【本音と建前】

要は説得力の問題だ

 仕事の上でも個人の付き合いにしても、正直に「胸のうちを明かす」ときと、間を置くように「一般論」で取り繕う場合がある。社会生活をしていく以上、誰もが経験しているこの人間関係は時には摩擦を起こしたり不信を募らせることがしばしばある。
 正直すぎるのも大人げないが、本音を隠した「建前」だけをのうのうと話されると不愉快になってしまう。
 ビジネスの世界の駆け引きも厳しいが、政治や行政のそれは国民の生活に直結するだけに見過ごせない。

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 前にも取り上げた国会のねじれ騒動で与野党が顔を真っ赤にしてやりあった日銀総裁人事、道路特定財源問題に加えて最近の後期高齢者医療制度は、まさしく本音と建前の攻防だった。
 野党が拒否することが分かりながら、日銀総裁候補として財務省事務次官経験者を出し続けた福田首相が言ったことは、「米国のサブプライム問題で不安定になっている世界が注視している」、国内的には「財政の専門家」「金融と財政を熟知する人物はほかにない」だった。世界経済に占める日本の存在を盾に取った、いわば外圧を期待しての「建前」である。
 道路財源問題のてん末にしても、道路整備の不備を嘆く地方の声に応えることを装ったことは明らかだ。後期高齢者医療制度にいたっては、少子・高齢社会を錦の御旗にした厚労省官僚の言い分を鵜呑みにしたものでしかない。
 日銀総裁人事では財務省の影がうかがえたし、後期高齢者問題も膨らむ一方の医療費に危機感を持つ財務、厚労省の意向を色濃く反映した。
 「道路」も「後期医療制度」も、結局は地方や高齢者の予想以上の猛反発に驚いて見直しに手をつけ始めたが、支持率が地滑り的な下落をしている福田内閣が、表面的な「改善」をしたとしても、自民党内の「守旧派」が静かにしているわけはない。

 道路問題を見れば、それがはっきり分かる。
 これまでの道路特定財源を09年度から一般財源化すると閣議決定はしたが、自民党道路族首脳は「必要なものはつくる」「財源を教育だ、環境だ、福祉だと分捕りさせはしない」と何食わぬ顔で話している。
 だが、一般財源化の閣議決定は、野党の攻勢に「理に詰まった」政府、与党が衆院の「3分の2」の特権をまたも行使して、道路財源を今後10年間維持するという特例法を再可決しなければ政権が持たない、という本音を隠せなくなって仕方なくやっただけである。
 もっとも、一般財源化と特例法案の矛盾は、どんな言葉を使ってもごまかしができなかった。党の最高意思決定機関である総務会で決めたことだから、それ以上の担保は必要ないとした自民党執行部が嫌々ながら閣議決定を認めたのも、野党の攻勢を防ぎきれず建前を下ろしたことを意味する。

一方の野党はどうか。
 全国の知事や市町村長の大部分がガソリンの暫定税率の維持を求めたのは、地方ににらみを効かせる霞が関と自治体の関係からすれば、ごく当たり前のことだ。各種世論調査が例外なく逆の民意を表していることを見れば、道路問題をどうすべきかは答えが出ている。
 首長が声を大にした「道路整備ができなくなる」との声に民主党は処方せんを示したが、首長の不安を沈静化することはできなかった。
 道路整備の制度論の大きな欠陥をやり玉に挙げて追及した野党の言い分は正論で、理は野党にあった。だが、現実の政治は野党が「理に詰まった」ことも否定できない。
 道路財源問題は一件落着したかに見えるが、秋の税制改正、来年度予算編成作業を成り行きを見ないで安心するのは早すぎる。首相が「地方に迷惑をかけられない」と法案成立を譲らなかったのは、本音は政権維持のためである。

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話は変わるが、地方自治体を見ていると霞が関を小型化したような「本音と建前」が交差しているのが分かる。
 例えば、地域活性化を例に挙げてみる。
 自治体が今一番迫られている課題は地域活性化だと言っていい。その前に、「地域づくり」をどのように実践するかが頭の痛い問題のようだ。

 国の地域再生のメニューは盛りだくさんだし、それを受けた都道府県の施策も一応の体裁を整えている。メニューはそろった。さて、それをどう地域に根付かせ花を咲かせるかである。

地域づくりは一義的には市町村が担わなければならないが、都道府県の役割も大きい。県がまとめる活性化プランには「地域資源の活用」「住民との協働」「雇用拡大」「人材の発掘・育成」などの項目が並ぶが、基本は地域づくりをどう進めるかだ。
 プラン作成は県の得意とするところだが、地域づくりは自治体によってさまざまであり、統一的なメニューはない。市町村にとって、県の総論的な活性化策は現実的でない。
 市町村が自ら汗を流して地域づくりに励めばいいようなものだが、せっかくひらめいた事業でも県が消極的であったり、カネを要するものはまず通らない。一方で、県の提案には中途半端なものもある。
 市町村の考えを尊重する形での「任せる」事業も、いずれ「通信簿」で厳しく政策評価される。国と都道府県の関係が、都道府県と市町村の間でも続いているということだ。

 国と都道府県の間でよく問題になるのが「国は地方の実情を知らない」という認識のギャップである。似たようなことは都道府県と市町村についても言える。現場に足を運ぶことから始めなければならない。
 「建前」と「本音」の織り成す模様は複雑である。

08521日)