2009年6月10日

【総選挙モード】

◎真に大切なものは何なのか

 東京都議選の応援に駆け回る麻生首相を見ていると、いやが上にも選挙モードが高まってくる。議選とはいえ、首相(自民党総裁)が公認候補者全員の応援に走り回ることは異例だ。都議選で勝利し、その勢いで解散総選挙に臨もうというわけだ。
 選挙は、ある意味では何年に1度の「お祭り」である。そして、有権者の心を熱くする。戦いである以上、支持する候補者の多少の問題には目をつぶる。そんな有権者心理が政治の進化を阻んでいる。
 マニフェスト選挙が当たり前になった今日では、耳当たりが良く心をくすぐるような作戦は通用しなくなった。とは言っても、まだまだ有権者心理はムードに流れやすい。

 弱小派閥を率いる麻生氏が過去の自民党総裁選で意外なくらい健闘したのも、東京・秋葉原のような無党派層の若者がいっぱい集まる場所に乗り込んで、政治論を離れて得々と「アニメ文化」を語る面白さに若者が呼応したからである。
 だが、首相になってからの人気は振るわない。派遣切りが社会問題化した昨年暮れ、ハローワークで語り合った男性に「何をやりたいのかはっきりしないと、雇う方も困る」と言ったことがあった。首相としては正直に語り掛けたつもりだろうが、相手の男性にすれば仕事を選り好みできる状況ではなかった。「とにかく仕事に就くこと」で頭がいっぱいだった。そんな気持ちに、首相は気が付かなかった。
 元首相のように、選挙応援に来て欲しくないと言われるよりはましだが、総選挙を目指す立候補予定者のポスターに並んで貼られていた、麻生首相のポスターはほとんど見られなくなった。
 その麻生首相は、昨年秋以降政府が次々と打ち出した緊急経済対策を自賛し、政治家の世襲制についても「親の背中を見て、それ以上になろうと頑張る」のが世襲議員だと言ってはばからない。どれほどの人が、そのセリフに納得するだろうか。

 地味な問題で有権者をひきつけるような話題ではないが、地方分権、地域主権といった問題は歴代内閣が引きずっている、将来の国の姿を確たるものとするための重要案件だ。
 地域密着の都議選なのに、福祉・医療分野などで都区市町村の仕事の自由度が国に制限されている問題は、あまり取り上げられていない。こんな混沌とした世の中なのだから、社会的な安心・安全のセーフティーネットがいかに大切なのかよく分かったはずだ。
 なのに、このセーフティーネットが穴だらけだ。それがいかに住民にとって問題なのかは、今回の未曾有の危機で浮き彫りになった。こうした問題は、地域の自治を脇に置いて考えることはできない。

 選挙が「お祭り」ならば、楽しく参加するのも一つの考えかもしれない。だが、お祭りで終わるだけでは世の中は良くはならない。政治・行政を託する選挙は、むなしく忘れ去ってしまう甘い話を聞くためにやるものではない。地味なテーマにこそ、社会を前進させる道が用意されている。(尾形)