【漁師のストライキ】

◎一斉休漁は他人事ではない

 3年前の夏、三重県鳥羽市の答志島を訪ねたことがあった。
 和具の港に近い八幡神社から見下ろす港に小さな夫婦舟が戻ってきた。夫が後でエンジンを操作、妻は舳先に立っている。静かな港の海面を走る舟は、まぶしい真夏の太陽をいっぱい浴び、舟の後にできた航跡が長く伸びていた。

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 こんな古い話を持ち出したのは、漁師の一斉休漁に衝撃を受けたからだ。
 全国
20万隻の漁船が燃料油の高騰に耐えられず一斉休漁に踏み切った。
 その2日前の日曜日のテレビ報道番組に出演した大田弘子経済財政担当相の言葉が何とも解せない。
 「今の原油高騰は世界のエネルギーの構造的な問題で、わが国がオイルショックに見舞われたときのような一時的なものではない。だから、(今の燃料費に)個別に手を打つことはできない」
 と、こんな趣旨の発言をした。
 いかにも、財政規律を重んじる民間出身の経済学者らしい。
 民間人閣僚だから発言に慎重なのは分かるが、鉱物資源のない島国のわが国にとって海洋水産資源は国民の食生活の面からも欠くことができない。その認識が大田氏にないとは言わないが、一斉休漁に対する閣僚の言葉としては、あまりにもよそよそしくはないか。

政府も手をこまねいているわけではない。2007年度補正予算と本年度当初予算で原油高対策に約2000億円を確保したし、先月26日の「原油高騰関係閣僚会議」で、原油価格の高騰に苦しむ中小企業や関連業種の負担を軽減する追加対策を決めている。漁業対策では、漁船への低燃費エンジンの導入や減船・休業に対する補助金を拡充した。
 大田経財担当相が、そうした施策を念頭に発言したのだが、漁業団体や漁民が求めているのは、5年間で3倍にもなった燃料費をどうしてくれるかという今日明日の対策なのだ。
 水産関係議員は補正予算を含めた緊急対策を求める声は大きいが、福田首相は補正予算よりも、今の予算の中で緊急にできることがあると関係省庁に早急な対策の検討を指示している。

日本の漁業の姿を幾つかのデータで見る。
 農水省の調査によると、20年前に比べると2006年度の生産量は約4割の573万トン、生産額は5割強の16070億円、就業者数は半減して21万人だ。生産量・額の大幅減に代わって水産物の輸入は6割も増えて1兆7070億円となった。
 全国12万の漁業者のうち11万は沿岸漁業者で家族経営が多い。就業者の4割がいわゆる65歳以上の高齢者が占め、後継者難が浮き彫りになっている。
 水産国家日本の魚介類の自給率は100%を超えていたのが06年には59%に低下した。

漁業を取り巻く環境も変わった。漁業資源の減少は、各国の排他的経済水域の設定だけでなく乱獲による近海漁業の不振につながっている。農業の豊作貧乏に似た大漁による魚価の低下も、漁業関係者の頭を悩ます問題だった。
 不漁による魚価の上昇はあるが、魚価は生産者の意向とは別に流通・中卸業者で決められるという。魚介類は生産者のコスト計算が魚価に反映しにくい。スーパーや生協などの量販店を通じて消費者の手に渡る魚介類の価格は、消費者の魚離れがあるため値上げしにくい商品でもある。
 そこに安価な輸入品が割り込んでくるから、国内の漁業者はますます追い込まれることになる。
 そうした状況の中で今回の燃料費高騰が漁業者を襲った。

一斉休漁の15日、各地の漁港で見られた光景は、港内に並ぶ漁船、いつもはセリで賑わう魚市場が申し訳程度の魚が置かれただけだし、水揚げされた魚が並ぶ直売店の棚は空っぽだった。
 仲買業者は一斉休漁に備えて多めの入荷で初日を過ごしたが、サンマ、アジなどの大衆魚は2―3割高だ。
 一斉休漁とまでいかなくとも、採算を度外視した出漁は考えにくい。散発的な休漁であっても、市場は敏感に反応するはずだ。食卓から大衆魚が消えることはないと思うが、当たり前のように「焼き魚」が食卓に並ぶのかどうか。
 15日、東京・日比谷で開かれた大会には全国から4000人の漁師が集まった。漁業大国日本を担ってきた漁師たちは、かつてない状況に追い込まれている。

三重・答志島の和具の港で見たあの夫婦舟も燃料費の高騰で漁をやめているのだろうか。

08716日)