中国製ギョウザによる中毒
を報ずる全国紙の紙面。

【中国製ギョウザ】

◎根っこに食糧問題がある

 我が家のお母さんは「本物志向」である。どんなに珍しくても、まがい物は嫌いだ。口にするモノについても農薬には敏感すぎるほどだ。
 ある時、こんなことがあった。
 私の冬場の好物の1つに「干し柿」がある。冬の日差しと寒風が作り上げた農家の干し柿ほど美味いものはない。その姿、形は土地によって微妙な違いはあるが、大げさな言い方をするなら芸術的と見えることもある。
 そんなわけで、季節が来ると店頭に置かれたそれは、私を招いているとさえ思ってしまう。
 私が住む街の隣のJR駅前近くに雑然とした街だが、市場は買い物客が絶えることがない。若者も年寄りも集まる一帯である。その一角にある野菜、果物を手広く商うその店は、いつも客が列をつくるほど繁盛している。
 その店で国産の「あんぽ柿」や信州産の有名な干し柿の半値ほどの値段が気に入って買った。ところが、家に帰って2つばかり食べたのだが、何んだか気持ち悪くなった。
 お母さんに言ったら、「それ中国製でないの」。
 表示は何もなかったが、すぐ捨てた。検査したわけでもないので断定はできないが、「気持ち悪くなった」原因は「農薬」ではないかと今でも思っている。
 後日、その店に行って聞いたら「中国産」だとあっさり言われた。

 こんな体験があるので1月末から大騒ぎになっている中国製ギョウザの問題は他人事と思えない。

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毒性の強い有機リン系殺虫剤「メタミドホス」が混入していた中国製ギョーザの中毒問題は、日を追うごとに被害者が増えている。事件が発覚した生協はもとより、大手、中小を問わずスーパーからギョウザだけでなく、中国から入荷している様々な食材を使った商品や食料品が次々と姿を消した。
 殺虫剤がどこで混入したのか調査中だから原因は不明だが、事件は我々だけでなく、国に大きな問題を突き付けたようだ。
 はっきりしているのは、我々が日常的に食べている食料が海外産品に大きく依存しているという事実である。わが国の食糧自給率はカロリー換算で40%に満たないことはよく知られている。世界第2の経済大国などと意気がったところで、先進国の中でこんなに食糧自給率が低いところはない。
 食糧自給率が低いことがどれほど重大なのか説明している暇はない。詳しく知りたい人は大手商社系のシンクタンク所長が著した「食糧争奪」(日本経済新聞出版社)を読むよう勧めたい。
 結論を言えば、題名のごとく、食糧は各国が争奪する時代を迎えているということだ。鉱物資源のほとんどを海外に依存している無資源国・日本の食糧政策は極めて貧弱だし、食糧生産基地が「農村の疲弊」という形で衰退の一途をたどっている。ところが、こんな現実に国民の関心があまり向けられていない。

「瑞穂の国」は今や、コメの需要減退で生産調整が繰り返され、小規模農家が次々と消え、「耕作放棄地」となって無残な光景をさらしている。中山間地域の疲弊は、平成の大合併と言われる市町村合併でさらに進んでしまった。
 成田空港に毎日着く海外からの生鮮野菜、魚介類は、日本人の胃袋を満たしてくれて頼もしいが、仮に、何らかの事情で輸入量が十分確保できなくなったらどうなるのか、少しは考えてみるといい。
 マグロが十分手に入らなくなった。中国や台湾の需要が急伸したためだが、経済的にゆとりが出てきた発展途上国が「美味いもの」を求めるのは当然だし、だからといって、慌てるのはいかにもおかしい。
 原油価格の暴騰でバイオエネルギーが注目されているが、バイオエネルギーは食糧としてのトウモロコシの生産減をもたらし、結果的に穀物生産が世界的に縮小するということだ。
 エネルギー源の転換と言えば聞こえはいいが、その分食糧生産が減り需要国の奪い合いにつながることを、よくよく考えた方がいい。
 前にも書いたが、食糧の大部分を海外に依存しながら、飽食を楽しむような民放テレビの能天気な企画は、それこそ日本人の品格が問われるだけである。


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農薬が混ざった中国製ギョウザの問題で中国からの輸入食材が「危険視」された時の輸入業者や食品メーカーの反応に、「中国からの輸入なくして日本の食は考えられない」というコメントがあった。
 22日付の朝日新聞朝刊の生活欄に「輸入に占める中国産の割合は?」(図表)が載っている。
 それによると、子どもの弁当のおかずの冷凍サトイモは997%、冷凍ブロッコリーは64%。冷凍サトイモは、全部の弁当が中国産と言っていい。
 サラリーマンやOLが社員食堂でとる昼食は玄そばが81%、冷凍ホウレン草が68%、エビ調製品は21%。
 サラリーマンが仕事を終えてくつろぐ居酒屋を見ると、つまみの冷凍枝豆は
44%、アサリが86%、焼き鳥の鶏肉調製品56%、タコは17%(いずれも06年の数量ベース)――である。
 つまり、学校でも社員食堂でも居酒屋でも「中国産」がいつも口に入っている。誰も、そんなことを気にする風でもない。

「中国からの輸入なくして――」は確かにそういう側面はあるが、だから今までどおりやるしかないというのでは知恵がなさ過ぎる。食材を別途手に入れる方策を真剣に考えるべきだ。
 「材料費が高くなる」ことはあるだろう。だが、「安いから」だけを求めていれば、いつかはこうなるというのが今回の教訓である。
 手軽で便利さが当たり前になってしまった我々の食生活が、このままでいいはずはない。
 国産品愛用は工業製品だけに限るものではない。農産品にも及んでいいはずだ。いや、農産品こそ、その対象とすべきだ。
 生産者は今、「顔が見える」作物を一生懸命作っている。安全・安心の証明書だ。それと、近年各地に広がりつつある「地産地消」をさらに拡大する努力があっていい。大都市は周辺から集荷すればいい。生産地の活性化にもつながる。
 それと、消費者だけがその気になっても駄目だ。輸入業者、加工業者も一緒になって取り組む必要がある。それでも足らない分は、しっかりした検疫・検査を徹底することで食材や商品の安心・安全を確保する態勢を整備して輸入品に対処する。そのためには国も地方自治体も万全の態勢をつくることが欠かせない。

 今回の問題はガソリンの暫定税率で与野党が激突している最中に起きた。
 これも、何かの因縁かもしれない。道路建設に血道を上げる与党も、暫定税率廃止で解散を狙った野党も、「永田町の争い」をやっている場合ではない。福田首相も「消費者の目線に立って」というなら、食糧問題を農水省に任せておくだけではなく、内閣を挙げて重点課題と位置づけるべきではないか。
 農薬混入の中国製ギョウザは、食糧問題というあまり関心を持たれなかった現実の問題を突き付けた。食糧は世界的に争奪の時代に入ったことを銘記すべき時期にきたのである。
0822日)