【嘆かわしい政治】

◎世間体など構っていられない、ですか

 国家とは、国民の生命財産を守り、国民に等しく安寧を保障するものである。ところが、「宙に浮いた年金記録」の照合作業の遅れについて福田首相は「(参院選の)公約なんですかね」と記者団に語った。事の重大性を耳打ちされた首相は「(7月の参院選の公約で)どう言っていたのか思い浮かばなかったからそう言った」と釈明している。
 首相の「公約なんですかね」発言をかばうように、今度は内閣のスポークスマンたる町村官房長官が定例記者会見でこう言った。

選挙中だから簡素化してモノを言ってしまった

この発言も物議を醸した。官房長官はこの後の会見で政府・与党がまとめた年金対策を実行していると盛んに釈明したが、自分が領袖である町村派総会で「誠に私のつたない説明でご迷惑をおかけしている」と陳謝している。まずは国民に丁寧に説明するのが筋なのだが、どうも日本の政治家は、自分の仲間に「迷惑をかけた」が優先するらしい。

 このことは、自衛隊の装備品納入を巡る軍需専門商社「山田洋行」元専務との贈収賄事件で逮捕された防衛庁の前事務次官守屋武昌容疑者が、「組織(防衛省)に迷惑をかけた」と話したことや、産地偽装、賞味期限の張り替えが発覚した高級料亭の女将が、涙声で「先祖に申し訳ない」と言ったことに通じるものがある。守屋容疑者も、女将もまずは、国民に、消費者に謝るのが筋であった。

話を戻す。
 前政権の安倍内閣の時に起きたことだから、福田内閣には関係ないという思いがありありの年金記録問題である。
 面白くもないが、「選挙公約」とは一体何なのかを考えなければならない。
 選挙に臨む政党の公約は、当面する問題・課題について、その解決の処方せんを有権者に示し、選挙後は公約の実現に努めるものだ。従来、候補者は誰もが選挙公約できれい事を並べたが、選挙後はきれいさっぱりと忘れられた。有権者も公約はそんなものだと、大してこだわりもしなかった。
 選挙後、国会が始まり野党は公約の不履行を突くが、多数与党の前では迫力もない。内閣の答弁も核心を外したつかみどころがないまま時間切れとなることが当たり前だった。一般議員についても同じことが言える。
 政治家をそうさせるのは、結局のところ「あなた任せの民主主義」が有権者にあるからだ。そうした現実を打破しようとマニフェストを訴え定着させたのが、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)の共同代表で早稲田大学大学院教授の北川正恭氏(前三重県知事)だ。
 マニフェストは政権公約を意味し、従来の公約をより具体的に示すものだ。公約を実現するための財源をどうするか、いつまでに成し遂げるかなどを具体的に有権者に示し、その判断を仰ぐのである。

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 北川氏がマニフェストを最初に世に問うたのは2003年の1月で、その年の統一地方選で早速採用された。いや、候補者は避けて通れなかったのだ。その後、マニフェスト選挙は国政選挙にも持ち込まれ、各政党は競ってマニフェストづくりに知恵を絞った。地方議員の連盟ができ、地方の中小自治体でもマニフェストが問われることになった。年金問題は7月の参院選の大きな柱として各党とも掲げた。

年金問題がマニフェストなのかという議論はあるが、当時の安倍首相は「最後の1人まで・・・お約束します。私の内閣で必ず解決してみせます」と訴え、自民党のマニフェストにも明記されている。逃げも隠れもできない政権公約なのである。
 年金は多くの国民にとって老後に欠かすことができない生活の糧である。社会保険庁のずさん極まりない事務処理で、「宙に浮いた年金記録」5000万件のうち約4割が照合困難だという。年金原資をリゾートまがいの保養施設建設に充てるなどしてきた社保庁は、存在意義そのものがないと、国民は今あらためてその思いを強くしているだろう。
 
薬害肝炎訴訟でも、舛添厚労相の「全員救済」に期待を持たせる発言が問題となっており、加えて大阪高裁の和解案を原告が拒否したことで福田首相は、最終的な政治判断を迫られている。首相の口から、どんな言葉が発せられるか待つとしよう。

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 年金記録問題は袋小路に入った。首相とすれば、本音では前内閣の公約で自分が公約違反を問われるのは納得できないはずだ。安倍前首相にひとこと言ってもらいと思っているのかもしれない。前首相はようやく体調が回復、政治活動を再開した。「自分の内閣で」ケリをつけるとまで言ったのだから、この際、いつまでも黙り込んでいないで表に出てきてもらいたい。
 住友生命が募集した2007年の世相を反映した「創作四字熟語」の優秀作品に「突然返位」(突然変異)がある。所信表明した直後に辞任する、との説明だ。安倍さん、こんなこと言われて黙っていることはない。「明日のアベシン」を期待する人たちのためにも。
(07年1215日)