【諫早干拓訴訟控訴】

◎空気が読めない農水相

 佐賀地裁の諫早干拓開門判決は到底受け入れることはできない、ということだ。
 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防の排水門開放を命じた佐賀地裁判決に対する政府の控訴は、高潮被害に対する防災機能が失われ干拓地での営農にも被害が出る恐れがあるからだという。
 そうだろうか。防災機能や営農被害の問題が表れるのは否定しない。しかし、その言い分ははいわば建前と見るべきだろう。農水省の本音は、国が手掛ける国営事業の矜持を保つための「反撃」と理解した方が分かりやすい。
 5年間の開門調査を命じた627日の佐賀地裁の判決は、農業被害について「漁業行使権侵害に優越する公共性や公益上の必要性があるとは言いがたい」と、漁業被害の優越性を挙げた。
 農水省は即座に猛反発した。目的がクルクル変わったとはいえ、国営干拓事業の正当性を頭から否定されては、農水省も立つ瀬がないからである。

 政府の控訴が判決から13日も過ぎ、控訴期限をあと1日の残すまでに結論が延びたのは、政府部内の方針が固まらなかったためだ。蝶の収集家でもある鳩山法相は、環境問題にことのほか熱心で、開門を否定する控訴に強く反対していた。訴訟をすべる法相の反対は、農水省の誤算だった。
 加えて、農水副大臣が佐賀県出身で、開門調査を主張してきた政治家だ。開門調査に否定的な農水官僚出身の若林正俊農相とは真っ向から対立している。
 地元でも諫早湾干拓を国と歩調を合わせて推進してきた長崎県と有明海に臨む熊本、佐賀、福岡の3県では開門賛成、反対で対応が異なる。
 政府部内での農相と法相の見解の相違、農水省内の政治と行政のねじれは、官邸の判断を求めるしか収拾の道がなかった。
 事実、農相は福田首相の判断を求めようとした。が、地球環境が主題だった洞爺湖サミットを終えたばかりの首相が控訴の話に関与することは、政治的にもリスクが大き過ぎる。

 結局、「農相自らの判断」で控訴という形に落ち着いたのである。

 控訴に当たって、農相は潮受け堤防の排水門を開けた状態で有明海への影響を調べる開門調査が可能かどうかを判断する環境影響評価(アセスメント)を実施すると明言した。
 開門調査のためのアセスメント。もっともらしい手続きのようだが、開門調査を先送りしようとする農水官僚があみ出した裏ワザと読むことができる。
 農水省の第3者委員会が2001年に出した提言を受け、翌年4月、水門開放調査が行われた。ところが、この調査は調査は政治的なつじつま合わせのわずか1カ月に過ぎなかった。
 
排水門を「開けろ、開けない」の対立はその後も続いたが、結局、少しの折り合いもないまま事業は完成した。

 漁業被害の立証責任は漁民にあるとして、自らの立証責任を放棄してきたことは佐賀地裁の判決でも厳しく指摘されている。
 開門調査の影響が懸念されるから、そのためのアセスをやるというのでは、傍目にも開門調査を先送りしようとしている風にしか見ることはできない。
 もともと、閉鎖水域の環境調査を十分に行わないで干拓事業を進めてきたのが国である。開門調査アセスを求めるのは、いまさらの感を禁じえない。
 諫早干拓事業は明らかに環境問題としての性格に変わった。その認識を欠いたまま、従来の営農、防災に立ち止まった行政では問題は解決しない。

08712日)