【第2次分権勧告を読んで】・・・ジャーナリスト 尾形宣夫

◎分権戦略の転換に総力を挙げよ

(注)本稿は「地方議会人」(中央文化社)2月号に加筆(中ごろの太字部分)した。

地方分権改革推進委員会(丹羽宇一郎委員長)が昨年暮れ、麻生太郎首相に提出した第2次勧告にある国の出先機関の見直しは、霞が関と永田町に対する「政治的メッセージ」の色彩が濃い。特に注目したいのは、勧告案文作成の最終段階で丹羽委員長が急きょ提案した3万5000人の人員削減である。
 「想定外の勧告」(自民党筋)に対する霞が関と永田町の反発は普通ではなかった。ただ、丹羽委員会の「切り込み」がすんなり実現するほど分権改革に勢いはない。

 ではなぜ、政治的メッセージが必要だったのか。
 理由は幾つかあるが、丹羽委員長が狙ったのは分権戦略の転換だろう。ヤマ場を迎えている第2次分権改革を進めるには「流れ」を変える必要がある。つまり、改革のルールを従来の事務レベルから政治レベルに切り替えなければ新たな展開は望めない、との判断があったことは間違いない。

■委員長提案の付記

12月8日昼過ぎから始まった69回目の委員会は、麻生首相への勧告書提出を数時間後に控えての最後の詰めの会合だった。これまでの論議を踏まえてまとまった勧告案の「義務付け・枠付けの見直し」を小早川光郎委員(東京大学大学院法学政治学研究科教授)が、「国の出先機関の見直し」を西尾勝委員長代理(東京市政調査会理事長)が説明したが、西尾氏の説明は1時間程をかけた詳細な問題点の指摘だった。
 勧告の流れが大きく変わったのはこの直後である。
 両委員の説明を受けた丹羽委員長は、「報告には出先機関改革全体のボリューム感がない」として、独自に作成した出先機関職員の削減に関する改革試算を示し、この試算を文言として追記、勧告案の構成を替えるよう求めた。

 委員長提案は、勧告案の後段にあった「出先機関改革の実現に向けて」を改革のための具体的見直しの頭に据え、改革の方向付けを鮮明にするものだ。この結果、勧告案の「国の出先機関の見直し」は、組織や事務権限の見直しに関する基本的な考え方を受けた、勧告案全体のイメージを強くにじませるものとなった。
 委員長提案の追記は、勧告のポイントとなるので、多少長くなるが記しておく。

  「これらの改革により、まず総人件費改革などでも定められた約7700人の人員削減を 行うとともに、直轄国道や1級河川の地方への移管、農林統計等の農政関係の事務の見直し を中心に1万人程度を出先機関から地方に移す。さらに将来的には国のハローワークや公共 事業関係の職員の地方への移管を行うことなどにより、出先機関職員のうち、合計3万50 00人程度の削減を目指すべきだと考える。
  なお、地方振興局、地方工務局(いずれも仮称)については、現行の2層制の地方自治制 度に基づき、府省を超えた総合出先機関として地域の民主主義によるガバナンス(統治)や 地方との連携を確保しつつ設置するものである。従って将来、道州制等の新しい行政体制が 検証される際には、他のブロック機関とともに、地方政府に積極的に移管が検討されるもの であり、新しい国と地方の関係に向けた先駆的な移行措置として位置づけられる。」(棒線 は筆者)

■「3万5000人削減」は数値目標

出先機関改革に向けた丹羽委員会の当初の戦略は、国土交通、農林水産、経済産業、厚生労働の各省と内閣府など8府省15機関が担う事務事業の大半を地方自治体に移譲、仕事がなくなった組織の廃止や人員移管を迫るものだった。
 15機関は年間予算が10兆円を超え、職員総数は9万6000人に及ぶ巨大組織。膨大な予算と人員を有し、地域における大規模な公共事業の実施や法令の執行など強大な権限と財源を持っている。
 分権改革の最大のターゲットは、地方との二重行政の弊害が指摘されるこの出先機関の抜本的な見直しにあった。
 丹羽委員会は、その前段として昨年5月の1次勧告を位置づけたが、国道や1級河川の国の事業、農地転用の許可権限の都道府県への移管など、勧告の柱となる項目は国交省や農水省の抵抗で実質的な成果が得られないままで終わった。しかも、勧告を受けた政府の地方分権改革推進要綱が、霞が関と自民党の強い反発を考慮したかのように、勧告をさらに後退させる内容となった。このため、丹羽委員会は「手かせ足かせ」をはめられた状態で2次勧告の作業を続けなければならなかったのである。

 2次勧告の本体となるのは「個別出先機関の事務・権限の見直しと組織の改革」。
 委員会は8府省15機関の321件の事務権限を検討対象とし、そのうち116件を統廃合の対象とした。残る205件は出先機関に残る。しかも、116件のうちの74事務を地方に移譲するという。そして、組織改革では国交省の地方整備局や農水省の地方農政局など8機関を統合、内閣府の沖縄総合事務局など6機関は現行の組織を残し、廃止は厚労省の中央労働委員会地方事務所の1機関と明記した。
 勧告はこの「統合」と「廃止」を合わせた9機関を「おおむね3年程度の移行準備期間を設けて廃止する」と記した。この結果、将来的には2万3000人余を自治体に移し、1万2000人弱をスリム化して合計約3万5000人を削減するとしている。
 8機関の統合は、具体的には地方整備局や地方農政局などの一部の権限を地方に移譲した後で、農水、国交、厚労、環境の4省6機関について府省を超えた総合出先機関として、ブロックごとに企画部門の「地方振興局」と公共事業の実施部門となる「地方工務局」に再編するもの。
 国の出先機関とその外郭団体の実態は、道路特定財源問題や官製談合事件、さらには汚染米の流通等の問題で明らかになったように組織の構造的な問題が浮き彫りになっている。ところが、個々の事務や権限については所管である官庁はもとより、地域住民のチェックがほとんど利かない独立組織体の色彩が濃い。この出先機関を、とりあえず企画と実施部門に集約して、次の改革につなげることを委員会は目指した。

■地方議会の役割を活用せよ

 勧告は、「振興局」と「工務局」が特定の行政分野に偏らないよう内閣府の出先機関と位置づけた。これは、首相に幹部人事権を持たせ、内閣府の総合的な調整の下で関係各閣僚による指揮監督を可能にすることだ。また、新たな出先機関の業務運営に地域住民の目が届くよう、関係自治体との協議会として各自治体の首長や代表者で構成する「地方振興委員会」を設置、直轄公共事業が適正に実施されるよう、透明性と監視・評価する仕組みを導入することにした。
 府省を超えた集約で、悪名高い出先機関の二重行政がなくなるのか。逆に各ブロックに巨大な総合出先機関が誕生するのではないかという懸念する声が多く聞かれる。
 経済産業局の場合、地域経済との関係を強めている実態を考えれば事務権限は府県に移すべきであり、都市計画や農業振興地域・農地転用に対する地方整備局や地方農政局の関与・権限も結論が示されず、国の権限として温存される可能性も高い。
 しかも、地方団体からは「事務権限を大幅に縮小しない限り強大な国の出先機関ができる」「名称を変えただけ」といった声から、「議会等のチェック機能が働かない」など評判は芳しくない。中央官庁も「企画部門と事業の実施部門は密接に関係している」として反発、地方の実情を知らない委員会の独断だと切り捨てている。

 確かに、勧告では出先機関改革の前提となる事務権限の地方移譲が2割にとどまった。二重行政の解消に程遠いのも事実だ。懸念されるような巨大組織の恐れはある。内閣府の出先機関となれば親官庁との関係は弱まるかもしれないが、内閣府は万能ではない。首相の人事権も、霞が関の攻めぎ合いの中で公正に行われるかはなはだ疑問である。
 一方で勧告は、巨大組織との懸念を払しょくするため首長や市長会、町村会代表による「協議会」を設置、総合機関の機能を最大限監視・評価するというが、協議会のメンバーから地方議会が外されているのは理解できない。「2元代表制」を考えれば、議会の役割は無視すべきでない。

分権改革は土光臨調に教訓がある

結局、第2次勧告の本体となる出先機関の事務・権限の見直しと組織の改革は、霞が関、永田町に加えて地方自治体からも芳しくない評価を下されてしまった。
 元々、分権論議は統一された歩みをしてこなかった。分権改革の主役は地方分権改革推進委員会と見られがちだが、現実には政府の地方制度調査会、安倍前内閣当時に発足した道州制ビジョン懇談会、自民党の道州制推進本部(旧道州制調査会)に加えて、財政に絡む問題経済財政諮問会議も折に触れて登場する。
 これに自民党の地方分権改革推進特命委員会が加わるのだから、分権論に統一性を求める方が無理なのかもしれない。こんな状況を捉えて、西尾氏はかつて「多極分散型の分権論」とこき下ろしている。
 そう考えると、丹羽委員会が周囲を納得させる2次勧告を出すことを期待すること自体が無理だったと言っていいだろう。丹羽委員長が委員長特権で勧告文を組み直し、政治的メッセージを加味することが精いっぱいだったのである。つまり、丹羽委員会の限界が表れたと言っていい。
 とはいえ、今回の提言を脇に追いやることは賢明でない。国会決議までなされた地方分権改革が迷走することに警鐘を鳴らすことを丹羽委員会だけに任せておかず、地方自治体、学者、研究者に加えてマスメディアが、委員会の足らざるところを補うのが仕事ではないか。勧告の弱点を論(あげつら)うだけでは問題は前進しない。

分権改革の行程を正常化するには、まず強固な改革の「本丸」をつくって推進母体を明確にし、さらにその支援態勢を固めることである。
 それをはっきりと示したのが、ほぼ30年も前の「中曽根行革」だ。財界総理と言われた経団連会長の土光敏夫氏を担ぎ出した第2次臨時行政調査会、いわゆる「土光臨調」が、「増税なき財政再建」を掲げて国鉄(現JR)、電電公社(NTT)、専売公社(JT)の民営化を答申した。
 当時の中曽根首相は、民営化に批判的だった国鉄総裁を更迭。一方で、財界も土光臨調を全面的にバックアップ、政官界ににらみを利かせた。
 翻って分権改革の現状はどうか。麻生首相に永田町と霞が関に対する指導力はない。経済界も、道州制問題には積極的だが、肝心の当面する分権改革への関心は弱く、丹羽委員会への支援態勢も格別なものはない。
 となると、権益を守ろうとする族議員と官僚は、思いのままに自己主張をする。改革の答えは現場にある。今一度、これを肝に銘じなければならない。

一方、地方自治体の現状を見ると、心から改革を求めているのかどうか疑わしい。昨年7月横浜市で開いた全国知事会議に分権改革の危機感がどれほどあったか疑問だったし、知事会もかつての「改革派知事」が暴れたようなエネルギーを今見ることはできない。論議自体が行政技術論で終始するようでは、分権改革意識を国民に植え付けることは、まず無理だ。
 全国知事会をはじめ、地方6団体は平成の大合併の検証をしたであろうか。「財政基盤を強めて自治能力」の向上という錦の御旗の下で進められた市町村合併の歪みを直視しないまま道州制論議に引きずられることは国の形を誤らせてしまう。
 2次勧告にある総合出先機関が道州制を視野に入れたことは間違いないが、道州制に道筋をつけたものではない。道州制という新しい行政体制が検証される際に、地方政府に積極的に移管が検討されるものであって、その意味では国と地方の新しい関係を先取りする措置と見るべきだろう。
 勧告を受けて出先機関統廃合の工程表づくりは始まった。地方は中央の動きを眺めていないで、準備を始めるべきだろう。

■霞が関、永田町のミステリー

ところで、委員会は出先機関の勧告の内容をめぐって16日に緊急会合を開き、先に丹羽委員長が麻生首相に手渡した勧告に明記した出先機関職員の3万5000人削減目標を、政府の実施計画に盛り込むよう異例の決議を行った。
 丹羽委員長が8日の会合で文言の付記と勧告案の構成の入れ替えを求めたのは前述のとおりだが、その際、勧告の「政府に対して具体的な措置を求める事項」に人員削減目標が入っていなかったことが、首相への勧告後分かったからだ。
 人員削減は委員長提案で追記された数値目標。これが「具体的な措置」に含まれないようだと、勧告の迫力は削がれてしまう。猪瀬直樹委員(東京都副知事)が「数値目標を骨抜きにする意図があったと疑わざるをえない」と事務局を追及したが、付記や構成替えで事務局の勧告案文作成作業が混乱したためとして問題は収束した。
 これとは別に、猪瀬氏が緊急会合で持ち出した、官房長官の定例会見用と見られる「想定問答」の文書も不可解だ。ペーパーには、3万5000人の削減目標は「政府が年度末に作成する工程表の対象となるものではない」と書かれているとして、猪瀬氏は事務局に「確信犯」がいるのではないかと追及した。
 猪瀬氏によると、会見で記者からの質問がなかったため問題の文書は公にならなかっただけだという。事の真偽は不明だが、分権改革をめぐる霞が関、永田町のミステリーと言っていいかもしれない。

■自治体の自由度に光明

国の出先機関問題で陰に隠れてしまった感はあるが、勧告のもう1本の柱である「義務付け・枠付け」は、地方自治体の実務的な面からそれに劣らない案件だった。
 丹羽委員会が目指す「地方政府」の確立には行政権の分権だけでなく、立法権の分権が欠かせないことは、勧告に記されたとおりだ。
 では、そのためにはどうすべきか。具体的には、自治体の条例による法令の「上書き」の範囲を拡大する条例制定権の拡大など、自治体の自由度を高めると同時に自己責任の行政の仕組みを構築する必要がある。
 そうした観点に立てば、委員会が自治体の仕事やその方法、基準などを国が法律で縛る8000項目余の「義務付け」の半分に当たる4000事項の廃止の方向を打ち出したことは、自治体の仕事に自由度を与えるもので高く評価できる。

第1次分権改革で国が地方を手足のごとく使った機関委任事務制度が廃止され、「自治事務」と「法定受託事務」に分けられた。その結果、形の上では旧制度での国の指示や関与はなくなり自治体を縛ることはできなくなったはずだったが、実態は自治事務についても法令による画一的な義務付け・枠付けが残っていたのである。
 全国市長会が2007年秋、委員会に提出した分権改革に関する提言の中にある「支障事例を踏まえた改革の方向」は、自治事務が相変わらず国の「義務付け・枠付け」の制約下にあることを浮き彫りにした。「支障事例」は福祉、環境、産業、まちづくりなど6分野、60項目に及ぶ。
 ただ、勧告で示された「義務付け・枠付け」の廃止項目の中には、個別の補助負担金が伴っているものが少なくないことを忘れてはならない。分権型政策制度研究センター(新藤宗幸千葉大教授)などでは、個別の補助負担金が「義務付け・枠付け」を裏支えしてきた事実を指摘しながら、小泉内閣の三位一体改革と同じような税財政政策が採用されるようだと「義務付け・枠付け」の廃止は意味をなさない、と強く警告している。

■強力な圧力団体になれ

勧告は「おわりに」で、「義務付け・枠付け」の見直しを自治事務が文字通り自治体の仕事となる「画期的な一歩である」と自賛。そして国の出先機関の見直しについては、中央省庁再編後も変わらなかった省庁別、分野別に組織系統を立てる流れに対する「一大転換点をなすもの」として、霞が関の一つの壁を破ろうとしていることを強調した。
 丹羽委員会の任期は残すところ1年余りだ。この限られた時間の中で総仕上げとなる第3次勧告をする。自治財政権の確立を目指す税財政構造、具体的には今回見送った出先機関見直しの「財源の手当て」に道筋をどう示すことができるか。
 出先機関改革の前提となる事務権限の見直しも、当初の考えを大きく下回った。自治体の不満もそこにあった。夏の「地方分権改革推進計画」の閣議決定を経て秋には「新分権一括法」が国会に提出される運びだ。

混迷の度を増す政局の中で、分権改革が「無傷」でいられるとは思えない。麻生内閣の足元はぐらぐらだし、分権改革に対する霞が関や永田町の「抵抗勢力」を抑え込む指導力は望めない。分権改革に政治力が欠かせないのは自明だが、改革を前進させる道はあるはずだ。分権委員会に任せきりにしないで、地方団体が強力な圧力団体となるしかない。

(地方議会人2月号)