界に轟いた銃声)』を製作、公開した。剛丈の母親は、映画の中で「ピアーズも銃社会の犠牲者かもしれない」と言っている。チョイ監督は前作の『WHO KILLED VINCENT CHIN?(誰がビンセント・チンを殺したか?)』(1988年)では、白人によるアジア系アメリカ人に対する差別を描いている。

1999年(平成11年)10月11日、アメリカの銃製造大手コルトが一般向けの短銃製造・販売から撤退することが明らかとなった。銃被害の損害賠償の訴訟の責任を避けるためとみられている。

その後も次のような「ハロウィンパーティー」に絡んだ “勘違い”による射殺事件が起きている。

2000年(平成12年)10月28日午前1時ごろ、ロサンゼルスのビバリーヒルズの豪邸で行われたハロウィンの仮装パーティーで、アメリカ黒人俳優のアンソニー・リー(39歳)が、警官(当時27歳)に射殺されるという事件であった。警官らは、豪邸付近の住民からパーティーの騒音の苦情を受けて敷地内に入った。ガラスドア越しに警官を見つけたリーは、本物の警官と思わずにおもちゃの短銃を向けた。警官はそれを本物と見間違え、数発の銃弾をリーに浴びせた。リーは悪魔の衣装を身につけていたという。警察当局は「不幸な偶発事件だ」と述べている。リーは長身のアフリカ系米国人。映画『ライアー・ライアー』(監督・トム・シャドヤック/主演・ジム・キャリー)、テレビドラマ『ER・緊急救命室』などに出演していた。

『ライアー・ライアー』 / 『ER・緊急救命室』

参考文献・・・
『現代殺人事件史』(河出書房新社/福田洋/1999)』
『「命」の値段』(日本文芸社/内藤満/2000)
『20世紀にっぽん殺人事典』(社会思想社/福田洋/2001)

『フリーズ!  ある日本人留学生射殺事件』(集英社文庫/平義克己&ティムタリー/1997)
『アメリカを愛した少年 「服部剛丈君射殺事件」裁判』(講談社/賀茂美則/1993)
『毎日新聞』(2000年10月30日付)

関連サイト・・・
YOSHIの会

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