★動かない基地問題に稲嶺知事も業を煮やしたのだろう。暖簾に腕押しのような手応えのなさを、米政府高官に直接ぶつけてみたが、米政府の反応には少しの新しさもなかった。逆に基地問題が「国内問題」であることを思い知らされた訪米だった。

核心評論「沖縄知事訪米」

◎問題打開の道は政府の手に 

 国、県対立の図式を避けよ

 基地問題打開の糸口を探る稲嶺恵一沖縄県知事の訪米は、米政府から基地縮小の言質を取れなかったことよりも、基地問題がこれまで以上に「国内問題」としての性格を浮き彫りにした点に注目すべきだろう。
 なぜなら、米政府にすれば沖縄基地の整理・縮小は日米特別行動委員会(SACO)合意で方向付けは決まっており、合意内容が現実に予定通り進まないのは、専ら日本側の問題であるとの認識を持つからだ。
 普天間飛行場移設の代替施設にかかわる十五年使用期限問題も「優れて国内問題」(一九九九年十二月に当時の瓦力防衛庁長官)との判断は今も変わりはない。だが現実は対米関係を配慮しながらの対応である。
 海兵隊訓練の一部海外移転を含めた新たな米軍基地の整理・縮小が米国内で浮上しながら、知事と会談した政府高官はおくびにも米戦略の変更をにおわすことはなかった。その上で知事の要請には九六年の日米安保共同宣言の趣旨に沿った「日米間の緊密な協議」を繰り返すにとどめた。
 「外交、防衛は国の専管事項」とした知事の海兵隊削減や使用期限問題などの要請に、あえて「拒否回答」をする必要は米側に最初からなかったのである。と同時に、面と向かって基地問題で厳しい態度を示せば、発足したばかりの小泉純一郎内閣を追い込む結果にもなりかねない。

 普天間飛行場の移設先を名護市が受け入れた直後の昨年一月初め、ワシントンの日米防衛首脳会談で当時のコーエン国防長官が、普天間移設受け入れの主要な条件だった使用期限に直接言及しなかったのも、当時の小渕恵三内閣を苦境に陥れたくなかったからだ。
 稲嶺知事は表向き「歓待」された。国務省、国防総省高官のみならず、パウエル国務長官まで短時間ながら予定外の顔を見せをし、アーミテージ副長官と知事を挟んで友好を演出した。
 稲嶺知事と親しい経済界首脳の一人は「米政府の対応は当然だ。知事は米国にとって救世主のようなもの」と言った。もし大田昌秀県政が続いていたら基地問題は破局を迎えていたかもしれない、と言う。
 知事がブッシュ政権に問題の本質をじかに訴えたことは、ある意味では日本政府以上に沖縄問題に敏感な米政府に基地の島の実情を伝えた点で意義があった。
 だが訪米は、外務省幹部が「日米の議論の枠を出ていない」と言うように実りは少なかった。しかし、知事は逆に、日本政府の基地問題での役割の大きさを引きずり出したのではないか。米政府は、日本政府が十五年問題を「国内問題」とする以上、知事の苦悩に理解を示すことはあっても日米合意の内容を超えることはできない。
 知事は米国の有力シンクタンクとの意見交換の席上、日本政府の努力の足らなさを強い調子で批判した。薄れた基地問題に日本政府の関心を呼び戻そうとする気持ちの表れである。

 沖縄の基地問題と裏腹の関係にある経済振興策は進んでいる。だが普天間移設や海兵隊削減問題で政府の「目に見える」行動がないと、基地問題のマグマは日本政府に向かって噴き出すかもしれない。

010522日付