【沖縄知事選】(06年11月19日投開票)

  投票率64・54%(前回=02年は57・22%、稲嶺VS吉元)
  当選仲井真弘多347、303=無新、自公=
  糸数慶子 309、985=無新民、共、社、国、日、社大、そ=
  屋良朝助   6、220=諸新=

現実的選択に潜む複雑な感情

 沖縄知事選の結果は、自公が推す仲井真氏が約38、000票の差をつけて反自公の統一候補の糸数氏を敗った。
 普天間飛行場の移設問題で揺れる沖縄県民が、もしかすると日米両政府の合意に「ノー」を突きつけ、沖縄の基地問題が再燃するのではないかと考えていた人は少なくない。
 結果は、形の上では経済が基地問題をおさえ、県民意識の変化を窺わせたが、県民が基地よりも経済を重視したという単純な図式ではない。
 確かに政府はは仲井真氏の勝利を歓迎した。これから本番となる在日米軍再編の作業を後押すことは間違いない。そんな期待を持って政府は、新知事が求める経済振興策にも十分応える意向を明らかにしている。
 政府の立場からすれば、県民の経済振興の希望に応える、積極的な対応となる。
 例えば今年5月の閣議決定で廃止が決まった北部振興策を蘇らせ、残りの08-09年度も継続する方針だというのだ。ちょうど8年前、国に反旗を翻した大田昌秀氏を抑えて稲嶺恵一知事が登場したとき、手のひらを返したように経済振興のメニューを並べて見せた場面が思い出される。
 だが、その政府も今回の選挙前は、心穏やかではなかった。
 ?稲嶺氏の意志を引き継いで、仲井真氏も日米が合意した辺野古崎をまたぐ「V字型滑走路」に反対する考えを表明していたし、糸数氏にいたっては日米合意を全否定していた。
 その糸数氏が、保守の一部も巻き込んだ反自公の統一候補として有権者に浸透していた。
 そんな事情もあって、首相官邸筋は「誰が勝とうが普天間移設は国の方針通りに進める」と、冷めた目で選挙戦を見ていた。勝敗はともかく、普天間移設は何があろうとも完成させる強い意志だった。
 辺野古崎に新基地を建設するに当たっては、周辺海域の埋め立てが必要だ。その許可権限は知事に属する。新知事が海域埋め立てを拒否するなら、その権限を国に移管する法的措置で対処する―そんな腹を決めていた。
 久間章生防衛庁長官が、11月24日の長崎市での講演で「力づくでも(移設を)実現する腹だった」と語ったのは、政府の揺るがない方針を吐露したものだ。
 政府の強硬姿勢は10年前、当時の大田知事が米軍基地用地強制使用の代理署名を拒否したときに、特別措置法をぶつけて知事の権限を取り上げ、米軍への基地提供をした事実を髣髴させる。今回も、いざとなったら同じ措置を今回も検討していたのである。
 沖縄の国政選挙、知事選は他都道府県の選挙と違って、主要な争点に必ずといっていいほど基地問題が登場する。県議会の質疑を見ても同じだ。ある県議は「沖縄県議会の論議は国政レベルの問題が当たり前」と、自嘲気味に語ったことがある。
 ところが、その県議会は、知事を頂点とする県執行部と同様、基地問題に決定的な影響力を与える力はない。
 知事選は、経済問題を前面に掲げた仲井真氏だったが、普天間飛行場の県内移設に真っ向から反対し、基地問題基地問題の抜本的解決を目指す糸数氏との間で繰り広げた普天間飛行場の返還を左右する選挙だった。
 それだけに、日米両政府のみならず、米軍再編に関わる関係自治体・住民の耳目を沖縄に引き付けた。
 加えて、9月に発足した安倍政権の安定度をはかる上でも、勝敗の持つ政治的意味は大きい。

 ところで、選挙結果の評価は、有権者が「基地問題」よりも「経済振興」を選択した、という受け止め方が一般的だった。大手マスコミの一部も、そうした見方をした。それは、政府と一体となって沖縄の経済振興を図ろうと訴えた仲井真氏の主張が、普天間飛行場の県内移設を認めず、あくまでも県外移設を求める糸数氏の「基地問題」を下した、という分析だ。
 ただ、この「経済」と「基地」の二者択一でこの知事選を評価するのは無理がある。
 なぜなら、「基地縮小」も「経済振興」も、沖縄県民の大多数の要望であり、これまでの国政、地方選のいずれでも保革の区別なく各候補者が有権者に訴えた。どちらに優先順位があるかを断定的に決め付けることは、複雑な要因を持つ沖縄問題を単純化することにつながるからだ。
 沖縄は、右肩上がりの観光産業がある一方で、地場産業の育成・強化が進まず、復帰から30数年になろうとする今日でも、「復帰特例措置」が一部ではあるが残っている現実がある。
 雇用環境も悪く、完全失業率は全国平均の約2倍だし、特に若年層の失業率は極端に高い。
 こんな経済状況を見れば、有権者が基地問題という問題解決の工程を決められない課題よりも、差し迫った生活のやりくりを楽にしてくれる経済振興に傾いたとしても、「基地」よりも経済」を選択したと決め付けることはできない。
 なぜなら、「基地」と「経済」を並べて、それに優劣をつけることは問題を単純化することになるからだ。統治する側に立つならば、「基地」か「経済」かと問題を単純化した方が分かりやすい。
 つまり、今回の結果について言うならば、有権者は「経済」を求めたものだ、と断定的に言うことができる。
 保守の仲井真氏の基地問題への言及の仕方に曖昧さがあるのは事実だ。だが、仲井真氏は日米が合意した辺野古崎をまたぐ「V字型滑走路」は認めがたいと言い、政府にきっちりと申し入れると明言している。
 仲井真氏が政府にどのような物言いをして、それがどこまで通用するか現時点では分からない。
 しかし、日米合意を覆すような注文には政府は応じないだろうし、ましてや問題の早期解決を求める米政府には、論外な注文でしかない。
 となると、仲井真氏は少なくとも基地問題では攻めどころがなくなる。政府が求めるとおりに辺野古崎への移設作業を進めようとすれば、糸数氏を支持した有権者は猛反発するだろうし、仲井真氏に投票した県民の理解を得ることも容易ではない。
 政府は当然のことながら仲井真氏の当選を喜び、間髪を入れず基地問題の解決はもとより、経済振興で協力する考えを伝えた。そして、沖縄県民の選択を高く評価して見せた。
 だが、政府にとって仲井真氏の当選は「絶対条件」ではなかった。 (06年11月29日)