横須賀市長選】

◎地方政治の潮目は変わった

 神奈川県横須賀市長選で33歳の新人吉田雄人氏(前市議)が、自民、民主、公明の支援を受けた現職の蒲谷亮一氏らを抑えて当選した。今月中旬に投開票した千葉市長選での熊谷俊人(31歳)、1月の三重県松阪市長選の山中光茂(33歳)両氏に次ぐ若き市長の誕生である。
 汚職事件で前市長が辞職した千葉市長選と、再選を狙う自治官僚出身の現職と新人の戦いとなった横須賀市長選を同列にはできないが、横須賀市長選は地元出身の小泉元首相が異例の街頭演説に立つなど万全な自公民態勢で臨んだ。その現職が無名に近い新人の吉田氏に敗れた意味は大きい。
 常識的に考えれば、政党相乗りで選挙態勢が万全の現職に新人が立ち入る隙はない。その万全の態勢に表面からは分からない綻びがあったということだろう。

 横須賀市は米第7艦隊の母港と位置づけられ、首都圏では厚木、横田両在日米軍基地と並んで米軍の世界戦略上、欠かせない日米安保体制の最前線を担う基地の街である。それ故、今回の市長選は官僚出身の市長が3代36年間続いた市政がさらに続くのかどうかも焦点となっていた。
 中央では対立する自公両党と民主党だが、市長選の盤石な態勢に安心したのか、あるいは小泉元首相の影響力を過信したのか運動は浸透しなかった。麻生政権の足元がぐらつく永田町政治から目が離せなかったことも大きかった。

 吉田氏が勢いのある現職を下したのは、政治色の濃い基地問題で有権者の支持を得たからではない。福祉や教育、環境問題など住民に身近な問題で、行革や国との太いパイプを強調する現職を上回ったということだ。
 朝日新聞によると、昨年7月の島根県益田市長選から数えると、この1年間に登場した30代の市長(当選時)は、今回の横須賀市を入れると11人となる。30代市長が当選する事情はさまざまだが、当選の背景には新市長の若い感覚・感性に対する有権者の期待感があるのは確かだ。
 30代といえば、人生経験はまだ豊かとは言えない。調整力、指導力も十分備えているとは言い難い。民間企業でいうなら、大学を卒業して10年から10数年の経験年数だ。例外はあるが、一般的には年齢的にも仕事の面白さが分かって戦力として1人立ちできる年ごろだ。

 有権者がそうした若き首長を選んだのは、これまで投票行動を左右した判断基準が変わったと見るべきだろう。選挙の度に明らかになるのは、特定の支持政党を持たない「無党派層」が増えているという事実である。この傾向は小泉内閣以降、特に顕著になった。
 1年足らずで政権を投げ出す政治に、有権者がそっぽを向くのはむしろ当然で、投票率の低下や有権者の投票行動を批判する前に、政治のあり方が厳しく問われているのである。
 小泉内閣の郵政選挙で自民党は連立の公明党も加えると、衆院で3分の2の議席を有する大勝を手にした。政治の混迷が、この自公の大勝を機に始まったことは皮肉としか言いようがない。
 特に小泉内閣の三位一体改革で中央と地方、さらに地方でも地域間格差が広がり、かつての「総中流時代」は遠い昔の思い出のような格差社会ができてしまった。

これまでは地域の著名人、あるいは地元には縁は薄いが地元出身の官僚の担ぎ出しが、選挙戦を有利に運ぶ最良の選択肢だった。有権者も、それを容認した。
 ところが、近年浮き彫りとなった地域、あるいは社会の閉塞感が、こうした常識では解決しないことを有権者は敏感に感じ取った。昨年来の30代の若い市長の誕生は、こうした社会状況と有権者の意識の変化と無縁ではない。それ以上に政治・行政のリーダーに、これまでなかった「若さ」が必要だと有権者が気づき、変革を求めて動きだしたということだ。
 地方政治ではあまり考えられなかった意識が有権者を動かし始めたのである。
 このことは有権者が政治に深いかかわりを持ち始めた兆候と見ることができる。「あなた任せの民主主義」から「自ら参加する民主主義」への変化である。こうした地方政治の変化が国政を根本的に変革する大きなエネルギーとなることは間違いない。

09年6月29日)