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◎首相の決断しかない―日銀人事

 もう一つ、忘れてならないのは日本銀行総裁人事である。
 福井日銀総裁の後任と目された、武藤敏郎副総裁(元財務事務次官)は、参院で野党の反対多数で不同意となった。現総裁の任期は19日。福田首相は週明けの17日に再提示するが、その際、不同意となった武藤氏を再度提示するのか、あるいは全く新しい人物を示すのか首相はぎりぎりの選択を迫られている。
 日銀は「銀行の銀行」である。中央銀行として金融政策を担う掛け替えのない国家機関である。先進各国の中央銀行総裁と連絡を密にして、国内だけでなく世界の金融・経済問題に重要な役割を果たしている。
 特に、このところの米国の低所得者向けサブプライム住宅ローンが世界経済を揺るがし、原油高騰がそれを追い討ちしている、かつてない状況下で中央銀行に求められる責任は大きい。そんな時期での日銀総裁人事である。

ねじれ国会でなければ、政府が提案する人事案件は何も問題なく承認・同意される。ところが今回は違う。
 参院で多数を占める野党が「武藤総裁」に不同意を突き付けたのは、周知のとおり財政(財務省)と金融(日銀)政策の分離に反する。そして、現在に至る日銀の低金利政策で国民は大きな損失を被った、その政策の中心にいた武藤副総裁が昇格することは認められないというわけだ。
 提案者の政府は、経済の現況を見れば武藤氏が適任であり、財政と金融の分離が侵されることもないベストの人事だと反論する。
 株価が急落し、外国為替市場も円高基調が一段と進み、日本経済は極めて難しい経済運営を求められている。こんな時期に、中央銀行総裁が不在でいいわけがない。世界の日本を見る目も心配される。

 さて、それでどうするかである。
 首相が野党の不同意が分かっていながら再度、「武藤総裁」を提示すことはないだろう。勝算なき自爆にも通じるからだ。自身の内閣支持率は急降下しており、事態打開の知恵が浮かばず、党内に「福田後」の動きがはっきりしだした危なっかしいこの時期を見れば、おのずと答えは明らかだ。

 では、代わりに誰がいるのか。
 サプライズ人事で驚かした小泉元首相なら知恵もあるだろうが、慎重居士の福田氏にそれを期待しても無理だ。知恵を授ける人物も見当たらない。もっとも、元首相ならこんな袋小路に入ることはしてない。

ところで「武藤総裁」不同意の野党に対して、中央大手新聞各紙は厳しく批判した。ありていに言えば、野党の問題意識の浅さである。同時に、「不同意」が分かっていながら、武藤総裁誕生への土俵づくりを怠った首相官邸の戦略のなさを指摘した論調もあった。
 理解できないのは、一刻の猶予もない政治状況のなかで、同意人事の国会提示がいかにものんびりしていたことだ。「何とかなるだろう」式の提示だった。
 不同意となって首相は「困っています」と嘆いたらしい。嘆いても始まらないが、この言葉に首相の、何とも言いがたい政治感覚が表れている。
 中央銀行たる日銀の総裁が不在が現実となれば、諸外国の目は「総裁不在」に限るものではない。福田政権そのものへの信頼感が大きく傷つく。首相はその認識があったのだろうか。

 事ここに至れば、総裁不在も念頭に置かねばならない。日銀法を改正して、福井氏の任期を新総裁が決まるまで続投させる考えが浮上しているが、そんなことをすれば、政府・与党は「とうとう焼きが回ったか」と見放されるだけだ。
 福井氏は世界が認める金融政策の専門家であることは間違いない。だが、福井氏は、例の「村上ファンド問題」でマネーゲームに加担したとして、金融政策の最高責任者にあるまじき行為だと厳しく批判され、辞職寸前まで追い込まれた。
 日銀総裁は金融政策の専門家であると同時に、中央銀行総裁としてのモラルをも備えていなければならない。
 村上ファンドの問題のときも、マスコミ界に福井氏の替え難い知識を理由にした擁護論が少なくなかった。資質は2の次と言わんばかりだった。
 今回の総裁人事について考えなければならないのは、日銀のあり方も含めて日銀総裁をじっくり考えることだ。場合によっては総裁不在も想定した態勢確立を考えた方がいい。「政府提案だから」とか、あるいは「提案が通らないと世界の信用を失う」といったことに縛られて現状を追認するようでは、日本という国の変革はできない。
 道路
特定財源やガソリンの暫定税率継続ができないと国民が大迷惑する―といった論法で現状の問題点に目をつぶって旧来の手法を残すことも同じである。
 世界の財政、金融政策担当者だけでなく、市場関係者が日銀総裁人事を注目しているのは間違いない。総裁不在となれば市場は即刻反応するだろう。
 同時に、世界の目は既に「日銀総裁不在」を織り込んでいるかもしれない。日本にできることは、仮に総裁不在になったとしても、不在のマイナスを少しでも軽くする態勢を世界に発信することだ。日銀総裁人事問題は、福田内閣の経済・財政分野での信認の問題でもあるのだ。
 大人気なく、野党を批判しているだけでは何も解決しないどころか、政治の混迷を深めるだけだ。今年のサミット議長国として、みっともない姿をさらすことだけはやめてもらいたい。
08年年315日)