「地域文化のちから」 第3回文化力シンポジウム

◎文化の多様性と地域の課題

 三重県松阪市で開いた第3回文化シンポジウム(531日開催、三重県主催)は、新しい時代のあり方を「地域文化」の再生・活用をキーワードに、地域が持つ多様な可能性に目を向けながら、日常の生活レベルから考えてみようという試みである。
 すなわち、改革万能の流れで忘れられている文化の潜在力を蘇らせ、従来の手法とは違った切り口で地域の豊かさを模索する試みだ。昨年5月、11月に続く今回のシンポジウムは、これまでの「経済・財政」「政治」といったマクロの視点から地域の具体的な課題を俎上に載せた。
 シンポジウムのテーマは基調講演が「文化の多様性と地域の課題」(静岡文化芸術大学・川勝平太学長)、次いで行ったパネルディスカッションは「地域振興と文化――その実践を話す」である。
 シンポジウムの準備から開催まで深く関わった立場から、シンポジウムのさわりを紹介する。

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 基調講演で静岡文化芸術大学の川勝平太学長は、世界史的な視点から国の持つ三つの体系、つまり「軍事力」「経済力」「価値」が時代とともに力点が移った背景を説明した上で、歴史的・地理的な側面から日本が持つ特性に世界が注目、日本の動向に注目していると強調した。
 世界は戦後、経済に軸足を置きながら米ソが軍事力を背景に世界を二分する東西対立を続けた。そして、1989年の東西冷戦崩壊後、経済を志向しながら民族・宗教対立が激化する「文明の衝突」が噴き出した。
 資本主義諸国の市場経済、社会主義圏の計画経済のいずれもが時代の要求に的確に応えてくれなかった。いや、目先の要求に応えながらも、経済優先の社会は「環境」という新たな問題を突きつけたのである。
 富める国と極貧国。1日1ドル以下の生活に身を置く極貧層は世界で12億人とも言われている。この豊かさと貧しさが併存する現実がある一方で、民族・宗教の対立で国の統一がいかに難しいかを川勝氏は、中東のイラクの混乱を例に挙げて説明した。
 川勝氏によると、戦闘の「終結」で民主国家が誕生すると期待されたイラクの混乱は、「信ずる宗教上の若干の価値の違い」が原因で歯止めをなくしたためで、文化がまとまらないと国が成り立たない現実を見せつけたという。

 日本はどうだっただろうか。
 軍事力で世界の列強の仲間入りした日本が敗戦の荒廃から立ち上がったのは、ひたすら経済復興に励み経済成長に邁進したからである。もちろん、強大な軍事力を有する米国の庇護があってのことだ。
 しかし、経済優先がもたらしたのは、豊かさと同時に社会生活を蝕む深刻な公害だった。
 経済最優先に待ったをかける動きがなかったわけではない。1970年代末、当時の大平正芳首相は経済中心から「文化重視」への政策転換を狙ったのだが、世論も政治もこれに応えなかった。経済だけではなく、生活の真の豊かさを求める国民意識の変化はあったが、その後もバブル経済の混乱、最近では格差社会の拡大などで合理化・効率化の「改革」が迫られ、人が本来持つ感性はどこかに置き忘れてしまっている。

こうした中で表れたのが、この改革路線とは一線を画した文化力の効用である。まだまだ大きな力とはなっていないが、人の心に響く計りがたいエネルギーが潜んでいる。
 川勝氏は講演の中で日本を、世界の生きた文明を取り込んだ「世界の博物館」として、さらには亜寒帯から亜熱帯までを含む多様な生態系がそろう「地球のミニチュア(箱庭)」として、これに世界の注目が集まっているとの認識を示した。
 そして今、日本に求められているのは「この列島を(世界に)どう見せるか」で、それはごく当たり前の「暮らし」「生きざま」であって、特別なものが求められているわけではないとした。
 生活景観(人間の暮らしや生き方)や自然景観は「文化」と言い換えることができ、これこそが日本が世界の求めに応じて発信できるということである。

川勝氏は、高度な技術を応用した日本の農作物を「農芸品」「芸術品」と高く評価、過疎化が深刻化している中山間地が有する豊かな可能性に東京・霞が関の官僚が大きな関心を持ち始めている、これまでとは違った社会環境の変化を紹介した。
 官僚が農山漁村での体験の大切さを口にし始めている事実は、教室や教科書だけでは学べない時代が来たということであり、これまでの都会中心から地域に教育の場が変わりつつあることを示している。
 時代は環境重視に移った。地球環境を考えるとき、日本は世界のテキストの素材をいい形で持っており、そのためにも文化力をつける必要があり、その時期が来ていると川勝氏は言う。
 そして、川勝氏は世界の生きた博物館、地球のミニチュア的な日本の中で、伊勢湾が広がり紀伊・鈴鹿山地を擁した三重県は、いわば日本全体のミニチュアだと位置づけ、それぞれの地域をどう創り上げ魅力的にするかが問われている「文化力」の時代だと強調した。

モノ、カネに対する飽くなき欲望を満たしてきた我々が今必要とするのは、地域が持つ多様な文化を土壌にした地域社会の「治癒力」を奮い立たせることである。地域文化が、地元の努力で再生されている事例は少なくない。それが、第三者に新鮮な刺激となり、さらに回りまわって地域活性化につながるのは確かなようだ。

 基調講演に先立ってあいさつした三重県の野呂昭彦知事は、成熟社会の変化に対応した真の豊かさの処方せんとして、県政の基軸に「文化力」を据えあらゆる政策を見直ししていると強調。これからも真の地域主権の社会を目指して、「文化力」の推進を県民とともに進めていきたいと訴えた。

基調講演に続き、「地域振興と文化―その実践を話す」をテーマに、川勝平太、村林新吾(三重県立相可高校教諭)、坂野達夫(三重県政策部長)各パネリストと岩崎恭典・四日市大学教授の司会でパネルディスカッションを行った。

シンポジウムの詳細は地方自治問題の政策情報誌「地域政策」(夏季号)に掲載されている。(08年7月10日)

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