【女性知事の退場】

◎対照的な決断

 大阪府の太田房江知事と熊本県の潮谷義子知事が次の知事選の不出馬を相次いで表明した。知事選は大阪府が新年早々の1月、熊本県は3月に予定される。現在、北海道、千葉、滋賀、大阪、熊本の5人の女性知事がいるが、このうち2人が退場する。
 今のところ、有力な後継の女性候補はいない。地方自治を体現する女性知事が表舞台から去ることは、いかにも寂しい。何が、彼女らを不出馬に追い込んだのかを検証すれば、国と地方の関係を知るだけでなく、地方政治のあり方の一端が明らかになるのではないか。

 2人の不出馬表明には明確な違いがある。太田氏のケースは「政治とカネ」が引き金となったのに対し、潮谷氏は人生の「新たな針路」の追求と言える。ただ、両者に共通する政治状況は「与党」の離反である。

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 太田知事の政治資金と高額な講演料問題が明るみに出て、太田知事がこれに反論したニュースを見た時、私には、知事選を控えた地方政界の駆け引き程度にしか思えなかった。ところが、次々と表れる事実に太田氏は抗しきれず、遂に「総合的な判断」で不出馬を表明した。
 
太田氏は前知事の故横山ノック氏の辞職に伴い、通産省(現経済産業省)官僚から落下傘候補として知事選に挑み、全国初の女性知事として初当選、04年に再選された。選挙戦は自民、民主、公明各党の支援をバックに、支持母体も連合を中心に市民団体も加わった。太田氏の選挙地盤は磐石で、自前の府政運営に一点の陰りも感じさせない強みがあった。

ところが、強さには同時に危うさを呼び込む怖さが潜む。
 
永田町、とりわけ、自民党本部の強力なバックアップで登場した知事だけに、太田氏の自信ある言動は、時として自民党執行部の影がちらつく。前回知事選で9人の府議が対立候補を応援したことは、最初の知事選以来、自民党府連や自民党府議団との関係がしっくりいっていなかったことの表れだ。
 
本人にその気はなくとも、政治的には、太田氏は中央との太いパイプを持った「中央直結型」の知事であったことは間違いない。官僚出身の嗅覚として、政権与党との緊密連携が府政運営に効果的なことは知っている。タレント出身の前知事に煮え湯を飲まされた政権与党としては、自分たちの目が届く中で「晴れ舞台」を演じるのは好ましい。

改革派知事が不在となった全国知事会で、独特の切れ味を見せた「太田節」は地方分権改革でも目立った。女性知事のトップランナーとしての活躍、加えて中央政界にも顔が利く太田氏は怖いものなしだったのかもしれない。
 
カネに敏感であるべき太田氏が、中小企業経営者の集まりで高額の講演料をもらいながら、「講演料は情報発信に見合うもの」といった趣旨で批判を突っぱねた。庶民感覚を離れた反論に、驕りがあったとしか言いようがない。
 
さらに自民、公明の府連など与党の怒りを誘ったのは、大阪市長選で野党系候補の当選を祝って万歳したことだ。多数与党の府議会とはいえ、国政も注目する大阪市長選だ。太田氏の真意が疑われても仕方がない。敵なしだったはずの太田氏は四面楚歌で府政を手放ざるをえなかった。

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一方の潮谷知事の不出馬表明は、冒頭で記したように新たな人生の針路の追求である。
 
潮谷氏は社会福祉法人園長などを経て1999年に副知事となったが、前知事の急死で1年後の知事選で初当選した。潮谷氏は福祉問題の専門家ではあったが、広範な行政に通じていたわけではない。その足らざるところを補ったのが総務省から出向した黒田武一郎副知事である。黒田氏は熊本県の財政課長、総務部長を経験している。潮谷氏の懇請で副知事に就き、知事の不得手な議会対策などを一手に取り仕切った。
 
「自分は政治家だとは思わない」。潮谷氏はこう公言してはばからなかった。人当たりの良さ、ソフトな物腰は県民の幅広い支持を集めた。しかし、県政に重くのしかかっている巨大ダム「川辺川ダム」は、計画から40年が過ぎても着工のめどが立たない。住民討論集会などで地域の合意形成を掲げたが、ダム推進の自民党県議団や周辺自治体には潮谷氏の姿勢が優柔不断と映り、批判が相次いでいた。
 ダム建設、干拓事業など大型公共事業は国の財政事情でやり玉に上がっている。一方で、停滞する地域経済の振興を目指す事業推進の動きも根強い。
 
ソフトな物腰の潮谷氏だが、見かけによらないシンの強さを指摘する声もある。永田町(自民党本部)の力を背景に、高慢な行動が見られた太田知事とは対照的な知事だったと見ることができる。
 
潮谷氏は不出馬の理由について「人生を考えた時、まだほかにもやりたいことがある。3期目を選択すれば私自身が燃え尽きてしまう」と述べたという。その心の奥を推し量れば、本来の仕事である福祉問題に没頭することを許さない政治に翻弄された2期8年だったのかもしれない。

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太田知事は12月1日、大阪市で開かれた環境問題を論じ合う女性知事フォーラムで、5人の女性知事を五輪マークに例えて「5つの輪のように1つでも欠けないように頑張りたい」と語った。その5つの輪から2つがなくなる。
 
一昨年以来、公共事業をめぐる贈収賄事件で3人の知事が逮捕、起訴された。「政治とカネ」の問題が地方政界でも例外でないことを浮き彫りにした。法的な事件性はないが、あろうことか女性知事にカネにまつわる不適切な事実があったことは残念としか言いようがない。(071211日)