【分権委員長の“秋波”】

◎分権改革の道はなお険しい

 地方分権改革の道しるべを示した財界人の諸井虔氏(地方分権推進委員会委員長、故人)の口癖は、「分権改革はようやくベースキャンプができた」だった。そして、「国の財政が危機的な今こそ分権を実現しなければならない」と言っていた。
 改革に抵抗する霞が関を向こうに回して機関委任事務の全廃を勝ち取った諸井委員会の実績は、その後の紆余曲折はあったが、分権改革を軌道に乗せたことである。
 第二次分権改革が始まった今、諸井委員会の歩みが事あるごとに引き合いにだされるのは、第一次改革の教訓が必ずしも生かされていないことへのシグナルと言っていい。

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今月25日開かれた国交省と全国知事会の意見交換会は、政府の地方分権改革推進要綱で示された直轄国道と一級河川の管理権限を都道府県に移す方針を話し合う初めての会合だった。
 国交省は直轄国道の15%、1級河川のうち一つの都道府県に収まる40%を都道府県に移管するとしているが、その具体的な中身を決めようというのが趣旨である。
 ところが、会合で国交省の増田優一官房長は基準案をあらためて説明、その上で「知事会の意見を聞き関係自治体と調整する」と語ったという。
 官房長の説明は、国道や一級河川の維持管理に自治体が必ずしも権限移譲を求めていないという地方の雰囲気を意識したものだ。

横浜市で開いた今年の全国知事会議では、「国の役割」を公然と求める意見が出された。権限だけをもらってもカネの話を外したのでは受け入れられないというわけだ。国交省が財源と人員移譲についてどう考えるのか示さないまま、自治体の考えを聴取するのは、従来の国と地方の「格の違い」をひけらかす態度といっていい。
 全国知事会の麻生会長が同日の会見で、国交省が財源・人員の移譲について見解を示さなければ、政府の地方分権改革推進本部(本部長・福田首相)の考えをただすと語ったのも、同省の煮え切らない態度への不満からだ。
 だが、分権を求めながら、公然と国の役割を求める矛盾が知事会にあることを、恥ずかしげもなくさらけ出した知事会議だったと言っても言い過ぎではない。

国交省が直轄国道と一級河川で基準案を示したものの、財源や人員に言及しないのは分権委が予定している年末の国の出先機関の見直し・統廃合を控えているからだ。さらに、政局と間近に迫った感のある内閣改造も、同省の動きを慎重にさせていることは間違いない。
 冬柴国交相は今月9日の日本記者クラブでの講演で、分権委が検討している国の出先機関の見直しについて、国のサービスを県がやるのは無理があると明言している。さらに、分権委の第一次勧告後、「国がやるべき」との地方からの陳情がいっぱい来ていると、国の役割の重要性を強調している。
 冬柴氏はさらに、分権は東京だけで議論するのではなく地方の意見をきくべきで、「空理空論」ではないシステムを考えるべきだと批判している。
 道路特定財源の不正流用問題で十字砲火を浴びた国交省が、当時とは様変わりして一転、高姿勢で問題に向き直したようだ。そこにも福田内閣の求心力のなさが表れている。

小泉内閣の三位一体改革、つまり国から地方への補助金の廃止、地方への税財源の移譲、地方交付税の見直し―は結局のところ、地方自治体にとって虎の子の財源であった地方交付税の大幅削減となって地方財政を追い込み、地方自治体が期待したひも付きの補助金廃止や税源移譲は裏切られ、「まやかしの三位一体改革」とこき下ろされた。
 第二次分権改革を託された現在の地方分権改革推進委員会は、財界人の丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長をトップに霞が関に切り込んでいる。
 先に福田首相に手渡した第一次勧告は政府の分権改革推進要綱となったが、推進要綱は必ずしも分権委が意図した方向付けではない。
 分権委の第一次勧告に対して福田首相が極めて明快に勧告の趣旨を尊重する意向を示したにもかかわらずである。

分権委の丹羽委員長は先ごろ名古屋市で開かれたシンポジウムで、首相の分権改革に対する意欲を公務員制度改革や道路財源の一般財源化を引き合いに出して「歴代の内閣ができなかったことに挑んだ」と最大級の賛辞を送った。
 丹羽委員長は第一次勧告を取りまとめた際にも同様のことを言っている。丹羽氏の言葉は、最大級の賛辞であると同時に首相に対する分権意識の注入であることを忘れてはならない。
 政治の世界では、対立する相手の心をくすぐるような言い方を間接的にすることがよくある。新聞の見出しに出てくる「……に秋波を送る」とは、そのことである。
 丹羽委員長が首相に「秋波」を送ったとは言えないが、政局の中でぐらつく首相に「あなたにしっかりしてもらわなければ困る」の意味が込められているのは間違いない。

分権改革は政治の力を使わなければ実現どころか、前進も危なっかしい。丹羽委員長の心を推し量れば、そんなところかもしれない。

08730日)