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Posted May 21, 2015

THE JMSDF'S RESILIENT POWER FOR CIVIL SOCIETY

Lessons from the Great East Japan Earthquake

The Author: Captain Takuya Shimodaira, Japan Maritime Self-Defense Force

訳者前書

米海軍大学校のThe Naval War College Review Issue: 2015 - Summer で拾ったテキストを端折って訳すだけの簡単なお仕事。

仮訳題: 市民社会に対する海上自衛隊の強靭性 - 東日本大震災の教訓から -

執筆者は下平拓哉1等海佐。掲載当時は海上自衛隊幹部学校 戦略研究会メンバー, 米海軍大学インターナショナル・フェロー兼連絡官, 同大学の中国海事研究所(CMSI)の一員。

海幹校戦略研究 第1巻第2号海幹校戦略研究 第3巻第1号に掲載されている同執筆者のテキストが下敷きとなってます、同様に翻訳もこの二つを下敷きとしています(というか、振り回された)。

上の理由から、日本人にとっては、このテキストはわざわざ翻訳して読むような内容ではないのですが、コレ読んでますということを外向けに明示しておくと楽な時があるのと諸々。

構成はほんの少し変えてあります。

執筆者は、同趣旨の論文を米太平洋軍災害管理/人道支援センター編集のLiaison Magazineに投稿しています(華麗にスルー - Liaison Magazine Vol. VII 2015

するはずだったんだけど、短めだったのでやってしまった。 - JMSDF & NGOs

Typo, 誤訳の指摘は歓迎。- E-mail

目次

I. はじめに

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アジア太平洋地域は災害多発地帯である。人道支援/災害救援(HA/DR)においては、発災初期の人命救助が極めて重要となっており、その成功は民軍間の信頼できる協力関係を醸成し、以降の救援作戦にも影響する。

2013年11月8日、フィリピン中央部に台風30号(アジア名Haiyan/フィリピン名Yolanda)が直撃して間もなく、アメリカは空母を派遣、DAMAYAN作戦を開始した。[01] 新アメリカ安全保障センター(CNAS) アジア太平洋安全保障プログラムのシニアディレクターであるPatrick Croninは「台風30号への対応は、アジアでのアメリカの立場のターニングポイントであり、ピボットの機会となった。」としている。[02]

日本も被害地域に救援部隊を派遣、日本にとって過去最大の国際緊急援助活動となった。それは2011年3月11日の東日本大震災に於けるトモダチ作戦も想起させる。東日本大震災への対応では強固な日米同盟を主とする多様なコアリションを統合することの有用性が示された。トモダチは「互いに信頼しあう親しい友人」を意味する。日米は、最も強固な同盟国、またトモダチとして、アジア太平洋地域の一層平和な未来を形成し、平和と安全を維持できる。Barack Obama米大統領は、2014年の一般教書演説で、アジア太平洋地域を重視し、同盟国を支援し、また将来の一層の安全や繁栄に向けて行動することを述べた。[03] 海上自衛隊はそうした米国の将来の形成において自己の役割を果たすため、どのような行動を取るべきであろうか?

東日本大震災の最も重要な教訓の一つは、現地のニーズを見積もるために地元住民とスムーズな連携する重要性である。[04] 空前の災害に対応するには国家、非国家主体は自身および互いの長所を生かす必要がある。海上自衛隊にとっては、現地のニーズに応えるには適宜に住民との信頼ある協力関係を構築することが必須となる。

アジア太平洋地域では、頻発する大規模自然災害に対応する多国間協力が不可欠となっている。今日の海上自衛隊に実施できる安全保障活動の中でも最重要の一つがHA/DRであり、その際には発災直後の海からの人命救助が決定的に重要である。海上自衛隊は自己の経験や能力を提示することでアジア太平洋地域の各国との信頼関係構築に貢献できる。[05]

NGOや、彼らが果たすこと期待されている役割が新たに注目されている。東日本大震災発生直後から精力的に被災者の救助や支援に取り組んだ大勢のボランティアはNGOのメンバーだった。実際、発災から半年後の時点で、ボランティアセンターに登録したボランティアの総数は767,000名超となった。[06] またボランティア派遣だけではなく、NGOは、救援物資の輸送から医療支援まで幅広いサービスを提供した。

人道支援は従来から文民組織が実施してきたが、近年ではHA/DRにおいて軍事組織の重要性が増してきている。その結果、HA/DRにおいて、責任の所在に関して混乱が生起し、軍と文民組織の活動はしばしば重複し、競合するようになった。Duke大学のPeter D. Feaver教授は、民軍間にある潜在的なギャップは良好な関係の構築がなされていても埋め難いとしている。[07] それにも関わらず、大規模HA/DR作戦では、国家の総力を挙げることが不可欠であり、このギャップは何とかして克服する必要がある。

まず、本稿では米海軍、海兵隊および海上自衛隊の三者間でのトモダチ作戦における現地調整を検討し、発揮された海上自衛隊の能力について述べる。次に、東日本大震災でのNGOの活動を論じる。最後に、アジア太平洋地域の民間と軍の橋渡しに適した、海上自衛隊の強靭性(resilience)や堅牢性(robustness)について探る。

* 訳注, 個人的には、この概念(resilience)を日本語に訳するのは慎重だけれど、この場合はたぶん大丈夫だろう。

執筆者はトモダチ作戦において、第1護衛隊群司令部の作戦主任幕僚/首席幕僚として最新鋭ヘリコプター護衛艦「ひゅうが (DDH 181)」に乗艦し、被災地での日米共同作戦の現地調整責任者でもあった。本稿の発言やリコメンドは作戦現場で経験した成功や困難に基づいている。

II. トモダチ作戦概観

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2011年3月11日、巨大地震と津波が日本の東北地方を襲った、以降この複合災害は「東日本大震災」と呼ばれる。東日本大震災が発生すると、自衛隊は直ちに行動に入り、艦艇40隻、約300機の航空機が出動した。翌早朝、海上自衛隊の各部隊が宮城県沖に集結、捜索救助(SAR)を開始した。3月14日に災統合任務部隊(JTF-TH)が編成されると、7月1日に解組されるまで10万人態勢をとった。JTF-THは最大で、陸災部隊: 5個師団+4個旅団・人員約45,000名、海災部隊: 50隻の艦艇・172機の航空機・人員約40,000名、空災部隊: 240機の航空機・人員約21,000名が参加した。3ヶ月余りの活動実績は、人命救助: 19,286名、遺体収容: 9,500体、衛生支援: 23,370名、給食支援: 4,709,019食、給水支援: 32,985トン、入浴支援: 966,436名、他にも各種の復旧支援が提供された。[08]

一方、支援要請を受けた米海軍の対応は早く、USS Ronald Reagan (CVN 76)など8隻の艦艇が展開、3月13日未明に宮城県沖に到着するとトモダチ作戦を開始。ピーク時には約20隻の艦艇、160機の航空機、2万名の人員が展開した。[09] 海上自衛隊・米海軍のヘリコプターが水・食糧・毛布を「ひゅうが」、補給艦「ときわ (AOE423)」から宮城・岩手両県の運動場などに輸送した。発災から10日後の3月20日までに被災地のニーズが生活支援に移行しつつあった。Essex両用作戦群(Essex ARG)と第31海兵機動展開部隊(31st MEU)は、青森沖に展開し、トモダチ作戦の一環として海上自衛隊・海上保安庁・警察・消防と共に救援物資の提供を開始した。作戦に参加した米軍部隊は約280トンの食糧、7,700トンの水、4万5千リットルの燃料、約3,100トンのその他物資を提供した。[10] 5月1日、多大な貢献を果たした米軍は即応態勢を維持しつつ作戦を終結した。この作戦や空前の展開規模の意義については特筆に価する。

* 訳注, MEUは米軍自身が海兵遠征部隊と翻訳する場合もあるが、公式訳は海兵機動展開部隊なんだそうな。

海上自衛隊と米軍は発災直後に被災地へ迅速に全兵力を展開させ、同時に全世界にハイレベルのインターオペラビリティ(相互運用能力)を証明した。北澤俊美防衛大臣(当時)は、こうした相互の活動を『「日米同盟の深化」というものに対する象徴的な事態』と評している。[11] 米国からの支援に加えて、日本には各国から多種多様な支援が提供された。危急の事態に日本に寄せられた支援に報いるためにも、海上自衛隊は、いずれ起きる災害において、自身が出来ることを果たさねばならない。

* 訳注, 二重括弧内は防衛大臣会見概要から。 - 大臣会見概要 平成23年4月5日(09時21分~09時24分)

III. 海上自衛隊の優れたHA/DR能力

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発災直後は捜索救助に全力を傾注することが求められる。次に、救援物資の輸送のため、被災地の状況を詳細に掌握する必要がある。海軍力の視点でいえば、海上からのアクセスが大きな成果を挙げることになるだろう。

III-a. 海上拠点

東日本大震災の主要な特徴は、長大な海岸線の随所で被害を受けたこと、エリアごとに損害の程度や求められた支援の種類が異なったことにある。多数の漂流物は接岸を困難にし、想像を絶する混乱をもたらした。従って初期には、ヘリコプターや揚陸艇が孤立した沿岸部、半島先端部や島嶼部に展開するために極めて有効な手段となった。

このような状況の対応は完結性が求められる。海上自衛隊は、陸空自衛隊の活動が一括調整された作戦や、米軍の能力を効率的に活用するための有効な海上拠点を提供できる。こうした調整は海上保安庁、警察、都道府県の災害対策本部との調整を念頭に置いている。

優れた指揮管制(C2)能力と航空基地機能を備えた「ひゅうが」は現場で完全に機能した。海軍力は孤立した被災地のきめ細かな捜索、情報収集、漂流者の救助、広大な地域への救援物資輸送、被害評価などに優れた能力を有する。常に兵力運用効率の維持、求められる支援内容の見極めを念頭に置き、現地で必要とされる支援の種類の選択において、正確に被災者のニーズを把握することが必要である。平素からの民軍関係の必要性が増大する中、非戦闘分野の最前線で活動する海上自衛隊は、地方自治体、国際組織およびNGOなどとの協力に積極的に取り組まなければならない。

* 訳注, CIMICを戦略研究3-1にあるように民軍関係と訳すべきかは迷った、CIMIC, CIMIRは誰の活動をどう呼ぶべきか、どう訳すべきか。国会図書館のレファレンス(No.674/2007年3月, 総合調査 平和構築支援の課題, 第II部 軍・警察の関与と役割)を参考にした。 - 国際平和支援活動(PSO)における民軍関係 - CMO、CIMIC、CMCoord、ICRCガイドライン -

III-b. 指揮管制(C2)

いかなる災害でも初動が最も重要であり、東日本大震災発災時には海上自衛隊と米海軍の迅速性や機動性といった特質が活かされた。彼らは情報収集態勢を迅速に準備し、総力で開始した。それに続くHA/DR作戦においては、C2機能の最大化が欠かせないものだった。

被災地のニーズは変わっていく。発災後3日間は行方不明者の捜索救助、一週間で救援物資の輸送、その後はライフライン復旧、孤立した被災者への生活支援が特に優先される。さらに、復興支援努力が発災後一週間程度で開始され、二週間も経つと本格化する。ニーズの変化の時期を見極めることが最も重要なことである。

また、海上自衛隊にとって、米海軍との協力には、ひゅうが型護衛艦の能力を最大限に活用することが欠かせない。兵力運用の効率だけではなく、補給・修理のスムーズな調整を考慮することも重要である。加えて、タイミングを被災地のニーズにあわせながら、切れ目のない兵力の増援や交代のサイクルを作ることが重要である。海上自衛隊と米海軍との間で、情報共有や高レベルのC2機能によって構想を立案し、共通作戦状況図(COP)を維持できるようにしなければならない。

作戦サイクルの効率を上げるには、テレビ会議(VTC)や連絡幹部(LNO)の交換も肝要である。こうした調整プロセスは、この数年の演習を通して確立されてきた。また現場でのコミュニケーションも満足いくものであった。しかしながら、政府機関全体での訓練の機会は一度もなかった。

最終的には、HA/DRの主体になるのは陸上である。陸海空部隊の特徴および作戦環境は異なっている。従って、常日頃の訓練実施が必須である。

III-c. 現場中心: 情報優位

HA/DRは基本的に戦闘活動と同じ作戦サイクルであり、「現場の被災者のニーズ」が「目標の動向」と同義かつ、作戦サイクルの核心的事項である。

米海軍は、常に情報が作戦サイクルの中心にあった。まず、被災地に水や非常用食糧を輸送し、日々被災者に直接聞き取り、アンケート調査を実施し、次の支援活動でそれらのニーズに対応した。まさに敵情分析と同じである。

海上自衛隊も発災直後から行方不明者の捜索救助に当たり、水・食糧・毛布を配布し、入浴支援なども米海軍の活動と調整して実施した。そうした活動においては、発災直後の被災地での情報不足の甚だしさを考慮すると、適切な情報を配布して不安を解消し、被災者だけではなく国民全体での混乱を最小限にすることが重要である。また、救援物資の配布・蓄積や期限切れの食品の入れ替えなども考慮すべき点である。重要なことは、被災地のニーズに迅速かつ的確に対応するための情報共有と活動の調整である。

活動エリアの特性に応じて、海上自衛隊と米海軍の協力することは一層重要となりつつある。自衛隊と米軍の各部隊が、それぞれの特性を生かし、それぞれの能力を最大限に引き出し、全体としての目標を達成するように調整することが求められる。

過去の教訓から、海上自衛隊では災害救援が三つのステップとなっていることが知悉されている。初動の捜索救助、生活支援、そして復興支援である。それぞれの段階に移行する判断は難しいが、具体的活動の策定は、常に被災地目線でなされる。

* 訳注, 戦略研究1-2では、災害救援のステップに部隊撤収を含めて四段としている。

IV. 東日本大震災におけるNGOの活動と海上自衛隊

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NGO・日本政府・日本経済界の出資を受けて国際人道支援組織として設立された認定NPO法人「ジャパン・プラットフォーム(JPF)」は、東日本大震災で重要な役割を果たし、機能を喪失した地方自治体を補完した。[12] 被災地の地方自治体・行政機関・民間企業・NGO・その他団体と被災者のニーズを繋ぐメカニズムが構築されると、この中でNGOは調整役として大きな役割を果たした。

発災翌日、JPFは直ちに他のNGOとパートナーを組み、災害救援組織のプロフェッショナルである公益社団法人「シビック・フォース」が、状況把握のためにヘリコプターを被災地に飛ばした。それ以降、JPF主導の各NGOが、救援物資の配布、炊き出し、ボランティアセンターの運営など救援活動の多くを担った。[13] 続けて、東日本大震災におけるNGOの主要な活動を救援物資・ボランティア・保健医療支援のカテゴリーに分けて概観し、シビック・フォース創立者/代表理事・大西健丞とのインタビューに基づいて、海上自衛隊とNGOの協力の可能性を考察する。

IV-a. 救援物資配布

キリスト教の教義を基盤とする特定非営利活動法人「アドラ・ジャパン」は、世界各地で人間の尊厳の回復と維持を目的として、国際協力を行っている。[14]

アドラ・ジャパンは、東日本大震災への対応において、設立以来最大規模の事業となる総額約9億5,400万円・6事業を実施した。初動時において、宮城県山元町で災害対策本部の職員を含む100名に炊き出し支援を実施、その後は生活必需品を、宮城県松山市において4,320世帯、福島県田村市など9市町村で26,683世帯に配布。福島県内の小中学校では自転車・制服なども提供している。山元町では仮設住宅暮らしの1,030世帯に対しては、共助のための枠組みやコミュニティー形成にあたってニーズの把握や見守りを実施している。

これらの物資配布には輸送手段が欠かせないが、「高橋ヘリコプターサービス株式会社」は、官民が協力して被災地からの要請に直接応じる輸送体制を構築するため、シビック・フォースと連携した。被災した地方自治体では一時的に機能を喪失したため、NGOが自治体を支援しながら、同時に被災地で必要とされる物資を提供した。同社のような民間ヘリコプターサービス会社の利用法は、地方自治体や経済界の柔軟性を示した重要な事例である。

災害救援の当事者である政府・地方自治体・大企業・中小企業やNGOは、状況に応じて果たす役割が異なる、災害救援時に彼らが得たノウハウや経験の共有する協力関係を予め構築しておくことが重要である。

大西健丞は、情報・マンパワー・資金・リソースを組織化するノウハウ・経験・プラットフォーム機能を有しているシビック・フォースが、海上自衛隊に代わって緊急物資を集積する主体になり得ると主張している。シビック・フォースは、各種資材を提供する1,000の国内企業と提携して、ほぼ毎年訓練を実施している。[15] もっとも認知され、プロフェッショナル化されたNGOの一つであるシビック・フォースは、広範な経験と能力に基づいた、熟達したユニークなノウハウを有している。海上自衛隊は、NGOのプロフェッショナリズム、特に現場(gemba)のノウハウを認識し、双方の能力を有効活用するため、民間団体とのより良い協力関係を模索しなければならない。

* 訳注, 国連大学でのインタビューと脚注15にあるのでなんじゃろと思ったら、大西健丞と執筆者が国連大学でのシンポジウムにパネリストとして参加していた。

IV-b. ボランティア派遣

1995年1月の阪神淡路大震災以来、一般社団法人「ピースボート災害ボランティアセンター(PBV)」は、自然災害被災地で緊急救援活動に携わり、トルコ、台湾、パキスタン、新潟、中国四川省、2004年には大津波の直撃を受けたスリランカ、また米国を襲ったハリケーンカトリーナなど、世界各地で支援を提供してきた。[16]

災害ボランティア派遣や国際救援活動実施の実績を土台に、PBVは、東日本大震災において速やかに大規模なボランティアグループを構築できた。宮城県石巻市をはじめ各被災地にボランティアを派遣し、炊き出し支援、泥かき、物資配布、避難所支援などの活動を実施した。

PBVは、日本人だけではなく、外国人ボランティア・企業ボランティアなども受け入れ、一日当たり200人のボランティアにより、刻々と代わる現地のニーズにあわせた各種支援を実施した。国境を越えた災害救援で活動した組織として、PBVから世界15カ国の400名余りのボランティアを受け入れている。

大西は、シビック・フォースも災害現場を知り、ニーズの評価、ノウハウや経験の活用、有効かつ速やかな災害救援を実施することに長け、訓練されたプロフェッショナルが率いる緊急対応チームを派遣できると述べている。[17]

海上自衛隊は、被災者のニーズにあわせて、それぞれの組織の能力を最大限に活用し、NGOと協力しなくてはならない。このためには、現場を知悉する緊急対応チームを派遣して迅速に状況把握する際に、NGOのプロフェッショナリズムを活用するべきである。

IV-c. 保健医療支援

1983年、内科医・看護師・学生らが、誰もが心身ともに健康に暮らせる社会を目指して設立した特定非営利活動法人「国際保健協力市民の会シェア(SHARE)」は、保健医療支援をカンボジア、東ティモール、南アフリカ、日本で提供している。[18]

東日本大震災後、SHAREは、宮城県名取市での緊急支援の後、気仙沼市で自宅・避難所・仮設住宅の巡回訪問、被災者の健康相談などの保健医療支援を実施した。3月下旬、気仙沼市で地元の医師・介護事業者・宮城県外の医療支援スタッフが協力して「気仙沼巡回療養支援隊」が結成されると、SHAREは健康相談班に参加し、在宅被災者、主に高齢者や母子などを訪問して安否確認や健康相談、乳幼児検診の案内、在宅ケア支援を行った。6月になると同支援隊は仮設住宅や小規模避難所の訪問を開始、得られた情報を記録・整理し、気仙沼市の行政や医療介護事業者と安否・健康問題などのデータを共有した。

特定非営利活動法人「チャリティー・プラットフォーム」代表の村上裕恵は、臨床心理をライフワークとしており、NPO法人「メンタルサポート・ネットワーク」の代表に2008年3月に就任して以来、子育て関連のメンタルケアを行っている。[19]

東日本大震災時、チャリティー・プラットフォームは、福島県内の子育て中の母親を対象にメンタルケアの支援、全国6,000余りのNGOを繋ぐコミュニケーション網を提供し、250を超える企業とNGOの間で寄付を橋渡しした。

大西は、海上自衛隊とNGOの協力関係が良い結果を生むとしている。被災者対応を主導する民間部門があることで、海上自衛隊は不要な業務から解放され、民間の他部門と協力し、外務省を通じて政府開発援助(ODA)資金を受け取ることができる。シビック・フォースは、民間船や海上自衛隊と協力して臨時(temporary)病院船の構想を推進する予定である。[20]

* 訳注, temporary hospital shipの訳は困ったのでテキトウ、災害時多目的船として建造された民間フェリーもあるのでそのような船を使うのか?

V. NGOと連携した海上自衛隊の強靭性

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東日本大震災の被害は日本にとって未曾有のものであったが、外国に目を向けると同規模の緊急事態が世界各地で発生していることが判る。また、東日本大震災を契機に、開発途上国を重視していた日本の国際NGOが、国内のニーズに意識を向けるようになった。その結果、NGOの活動は、より多方向的になってきている。JPFの設立は、NGO・経済界・日本政府が緊密に協力し、それぞれの特徴とリソースを最大限に活用する形で、一体的な緊急支援の枠組みを実現した。

海上自衛隊は、HA/DRにおける緊急支援の重要な担い手であり、高い能力を持つ彼らとの協力関係の構築を真剣に考え、国民の理解を得る必要がある。最も重要な課題は、どのように組織間全体の調整をとるかである。まさしく、政府や地方自治体が機能を喪失している緊急事態において、いかに海上自衛隊が能力を発揮・活用できるか、その存在意義(raison d’être)が問われている。それは社会の強靭性(resilient power)となって実現されるだろう。

まず信頼醸成である。被災地における海上自衛隊の優れた能力の有効活用が重要となる。その能力や実績は70年の歴史を有し、日本国民の信頼を得ている。民軍間のギャップを埋めるにはどうするか。両者は同じ規範を共有する、すなわち人命救助第一である。より多くの人命を救うには、互いの能力を調整する民軍関係が不可欠となっている。民軍関係には、可能性と限界とがあり、期間と地域が限定される場合、特に発災初期の協力は容易だが、活動が長期化し拡大すると一般には困難(complex)なる。

良好な民軍関係の例は、2004年のスマトラ地震で見られた。[21] HA/DR活動の実施エリアとなっている被災地へのアクセスは悪く、民間組織は軍の輸送力に頼らざるを得なかった。そのような場合には民軍間の協力関係は構築され易い。さらに、枠組みがシンプルであれば、民軍双方の利得構造は相対的に簡単となる。また、民軍同士での訓練や演習は信頼関係を醸成するだろう。

次に、(戦力外の)「マルチアクター」を戦力化しなくてはならない。海上自衛隊は、スムーズなHA/DR活動を実現する指揮管制(C2)能力に秀でているが、使えるリソースが限られる中では、海上自衛隊・米海軍・NGOが一層の能率を高めることが重要となってくる。東日本大震災の大きな教訓の一つは、日本は予定外・想定外の事態に備えなくてはならないということである。

* 訳注, revitalizeの訳に"戦力化"を当てたのは、戦略研究3-1にある「戦力外の戦力化」から。revitalizeの本来の意味は、復興する、再生する、新たに命を与えるなど。

海上自衛隊としては、所定の計画や能力外の任務や事態にも対処できるようにしなくてはならない。そのためには、(支援可能な組織に対して) 特に初動においては、自発的に、可能な速さで、可能な場所に、可能な範囲で参加することが重要である。迅速な初動対応の後には、早期に調整システムを確立することが求められる。特に、HA/DR活動を調整する指揮管制(C2)センターをマルチアクターが共に構築することで、より多くの組織を戦力化(available)させ、それによって、拡張性のある重層的な救援策を模索できる。

VI. 未曾有の災害、未曾有の対応

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未曾有の大規模災害の時には、国家が総力を挙げて対応しなくてはならない。もしも東日本大震災さえ上回るような被害をもたらす災害が生起すれば、その時を遥かに上回る支援が必要になるだろう。HA/DRの基本は「必要な人に必要な支援を」であり、海上自衛隊のみでは果たせず、海上自衛隊のみで背負うべきではないことも明白である。[22] 将来、無限のポテンシャルを有するNGOや民間企業が、HA/DRの場に新たな可能性を拓くことが期待される、特にNGOは、その多様性によって、HA/DRにおける、組織間の接着剤(interconnecting)としての役割を大いに期待できる。

HA/DRにおける海上自衛隊・米海軍・NGOの協力は、NGOが民軍間のギャップを乗り越えて被災地で協働する程に有益なものとなっている。また、刻々と変わる現場のニーズを正確に把握し、政府一体となった活動をまとめて最大限の効率をあげるには、民間と軍隊が、時間的・地理的・能力的に柔軟に役割分担することも肝要である。

海上自衛隊に期待される第一は、長年培ってきた力をフルに発揮することである。根源は、海上プラットフォーム(offshore platform)である。今後は、アジア太平洋地域での大規模災害発生時に、関係する民間企業・NGO・政府機関・国境が組織の壁を越えて、人的資源・資材・資金・情報を共有・利用し、迅速かつ効果的に支援を提供する枠組みの構築を目指す「アジアパシフィックアライアンス」との連携を模索することも必要だろう。[23] HA/DRの実効性を高めるためには、リアリティある空間での訓練・演習が鍵となる。

* 訳注, 戦略研究3-1で"the full power"を"現場力"として説明するパラグラフが特に設けられているが、本稿にはないので置き換えない。

- end -

VII. NOTES

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