白石川に浮かぶ屋形船から見る両岸の桜が川面に映える(下)=大河原町提供

蔵王連峰を遠望する白石川両岸の「一目千本桜」は、延長数キロにも及ぶ桜のトンネルである。
(09年4月、宮城県大河原町)=大河原町提供

【観光ボランティア】

◎日本人の心象映す桜花

 今年の桜は、例年にもまして足早に訪れ、そして過ぎ去った。春の嵐もなく、各地から届いた花便りは春らんまんの華やかさに彩られ、不況に苛まれる世の中にちょっとだけ心の安らぎをもたらしてくれた。桜前線は秋田、青森から津軽海峡を越えて北海道に移ろうとしている。

 今月初め、清楚な美しさを競う鎌倉山の光景を本ホームページで紹介したが、程なく仙台の開花宣言が聞こえてきた。ところが、仙台地方は開花宣言から3日で満開だった。宮城県でも屈指の桜の名所は、仙南地方の大河原町から柴田町船岡につながる白石川の堤に連なる桜の並木だ。日本さくらの会の「さくら名所百選の地」に認定された「一目千本桜」である。JRのポスターにもなって主要都市の駅に貼られ、毎年30万人もの花見客が全国からやってくるという。
 「一目千本桜」の観光ボランティアをしている、小学校時代の同窓だった丸岡郁子さんから便りが届いた。開花宣言から満開までのあまりの速さに慌しく活動を始めたようだが、観光客の方もだいぶ予定を狂わされたようだ。押し掛ける観光客は遠くは沖縄県からの人もいたし、京都、大阪、東京からの訪問者も最近目立って増えているらしい。
 こじんまりとした大河原の駅舎は、閑散としたいつもの駅ではなかった。電車から降りた観光客に2人一組のボランティアが忙しく応対するが、正直なところ十分意を尽くせなかったようだ。
 遠来の訪問客に備えて、町内に設えた幾つもの広い駐車場もバスや乗用車でいっぱいになったらしい。絵画愛好会や写真愛好会のグループが目立つのも近年の特徴だ。祭り期間中、JRは大河原―船岡間を徐行運転して、乗客の桜観賞の期待に応えた。
 開花の期間が短かったせいもあって、今年の観光客は25万人だったという。河川敷に設えた駐車場には乗用車1万台、観光バスは200台がやって来た。

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 近年、観光ボランティアの活躍が目覚しい。地元の人たちが地域の観光資源を掘り起こして全国に発信する努力が実って、いまや観光地には欠かせない「語り部」「案内人」として頼りにされている。まちおこし、地域活性化には、なくてはならない存在となっているのである。
 丸岡さんの手紙によると、ボランティアをやって感じるのは「大河原の桜の良さを他所から来た人たちに逆に教わった」ことだ。自分たちが気づかなかった地元のすばらしい「財産」を、訪問者から教えられる例は多い。それに気づいて町の活性化につながれば、言うことはない。要は、地域資源の再発見とそれを町ぐるみで活かす知恵を出すことである。行政は、そうした環境をいかにつくり支援するかであり、行政があれこれ指示することはない。
 観光ボランティアは、言ってみれば住民と行政の「協働」である。近年、はやり言葉みたいに使われる「協働」だが、その主体は住民であって行政ではないことを忘れてはならない。

丸岡さんと同じ同窓生の斎藤房子さんも、もう1人のボランティアとして走り回っている。子供のころから世話好きだった彼女らの愛嬌のある振る舞いと独特の方言交じりの案内が遠来の観光客には何とも微笑ましく、「一目千本桜」の魅力を後押ししているのかも知れない。そして、再来を約束してくれる人たちとの新しい絆がうれしいと言う。

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 桜は日本人にとって特別な存在である。
 古事記、日本書紀から万葉集にも桜の記述、歌がある。桜を日本人の精神的象徴としたのは江戸時代の国文学者である本居宣長であり、明治時代の新渡戸稲造の「武士道」にも、その精神が表れている。

 東京の桜の開花は、靖国神社の境内にある標本木が基準だ。この靖国神社は戦時中、軍人が「靖国で会おう」と誓い合った、桜に囲まれた魂が帰る場所だった。
 太平洋戦争末期、特攻基地となった鹿児島県の知覧、鹿屋両基地や宮崎県の都城基地などから二十歳前後の特攻兵が飛び立ち散華した。彼ら特攻兵にとって桜は、一斉に咲き誇り間もなく散る儚き運命を体現する、「散り際のよさ」を身をもって示す象徴であった。
 特攻訓練を重ねた茨城県土浦や三重県香良洲などの海軍航空隊基地の若き予科練生は、追い立てられるように急を告げる戦地に赴いた。そこでの歌は「…桜に錨(いかり)…」だった。

「散る桜残る桜も散る桜」
 良寛の辞世の歌と言われているこの句には、満開に咲き誇る桜の華やかさと人生の儚さが込められている。特攻兵は、自らの命を桜に例えたのかもしれない。

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 岩手山の麓に広がる小岩井農場の牧草地にある「一本桜」は、その昔、暑さに弱い牛たちが夏の暑い日差しを避ける日陰樹として植えられたと伝えられる。盛岡の老舗旅館が大手ホテル資本の買収の脅威にさらされながら、若き後継者とその妻で若女将の「おもてなし」の心を描いたNHKの朝のドラマでも登場した。思い出される方も多いのではないか。
 今年も列島の桜の季節が終わりに近づいた。この細長い日本列島の季節の多様性をあらためて思い知る。

09423日)