【高速1000円狂想曲】

◎憂さ晴らしの盛況?

 大型連休が終わり、街に雑踏・人込みが戻った。
 楽しむことはまずまずだったようだが、例によって疲れを引きずって職場に戻った人が多かったことも間違いない。海外渡航組は、豚インフルエンザの直撃で楽しむどころか目的地に行けなかったグループも多かったし、晴れて出国できても帰りも成田空港で待ち構えていたのは防護服で身構えた検疫検査官の出迎えだった。
 機内での検査で疑わしき旅行客が混ざった一団は、一時的ながら外部との接触を止められ隔離状態に置かれた。練りに練ったせっかくの海外旅行も楽しみが半減というところだろう。

 ところで高速料金1000円である。案の定、各高速道路は渋滞、渋滞。パーキングエリアは空き待ちの乗用車が列を成した。特設のトイレも用意されたが、それでもいつもどおりとはいかない。ここも列、列である。
 連休期間中、高速道を使った車は2割増の1300万台を超えたという。いつもは気になる高速料金だが、今年はそんな心配は要らない。マイカーはいずれも、西も東も「遠くへ」「遠くへ」と突っ走った。パーキングエリアの売店は大繁盛、売り上げはうなぎのぼりだったようだ。
 こんな様子を見た麻生首相は、さぞご満悦だったかもしれない。高笑いさえ聞こえてくるようだ。
 だが、この後先も考えないバラマキ、単なる人気取りの高速料金1000円が国民に勇気を与えただろうか。心底連休を楽しめることにつながったのだろうか。
 不況のさなかの「盛況」を、そのまま受け取るほど国民の目は軟(やわ)ではない。高速料金が安くなったぶんだけ、宿泊費や食費にカネを回せたのは確かだが、だからといって、「国民が喜んでくれた」と考えるのは単純すぎはしないか。
 高速道を使って観光地に押し掛けはしたが、テレビ映像が伝える各地の様子からは、旅行の楽しさがイマイチ伝わってこない。重苦しくのしかかる不況が頭から抜けせないからだろう。「高速料金が安かったから来た」という声がほとんどで、裏を返せば家庭サービスもあるが、憂さ晴らしの盛況と冷めた言い方ができるのも確かだ。

 非正規社員だけでなく、正規社員にもリストラの荒波が押し寄せている。「百年に一度の不況」に苛まれている人たちにとって、景気づけにやった「1000円高速」は何の足しにもならないし、経済的意味も全くない。
 定額給付金にしても、国が「くれるからもらう」のであって、国民が強く求めた、どうしても必要なものではない。低迷する麻生内閣の支持率アップと総選挙をにらんだバラマキでしかない。
 1000円高速」や定額給付金が、百年に一度の不況の処方せんとして動員された的確な施策などと思う国民はいないだろう。財源がないのにやってしまった景気対策は、束の間の「あめ玉」みたいなものだ。いずれ消費税の増税となって跳ね返ってくる。
 このことは、15兆円にもならんとする本年度の補正予算案にしても同じ事だ。首相の号令で霞が関の官庁がかき集めた何でもありの施策に明確な国家戦略があろうはずはない。もっともらしい名前をつけた項目を羅列したに過ぎない。
 例えて言うなら、細目を示さないまま国の直轄事業費のツケを地方自治体に回してくるのと同じような増税路線が敷かれようとしている。
 補正予算案審議は冒頭から波乱含みで始まった。麻生内閣が昨秋以降打ち出した経済対策と09年度予算案に続く「4段目のロケット」(補正予算案)に正常に点火できるか疑わしい。点火ができないようだと、ロケットは目標を失って解散・総選挙に突入する。

0959日)