荒砥沢ダム上流付近の山崩れ(宮城県栗原市ホームページから)

【大地震と中山間地】

◎中山間地に目を向けよう

「岩手・宮城内陸地震」から1週間が経った。
 今なお、大量の土石流に埋まった被災地で懸命な救出作業や、土砂崩れでせき止められてできた「せき止め湖」(災害ダム)の排水工事の努力が続いている。被災地では、救助活動に大型機械を使えず、人力に頼らざるをえない。
 山が崩れ、道が消えた、清流は土砂で埋まり、人家も土石流に飲み込まれた。
 宮城県栗原市の荒砥沢ダム周辺で起きた大規模な山崩れは、荒涼とした不毛の渓谷を見る思いである。計り知れない巨大地震のエネルギーのすごさを目の当たりにした。

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 今回の地震で思い知らされたのは、山あいを震源とする地震が中山間地の様相を一変させただけでなく、人里から遠く離れた地域でのライフラインの復旧が極めて困難を極めるということである。さらに、その先にはどう復興させるかが待ち構える。
 最近の例を挙げると、幾つもの集落を土砂が飲み込んだ新潟県中越地震がある。
 2004年10月23日。晩秋の気配が漂い始めたこの日の早朝、新潟県中越地震は起きた。被害に遭った中山間地域はほぼ昔の姿を取り戻したが、今なお、その傷跡は残る。日本の原風景として心安らぐ山村の光景が、今回も自然の脅威の前に為すすべもなく無残な姿に変わってしまった。
 「日本のふるさと」を描く原田泰治さんの作品に旧山古志村「木籠地区」の風景画がある。この木籠の姿は土砂に埋まって消えた。
 翌05年1月号の旧山古志村(現在は合併して長岡市)の広報紙には、土砂で埋まった生活道路である国道や県道の様子や壊れた棚田、そして難を逃れた住民が余震が続く集落の片隅で不安な一夜を明かした写真が載っている。
 当時の小泉首相をはじめ閣僚や与野党首脳らも次々と被災地を見舞った。地震から2週間後には天皇・皇后両陛下が長岡大手高校の避難所を訪ね住民を見舞っている。

山古志村の当時の村長だった長島忠美さん(現衆院議員)は1月号の広報紙に当時の模様を次のように記している。
 「先人からの大切に受け継いだ歴史、文化、先祖から受け継いだ大切な財産、すべてのものが一度にして姿を変えました。
 ・・・あの災害でも私たちが山古志を愛する気持ちは壊れませんでした。この気持ちがあるかぎり、必ず山古志村は緑の村として復興できます。
 山古志村に必ず帰ろう。
 皆で心の叫びを上げてください。
 大切な大切な人と人とのふれあいの中で生きられる山古志村を再び、日本のふるさととして再生してゆこうと思います。・・・」

元通りとは言えないが、旧山古志村はどうにか昔に近い姿を取り戻した。
 
長岡市山古志支所の地域振興課に聞いたら、震災前の世帯の73%、人口の66%が村に戻った。やむなく旧村に近い所に住むが、農作業に通う旧村民も少なくない。山の斜面を切り開いた棚田も蘇り、「古志の角突き」と呼ばれる、国指定の重要無形民俗文化財の闘牛大会も再開した。体重1トンもある巨体がぶつかり合う牛の角突きは、山古志の復興を示してくれる。

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過疎の波が押し寄せている中山間地は多い。「行政」の立場から見れば、過疎からの脱却は何にもまして成し遂げなければならない課題だ。
 集落が、そして住み慣れた家が土砂に押し流されてしまい、平穏な日常を送った生活の場が戻るのだろうかと住民の不安は募る。災害が疲弊する中山間地をさらに追い込んでしまい、口にこそ出さないが集落が消滅してしまうのではないか、といった不安が住民の頭をよぎっているという。
 山古志村は震災から足掛け4年でどうにか復興の足がかりをつかんだ。これまでの復旧は、災害救助法をてこになされたが、これからの復興は過疎地振興を目的とした法律に基づく交付金や補助金が頼りという。
 地元が期待する法律の支援が順調に行われるなら問題はないが、窮迫する国の財政が地元の要望に応えられるかどうか分からない。

気象庁はつい先日、東北地方の「梅雨入り」を発表した。岩手・宮城内陸地震の被災地のぬかるみは、雨の季節を迎えてさらに困難な救出・復旧作業が続く。
 今回の被災と旧山古志村のそれとは同じではないが、全国の中山間地が共通して直面しているのは「生活の場」として存在し続けられるのかという喫緊の問題である。
 国土交通省の調査によると、全国1800の市町村のうち、過疎地域自立促進特別措置法が定める過疎地域に指定されている775市町村で、65歳以上の高齢者が半数を超える「限界集落」は7873集落。その3分の1が消えてなくなる恐れがあるという。
 そんな集落を抱える市町村の首長や地域の代表が東京に集まって、集落の再生を訴える集会を開いたのは、昨年11月末のことである。都会生活に欠かせない水を供給してくれるのは人里遠く離れた山村だ。「水源」は山や自然が正常な姿であってこそのもので、疲弊し荒廃した山村は、その機能を失う。
 華やかな都会生活は中山間地で支えられている現実を直視すべき時期にきている。中山間地の「非効率」を挙げる論者がいる一方で、都市生活者の「物差し」で中山間地の姿を推し量る間違いを強調する専門家が少なくないことも事実だ。
 中山間地問題を行政レベルだけでなく、生活レベルで問い直すことも必要だろう。山村の荒廃は文化・伝統の消滅にもつながるだけではない。四方海に囲まれた日本列島の海の資源を損なう危険性も大きい。「山は海の恋人」なのである。

【メモ】6月14日午前843分ごろ、宮城、岩手両県の県境近くを震源とするマグニチュード7・2、最高震度6強の直下型の巨大地震が発生した。地震から1週間経った6月21日現在、死者12人、行方不明10人、負傷者312人。避難者数約300人など。

08622日)