[ Back to Archive ]

Posted Dec. 22, 2015

PHASE ZERO

How China Exploits It, Why the United States Does Not

The Authors: Lt. Col. Scott D. McDonald (USMC), Lt. Col. Brock Jones (U.S. Army) and Major Jason M. Frazee (USAF).

訳者前書

Naval War College Review 2012 Summerで拾ったテキストを端折って訳すだけの簡単なお仕事。

仮訳題: フェイズ・ゼロ - 中国は如何にそれを切り拓き、米国は何故やらないのか

時々見かけるPhase Zeroってなんですかいな..? 平時の交戦ってなんじゃそれ? 米軍統合ドクトリン(Joint Publication 3-0, V-6)によれば作戦計画フェイズは、Phase 0は"Shape", Phase1 は"Deter", Phase 2 は"Seize initiative", Phase 3 は"Dominate", Phase 4は"Stabilize", Phase 5 は"Enable Civil Authority"に区分されるそうだけど、良く判らねーよという疑問を探る材料の一つに。

Operation Plan Phases

六韜、孫子、老子などの翻訳の多くはWeb漢文大系を頼りにした。

Typo, 誤訳の指摘は歓迎。- E-mail

目次

2006年10月、米欧州軍(U.S.EUCOM)副司令官Charles F. Wald米空軍大将は、執筆論文の"The Phase Zero Campaign"において、統合用語(Joint lexicon)に"Phase Zero"の用語を加えた。[01] 過去5年で戦略環境に影響を及ぼす平素における調整された活動実施の概念は、広く受け入れられるようになり、今では戦域作戦計画(theater campaign plans)に取り入れられている。それらの活動はパートナーの能力構築や戦争回避の潜在的な敵に対する影響を重視している。対照的に、2500年に渡る中国の戦略文化では、交戦に先駆けて敵を破るために行動することが推奨されてきた。これは中国が、通常環境において戦略的利益の増進に、国力を割いていることをある程度説明している。米国の関心が環境醸成やパートナー構築にある。一方で中国の戦略文化は、西側では開戦したと見なす条件の前段階で敵を倒すことを好み、これが中国を最終的に戦略的に優位なポジションに置いている。中国が見せるような将来の課題に対処するには、米国は、Phase Zeroと事態(危機)対処計画をより統合しなくてはならず、米国の国益に沿うように、戦争回避や紛争沈静化に留まらない定常環境での作戦を計画・実施しなければならない。

ここで軍事の基本目的が、Clausewitzが定義したように「相手にわが意志を強要するために行う力の行使である」戦争にあることを思い出す必要がある。[02] 仮にPhase Zeroの目的を通常環境において、勝利を達成することに変える必要があるなら、敵の意思を挫く観点のみならず、外交・情報・経済・軍事も含めて敵に振り向けることができる国力全体を検討すべきである。

米国の軍事プランナーが"Phase Zero"の用語を使ったのはここ5年であり、中国の戦略の伝統には及びも付かないが、本稿では、米国のプランナーによるPhase Zeroへの取り組みの方法論に一石を投じつつ、このフレーズを、どのように武力衝突手前で国力を行使するかに関する米中両国の考え方を検討するために用いる。これを基礎にして、本稿では、中国の戦略文化が、どのように交戦に先駆けた決定的行動を推奨しているかを分析する。次に、近年の中国の活動を検討し、どのようにより重大なPhase Zeroの概念が実施されうるのかを説明する。さらに、米国の戦略文化を検討し、この概念が、イスラム過激派に対する作戦背景において享受され、歓迎されたにもかかわらず、より完全なPhase Zeroの概念が計画や作戦に反映されていない理由を理解する。

I. THE CHINESE STRATEGIC CONTEXT (中国の戦略的背景)

目次に戻る

中国の戦略文化の根源は、戦国時代(475 to 221 BC)の混沌にある。この長い戦争時代には7カ国が覇権を争った。そこでは、典型的な中国の政治や軍事の思想となる原理原則を分類していった権力の補佐や軍師(strategist)が徴用された。それらの文献とは、今でも繋がりがある。それは中国文明の長命さによるものだけではなく、今も中国の意志決定者たちに読まれ続け、影響を与えているからだ。[03]

中国の伝統的知性は、西洋とは異なる格好で発展し、また異なる視点で世界を見ている。ある西洋の学者によれば、"多少は良くなり、多少は安定する共通点を選び出す代わりに、変化の可能性の範囲を模索することを選ぶ"と記している。[04] 実際、大半の伝統的な中国の戦略思考が頼る変化とは正にこの概念の中にある。その理解の中心にあるのはshi/勢の概念だ。[05] Shi/勢は、"力/power", "推進力/momentum", "傾向/tendency", "情勢/state of affairs"などと訳される。[06] 別の西洋の学者は、そうした全ての文脈を包含して、"力の戦略構造"と訳している。[07] これは、陣容や実力を討論する時には問題ないが、"(王は)形を示すとも情は見せず、天高くして極むべからざるが如く測るべからざるが如し。彼怒らずば奸臣跋扈し、shi/勢動かさずば敵国すなわち強し"の一節を満たさないと思われる。[08] この太公望(呂尚)の六韜の一節は、shi/勢が、王が行使するかを問わず現下の可能性を与え、或いは有する軍をより生み出していることを示唆している。実際、それがいかなる状況でも、中国の戦略文化が西洋でPhase Zeroと呼ぶものをどう見ているか、shi/勢が理解を助ける変革や発展の可能性の意義だ。

西洋から見た際の混乱の最たるものは、潜在的可能性が自然に成すことの意味だ。多様な中国の哲学的伝統は、状況の可能性を変えていくことに対して子孫に警告を発している。事実、未来を変える試みは、しばしば不利と見なされる。[09] この場合、理解する戦略とは一体何か? そんな戦略は一体存在し得るのだろうか?

孟子は、孔子一門では恐らくもっとも影響力があり、その教えは孔子の教えの発展において影響力を持っていたが、精神に関する議論で、先のはっきりと分かれた疑問について言及している。[10] 彼は、精神は涵養され守られるべきで、"そのままに育つようにする"べきではないとしている。そのために、大きく育てようとして作物を引っ張り台無しにする男の話を引き合いに出し、しかしながらそれは、"精神(浩然の気)を養うことを無益だと考えてこれを放棄する者は、いわば畑の雑草取りをしない者"と説明している。 [11] 言い換えれば、行動すべきではあるが、それは既に進展している状況を伸ばしたり、望む結果に必要な環境を確立することであり、その過程に、すなわち作物のありのままの成長の可能性、直接関わるようなことではない。

介入を局限するには、出来るだけ早期に介入することだ。"上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。"という孫子の教えの中に、この意味を見出す者もいるだろう。[12] 出来るだけ早期に、また最終的な目標から出来るだけ遠いところで動くことで、最小限の労力で望む結果を得られる。また、孫子は、戦に優れる者は"その措くところ必ず勝つ。すでに敗るる者に勝てばなり。" とも述べている。 [13] 将は、状況を正確に読み、戦う前から影響を与えるが故に結果を得るのである。これは、孫子がしばしば、優れた将は戦わずして勝つという金言を繰り返したことをはっきりと映している。[14] そうした将は、兵力に頼ることを必要とせずに、自身の目標に向けて作り上げる状況に対して極めて早期に関わる。

この意義について、道教の老子も繰り返している。彼は特に出来る限り過程の早期での行動を説いている。それは、容易に望む結果を大きく出来るからである。曰く、"難きをその易きに図り、大をその細になす。天下の難事は必ず易きより作(おこ)り、天下の大事は必ず細より作る。ここをもって聖人はついに大をなさず。故によくその大を成す。それ軽諾は必ず信寡(すくな)く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。ここをもって聖人すらなおこれを難しとす。故についに難きことなし。" [15]

彼はまた、自然に望む結果に向かうことがある出来事を進行させておく価値を見出した。しかし、"賢人"は、そうした流れの中で利益を得るための自身の立場を確保する際に、状況に割って入る。老子は、河を例にして、小国が自然とそのようになっていく下流に身を置くことで国が大きくなることを示し、"故に大国もって小国に下れば、すなわち小国を取る。"と説いた。 [16] 言い換えれば、彼は、真の意図を敵に伏せておくために謙遜する振りをすること、またそうすることで自然とそこに向かっていくと主張しているのである。

要するに、中国の戦略文化は、戦略環境を変えてしまう(alter)武力紛争が訪れる前に、長期に渡って巧みに干渉することを推奨している。もしくは西洋文化流に訳せば、Phase Zeroでの基礎研究を周到にすることで、国家目標が達成できるように戦略環境を変えることも最小限の戦闘で可能である。

II. THE PRC AND PHASE ZERO OPERATIONS

目次に戻る

知識が近代国家の採る道の理解の助けを得るならば、国家の戦略文化を検討することが唯一有益な手段だ。そうした分析は、中国の指導者たちが戦略的アドバンテージのために状況整備を目的とした多種多様な活動を通じ、戦略環境の醸成を図っている証拠を求めて、近年の同国の活動の検討を必要としている。国力のコンポーネントとしての視点から見たそれら活動の分析は、西側にとってはこうした分析をまとめることに有益である。

Diplomatic. (外交)

中国は巧みに外交抗議戦術を用いていてきた。中国政府が、朝鮮半島西部での米韓合同海軍演習に抗議する際などがそうである。一度ならず、米国は中国の要求に対して空母打撃群や演習を日本海、朝鮮半島の東岸に展開・移動させないことで応じてきた。[17] 単純にレトリックで小突くことで、中国政府は米国に要求に応じさせ、また米国が長く維持してきた航行の自由の原則を放棄させる。その例としては、米国は最終的には黄海で演習を実施したが、当初は中国の権益に対して配慮した事実には、同盟国が中国と不一致となった際に彼らの立場に対する米国の意志を得るという信頼に対して、潜在的な負の意味がある。

また、中国は台湾の防衛能力を制限するために効果的な外交を進めている。2009年、Barack Obama大統領は台湾への60億ドル相当の武器輸出を承認した。[18] しかしながら、この輸出は台湾が特に希望し、彼らが決定的に欠落している能力を補うために重要だと考えていた幾つかのアイテムが含まれていなかった。台湾関係法(TRA)は、合法的に米国政府に対して"台湾が充分な自衛力を維持するため、必要に応じた量の軍事物品やサービスを利用可能にできるよう"に義務を負わせているが、そうした支援の本質やタイミングは、中国の圧力による影響をますます受けていると思われる。[19] 米国政府は、台湾への武器輸出に関して中国の意見を顧慮しない政策を公式に採っているが、中国の憤りを回避しようとするよりも、防衛的性格の物品の販売をこのまま遅延させることを考えるのは難しい。

中国の外交はまた、北朝鮮やイランの支援を通じて米国の妨害を試みてきた。それは、韓国海軍コルベット・天安/Cheonan (PCC 772)が北朝鮮の魚雷で沈められた際に顕となり、中国は口を固く閉ざし、北朝鮮の行為を非難することも、北朝鮮の関与を認めることさえ拒み、韓国の延坪島(ヨンピョンド)に砲撃した北朝鮮を非難することもなかった。さらに中国はイランへの外交努力を侵害することにも成功、首尾一貫して、米国や多国間によるイランの核兵器開発阻止の動きに対立した。[20] 総合的に見ると、この米国と直接対立する国々への支援は、戦略環境を二つの点で複雑にしている。

1つ目は、そうしたことには、米国政府に対して、中国の戦略的な動きを粉砕すること事体よりも、先の諸問題に注意を払うことに専念し続けることが求められるということである。2つ目は、仮に米中敵対が現実化した場合、米国が北朝鮮やイランがその脇で何かしているだろうという懸念を常に抱いているということである。

この点においては、中国の外交的に勝利する以外の北朝鮮の核兵器問題に関する六者会合/六カ国協議(日・米・韓・中・露・北)は考え難い。中国は、世界の舞台へのステップと多国間協議を主導する機会を掌握し、国際的な協議に貢献したことに対する西側からの賞賛を得られるように努力した。すなわち、西側が描く責任あるステークホルダーの図に合わせたのである。しかしながら、中国にすれば飽くまでも六者会合を進め、それによって米国の主要な安保上の懸念の一つを解決することは阻止し、中国ではなく北朝鮮に世界の視線が集中したままにしながら得る必要がある。

Informational. (国際)

2011年2月13日、USA Todayは、ギャラップ世論調査(Gallup Poll)の結果を掲載、米国民の54%は中国が世界経済を牽引していると考え、これに対して32%が経済を主導しているのは依然として米国であると - 正確に - 考えていることが判明した。この事実それ自体に関連性はないだろうが、感情は中国が影響力を振るおうとしているという認識(power of perceptions)を訴えている。これを理解することは、近年の中国が注目を浴びるような国際的なイベントを招聘・主催することを、国是とした理由を考える助けになる。2008年の北京五輪開催式の華麗・豪華さは、中国が如何にそうしたイベントを世界的な世論に自身の勢いを認めさせる為に使ったかという顕著な例だ。

そうした自身の世界への売り込みは、しかしながら国力の情報コンポーネントの只一つのゴールというわけではない。情報が拡散されるような方法でも戦略環境におけるインパクトがある。例としては、中国空軍はRobert Gates米国防長官が北京を訪問した際、新型のJ-20戦闘機のデモンストレーションすることにした。[21] 表面上は中国軍と米軍の交流を再開する一方で、新たな能力の誇示を決めたことは、中国は強者の立場で交渉しているというメッセージになった。近隣諸国が中国関連の政策を決定する際に考える結論、すなわち二国間関係の方針や歩調を決定するのは中国だということは結論の範疇にはない。

インターネット時代では、情報管制が世論に影響を行使するのと同じく重要になっている。山ほどの証拠は、中国がこうした種類の活動に大いに興味を持っているというだけではなく、それは洗練されたコンピューターネットワーク作戦に裏付けられていることを示唆している。中国が策源地と広く考えられた攻撃は、米国・パートナーの外交官、政治家・人権活動家・軍事ネットワークや軍事協力が対象としていた。 [22]

2010年の2つのインターネットでのインシデントは、正体不明の者が情報送信によって、そうした処理を試みたことを明らかにした。一つは、大量のトラフィック、特に米軍サイトへの、が中国を経由して約20分間に渡って送信された。もう一つは、米国とチリのインターネットユーザーが、中国政府としては政治的に受け入れられないと思われるウェブサイトに接続できないことに気付いた。[23]

インターネットでの作戦の正確なソースを割り出すのは難しいため、陽動の分担などは確認されていないが、仮に中国軍のハッカーが、世界中のインターネットの経路を自在にコントロール出来るなら、それが短時間であったとしても、中国は敵対国家が受け取る情報を操作する能力を保有できることになる。自身が有する情報の完全性でさえ、疑念が呈されるかもしれない。

Military. (軍事)

米国と比較して通常戦力の質的な劣位にある中国は、多様な弾道・巡航・防空ミサイルの開発に数十年を費やしてきた。それらは米軍事力を遠ざけ、(米軍の)アセットに危険を及ぼし、また防御や(装備の)更新に比べると安価である。こうした理由の為に、ミサイルがあらゆる重要な作戦のため、妨害しての拒否にも中国軍のドクトリンに浸透している。また、中国軍の将校団は、優越する敵との条件を改善する手段として、さらに多くのミサイルを検討している。[24] その好例は、2007年1月11日の対衛星ミサイルの実験である。これにより、米人工衛星の指揮管制インテリジェンス(C2I)システムが脅威に晒された。[25] 今や、中国の投資が結実し、西太平洋での戦略バランスは変わりつつある。米軍は、かつてよりも地域紛争で早期に危険に晒されることになり、多くの技術的アドバンテージは安価なミサイルの前に失われる。米国が短期に勝利する可能性は、極めて小さくなり、またコストにつくと思われる。そのポテンシャルは、戦争を検討する米国と便宜を検討する地域国家の双方の計算に影響を及ぼす。

無論、"ソフト・パワー"は同じように戦略環境に影響する。1万トンの病院船(艦番号866)の進水に伴い、中国海軍は世界中に"ソフト・パワー"を投射する手段を確立した。[26] その能力は、以前は資源開発に力を貸すだけだった地域に親善の意を示せるようになったことで、中国の影響力を増しただろう。これは、米国が地域的に大きな効果を行使する手段で、その理由の一つは誰もが迅速かつ効果的に出来る訳ではないからである。病院船や新型の揚陸艦は、やがて地域内で米国と同等に見なされるという中国の願いの支えとなるだろう。

Economic. (経済)

中国の戦略的計算(strategic calculus)や米国経済のどちらにおいても、過大評価されている人民元の実際の役割についてのディベートがある一方で、人民元は米国経済政策の策定の焦点となっている。米国は繰り返して、中国がグローバル市場での影響力を維持するために自国通貨を操作していると主張している。[27] 恐らく、中国視点でのディベートの最重要部分は、中国政府が独自の開発戦略を追及する間は、米国にはそこを注視させることだ。それだけではなく、中国市場は米国企業にとって必須となっているという認識が、中国に対する政策ディベートにまで至る経済的算定(economic calculations)を形成している。例えば、Boeingは中国最大の航空技術の供給者の一つで、これには中国の民間航空機の半数が含まれる。[28] これが米国のレバレッジになったはずだと思われるだろうが、そこで米国企業を脅かす関係をいとわないのが中国政府である。2010年1月の台湾への武器輸出のアナウンスの後で、中国は武器を販売したいかなる米国企業との取引を停止すると脅迫した。[29]

The Strategy. (戦略)

総じて、先述してきたような活動がなされる時には戦略が見えてくる。中国による国力のコンポーネント全体に渡る活動は一つの戦略的な動きに収斂していく、それによって台湾や周辺国は軍事的に孤立することはなくとも、米国や西太平洋の決定者からは忘れられつつある。中国の指導者は、自身は地域内では最強、味方は少なく、経済や軍事のコストは高くつき、台湾を救援して勝利するのはあまりに困難との認識を与えようとしている。その目的は、米国に台湾防衛放棄を受け入れさせることで、容易に1対1の戦い、可能ならば平和的に専念することだ。

Anomalies. (その他)

先述したような戦略的な動きを進めているにもかかわらず、過去2年以上、中国は、より明白でアグレッシブな外交方針を選択して戦略的伝統を捨てるような幾つか明白な動きを見せている。2009年3月8日、中国艦艇はUSNS Impeccable (T-AGOS 23)の進路を妨害 [30]、その後の2010年9月7日、中国が自国の管轄だと主張している日本の管轄海域で日本の海上保安庁の巡視艇に中国漁船が衝突を繰り返す事件を起こすと、漁船の船長が逮捕されたことへの報復として日本へのレアアースの輸出を停止し、明らかに脅迫の姿勢をとった。[31]

これらは、既に自国のアドバンテージを自然と伸ばしている状況において主導権を握ろうとする中国の指導者の例でしかないと主張する者がいるもしれないが、この新たな自己主張への米国や地域諸国の反応は、中国がこれまでの文化を維持し、世界的な地政学的状況が自国に有利に進展するのを見守っているほうが良かったのではないかということも出来るだろう。事実、中国軍総参謀長 陳炳徳大将の最近の公式声明では、米国が軍事技術で大きく優越していること、中国の弱点は度が過ぎた無理への理解を促していること、(中国が)より慎重な方向に戻りつつあることを強調している。[32]

III. U.S. STRATEGIC CULTURE, DOCTRINE, AND PHASE ZERO OPERATIONS

目次に戻る

5年前に、Wald大将が"Phase Zero"の用語を一般語法として示して以来、それは米国の統合ドクトリンの標準事項となり、普段から作戦立案者や指揮官が討議するものとなった。しかしながら、中国がとるようなPhase Zeroの脅威への対処手段は不足している。この失敗は、米国の戦略的文化の取り合わせ・ドクトリン上の断絶・昨今の紛争に再勃発(refight)の傾向があることに由来する。

U.S. Strategic Culture (米国の戦略的文化)

Russell Weigleyは良く知られる自著のThe American Way of Warで、米国の戦略はさしたる政治的背景を持たず伝統的に敵部隊の全滅に集中してきたと主張し、第2次大戦以前は、"米国は政治的目的を果たすための実力行使あるいは脅威を行使する国家戦略を一般的にはとらなかった。" と説明している。 [33] 近年の米軍事力は小規模戦争・暴動鎮圧作戦に再び焦点を当てつつあるが、一方でその関心事は戦術的なものである。これまで述べてきたようなPhase Zeroで通常立案される"形成/Shaping"作戦は、反乱分子や影響下にあるものに対抗する支持層を増やすことに主眼を置いている。故に、ある2人のアナリストは、将来の米戦略を動かす疑問は"どこで、いつ、どのように米国は、合法的・従って持続的な方法でパートナーや同盟国が防衛・統治能力を構築するのを助けるべきか"だと論じている。 [34]

事実、このPhase Zeroは主にパートナーを支援するという考え方が、米国の軍事思想において、Phase Zeroと軍事紛争を誤って二分してしまった。米国のイラクやアフガニスタンでの"限定戦争"を理解しない批判は、しばしば"限定兵力(limited force)"の平和執行及び人道作戦に苦戦する米軍事力を非難する。この非難の背景は、戦闘部隊の実働の観点のみで紛争を捉える先入観にある。[35] これは、米国の戦略が説いていることを反映しており、Clausewitz的な伝統から戦闘部隊の競合としてのみ意志の戦いを捉え、非紛争の観点のみで限定兵力での作戦を見るようになっている。結果として、米国の警戒・注意・人道支援の貢献は紛争前後のみに集中している。忘れられていることは、武力紛争に訴えることなく積極的に潜在的な敵の意志を挫くコンセプトである。要するに、米国は戦闘部隊の観点のみで意志の戦いを考え、イレギュラーな脅威に対する勢力の支援に心を奪われる余り、敵の意志を挫くPhase Zeroのコンセプトの価値を見誤っているのである。

ある学者は、過去60年に渡る米国の太平洋での成功の結果として、各軍種の文化は、働きは報われる(what has worked will work)、やり方を変える必要はないという考えを後押しているとしている。この信念は、米軍事力は台頭する脅威に直面した際に柔軟さを欠いており、太平洋の変わり続ける安全保障環境に対応出来ない可能性がある。[36]

Doctrinal Disconnect (ドクトリン上の断絶)

米国の中国の戦略的アドバンテージに対抗する能力をさらに阻害するのは、自身の統合ドクトリンである。現在は、Phase Zeroと作戦の余白との分化が奨励されている。米国は、如何に国力の全エレメントを作戦環境にぶつけるかという理解において先行している、その一方で紛争の前段階と紛争シナリオの間には人為的に線が引かれている。正式な戦域作戦立案は、パートナーの能力を構築し、敵を抑止するために統合アプローチを構築することを意図しているが、敵の進化に対抗するようには作られていない。戦域作戦計画に事態(危機)対処計画をネストする現在の要件は、事態対処立案にPhase Zeroを取り込む直接的な試みだと思われるが、ドクトリンにはまだ無い。[37] これは関連するドクトリンの刊行物、Joint Publication 5-0(JP 5-0)統合作戦立案が、Phase Zeroを以下のように定義し、制限しているからである。

[Phase Zero 作戦]は、国際的正当性の増進、国家戦略・戦略的軍事目標のための多国間協力を得る目的で遂行される。これらは、敵味方双方の視点を形成し、また態度に影響を及ぼし、自衛及びコアリション作戦のために同盟及び友好的な軍の能力を構築し、情報交換及び情報共有を改善し、米軍に平時及び緊急事態のアクセスを提供することで成功を保証するようになっている。[38]

この定義は、敵の意志を曲げる事態対処計画に従った行動の意味を見逃している。事実、JP 5-0はこう続けている。"大抵の要件’形成’を支える立案は、一般に日々の安全保障協力のコンテクストにある。統合/特定軍(combatant commands)が、Phase 0活動及び任務をSCP [安全保障協力計画]に組み入れる場合もある。つまり、これらの要件はJP 5-0の範囲にない。" [39] 要すれば、安全保障協力と事態対処計画は分断されているのである。これは、Phase Zeroを環境形成の手段のみとして捉えるならば、通用するだろう。しかしながら、Phase Zeroが真に思い通りに事態を解決するパートなら、事態対処計画のパートとするべきだろう。Phase Zeroにおける活動は、敵の計画を阻止し、所望結果(DES)に向けた彼らの意思を挫くことを主眼としている。

The Obscurity of the Present (現在不明な点)

イラクやアフガニスタンでの紛争は、米軍事力に忘れられていた小規模・イレギュラーな戦争の伝統, 戦略状況に影響する実力(force)以外の活用法を思い出させた。しかしながら、現在の作戦は暴動鎮圧作戦が焦点であり、影響を与える方法は、一般市民の支持を得る環境を形成することが中心になっている。これは重要なことではあるが、一方でPhase Zeroそれ自体は、単純に環境を整えて一般市民の支持を得る手段であって、敵の意志を攻撃する手段ではないという視点に立っている。述べてきたように、こうした視点の傾向は"大戦略レベルより下にあり、殆どは反応的なものである。変化は身近な大問題、イラクで実施されているような大規模暴動鎮圧作戦及び安定化作戦、テロリストあるいは容疑者の追跡・位置特定のグローバルな取り組みに集中している。" [40]

Robert Gates米国防長官は、2007年にこのように明言している。

"我々は、当面は非対称戦が現代の戦場の主流になると考えている。こうした紛争は、自然と基本的には政治的になっていく。また、国力の全エレメントの適用が求められる。成功するには、意志を強いることは小さな問題で、友人の敵の、そして最重要な一般市民の態度を形成する機能が必要だ。[41]"

Gatesが、台頭する戦闘の本質や形成作戦のターゲットとなる敵さえも正しく認識していると主張することも出来るだろう。しかしながら、Clausewitzが戦争の基礎と考えた"意志を強いること"を過小評価することで、Gatesは武力紛争において敵を撃退するという軍の最も大きな役割から形成作戦を分離したのである。Gatesの態度は、直近の紛争が反映される将来の戦闘の視点からの悩みだ。実際、ある米軍事力の文化的用法の分析は、"現代の問題"に解決策を提供する多くの人・物に進んで投資するワシントンの意向の兆候としての"文化"によって享受した最近の名声に注目している。[42]

* 最後のセンテンスの意味はよく判らなかった、誤訳になってるかもしれん。
[In fact, one analysis of the U.S. military’s use of culture notes the recent celebrity enjoyed by “culture” as a symptom of Washington’s willingness to throw money at almost anyone or anything that offers a solution to "contemporary problems."]

Wald大将によるPhase Zeroの議論でさえ、人心に焦点を当てていた。[43] これは、論文執筆当時のU.S.EUCOM がアフリカで実施していた昔ながらの暴徒鎮圧作戦において意味を成したと思われる一方、米国の有利になるように、Phase Zeroを事態の解決策へ実際に取り込む基礎を置くことはない。Waldが指摘するように、EUCOMにとってPhase Zeroの最終的な目的は、"彼らが紛争防止や局限を支援するため、共同し、訓練し、備えることが出来るようにパートナー国家の能力を構築すること"であった。[44] 紛争を防止・局限することは素晴らしい目標だが、既に紛争が進行している場合には役に立たない。

こうした研究から浮かび上がることは、中国では、指導者の作る戦略文化が先んじて巧みに動き、敵を不利な位置に追い込むことを強調していることである。彼らはそうして戦略的勝利を獲得し、銃火を交えることさえなく敵の意志を挫く方法を望んでいる。最低限、彼らは優位な立場で交戦すること望んでいる。中国の目標に立ちはだかるのは世界最強の軍隊を有する米国である、しかし自身の文化・習慣・ドクトリンによって、平時に決定的な行動は防がれる。こうした傾向は、米軍や政府の決定者が進行中の紛争の一環として中国の作戦を捉えることを妨げ、戦略的モメンタムを敵に譲ってしまうことになる。

米国はPhase Zeroの重要性を認識していながら、そのコンセプトの全てアドバンテージを得ることには失敗している。それは原理原則に敵の意志を挫く方法を取り込んでいないからである。そうするためには、米国はPhase Zeroを以下のように再定義する必要がある。敵に我が意志を強制するための通常時の国力のコンポーネントに渡る活動、それによって戦闘の必要を避けるか、もしくは有利な状態で開戦すること。この定義には、同盟国・パートナー・友好勢力をも援助するため、究極的な目的が、我々を支援し、そうする意志の両方が援助グループにあると敵に確信させる活動を含む。

こうしてPhase Zeroを再定義することで、米国は自身に通常時の活動方法や他者の行動の評価について考える場に身を置ける。この定義は、その目的が事態を防止や局限ではなく、完全解決にあることを強調することで、事態(危機)対処立案のフェーズ構造にPhase Zeroのコンセプトをより完全に取り込む。この変化は、米軍のプランナーに潜在的な非常事態に日々の作戦を、より取り込ませるだけではなく、平時において米国の意志を密かに侵害するため、彼らが持つ戦略の知見を振るうことを試みている者がいるという認識を促す。その認識を持って、プランナーは、国家に危害を加えようとする者の戦略的モメンタムの阻止に求められる活動をとるため、知的に武装していくことになるだろう。

- end -

VI. NOTES

目次に戻る

[ Back to Archive ]