【危機の現実・企業城下町】

◎地域経済の悲鳴が聞こえる

 米国を震源地とする金融危機は、当初の予想を上回る速さで日本の実体経済を蝕んでいる。日本を代表する大企業の収益悪化による減産強化、人員整理は深刻な社会問題となって昨年暮れから私たちの心を暗くしている。
 新年早々通常国会は始まったが、肝心の経済対策、生活防衛施策は与野党の対立の中で空しく空回りしている。「100年に1度の危機」と政府・与党は叫ぶが、国民の政治に対する期待感は驚くほどに低い。マスコミ各社が調べる内閣支持率は危機的水準にありながら、国民の思いは永田町の政治家には届かない。
 不評の定額給付金に加えて、消費税をどうしても引き上げたい麻生首相はテコでも動かないようだが、「景気回復が前提」だと言いながら引き上げを09年度税制改正関連法案の付則に明記すればどうなるかは誰の目にも明らかだ。総選挙を前にしているから霞が関も永田町も消費税問題には慎重だが、選挙が済んでしまえば状況はガラッと変わる。
 大体、景気回復が前提だと言いながら、「回復」をどういう基準で判断するか全く論議されていない。それこそ「未曾有」の経済危機にありながら、消費税論議を首相が持ち出すなどは「空気が読めない」以外の何ものでもない。

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 実体経済の悪化が地方経済に顕著に表れ始めていることは明白だ。
 日本銀行が先ごろ発表した、3カ月ごとにまとめる地域経済報告(1月)は、全体の景気判断を昨年10月の前回の「停滞している」から「悪化している」に修正した。
 景気判断の「悪化」は、全国9地域(ブロック)すべてである。特に日本経済を引っ張ってきた好調な東海地域が自動車最大手のトヨタ自動車の業績悪化で「急速に降下している」という異例な表現になっている。
 東海地域でも群を抜く好調さを示してきた愛知県の神田真秋知事は仕事始めとなった5日の記者会見で、08年度の収支不足額が当初の見積もりよりも4900億円減となりそうだとの見通しを明らかにしている。
 うち、景気後退による税収減が3600億円、企業の収益減による税の還付が1300億円という。経済規模が大きかっただけに、不況による落ち込みも並外れた金額になったということだ。神田知事によると、09年度の税収見通しは、三位一体改革に伴う税源移譲分の1400億円を差し引くと8000億円台と、20年前の水準まで落ち込むと言う。
 愛知県内でもトヨタ自動車の企業城下町と言われる豊田市09年度法人市民税は、前年当初の9割に相当する400億円の減収、田原市も8割の減収(いずれも0812月時点での推計)と、手が付けられない落ち込みだ。
 首都東京の場合は、さらに桁違いに大きい。
 石原知事によると、09年度の税収見込みは過去最大の7500億円の減収。経済危機は経済規模が大きい自治体ほど甚大な被害を被っていることを示している。

総務省が昨年暮れ発表した地方税の収入見込み額によると、都市と地方の税収格差を埋める地方法人特別譲与税を加えると09年度は37兆円、前年の当初に比べると34700億円も減る。都道府県税は2割近く減って154000億円、市町村税は207600億円を見込んだ。
 税収の予想もしなかった落ち込みは昨年秋口からの米国発の金融危機に始まる。いわゆる米国の低所得者向けの住宅ローン「サブプライム・ローン」の破綻である。この魔の手があっという間に世界経済を包んでしまった。「ハチに刺された程度」などと暢気に構えていた日本だったが、危機の津波は容赦なく日本経済に襲い掛かった。
 この事態にどう対処すればいいのか。その選択肢は限られている。要するに新規事業の先送りは当たり前、継続事業であっても計画通りの事業継続は困難だ。減収を穴埋めする財源をどこに求めるかと見渡しても、大都市のような裕福な自治体がしっかり持っている、いざというときの基金を取り崩してもとても間に合わない。国が認める赤字地方債の発行だって限られている。自治体が勝手に発行できるわけではない。
 なけなしの基金しかない小さな自治体はどうすればいいのか。
 当然、そのしわ寄せは地域の住民のところにやってくる。行政サービスの低下は、社会福祉、医療などの分野に真っ先に表れるはずだ。自治体も職員の人件費削減は避けて通れない。民間が大量解雇に突き進んでいる現状を見れば、役所の経常経費が削られるのは何の不思議でもない。
 県から市町村に回る補助金もかなり削減されるはずだ。となると、市町村の懐具合は今よりももっと悪くなる。

 税収が豊かなところと、そうでない自治体の地域格差是正策として昨年導入された地方法人特別税は、有り体に言えば、豊かな自治体のカネで財源に乏しい自治体を救うやり方である。今日の事態を想定したものではない。本格的な税制改正までのつなぎとしての制度だが、税収がこんなに落ち込んでしまっては制度の趣旨が通用しなくなる。
 この特別譲与税は、豊かな自治体とそうでない自治体を対立させ、地方分権改革とは逆行するものと批判が強かった。東京都が国に吸い上げられた財源は3000億円、大阪、愛知など他の府県も数百億円に及ぶ。
 東京都の石原知事は、この暫定措置は「即刻廃止すべき」と政府にねじ込んだ。

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こんなやりきれない気持ちで、バラク・オバマ米国新大統領の就任演説を聞いた。厳寒の首都ワシントンに、大統領の就任をひと目見ようと全米から集まった200万人もの熱い視線がテレビ画面を通じて伝わってくる。
 大統領は米国が直面する危機をどう乗り越えるかを、先人が歩んだ歴史、経験を紹介しながら「不朽の魂を再認識し・・・受け継がれてきた貴い贈り物と気高い理念を実現させる時がきた」と、国民が一つになって危機に立ち向かい、今の苦しみを乗り越える力があると訴えた。
 大統領は演説の中で、選挙期間中有権者を奮い立たせた「変革」という言葉は一度も口にしなかった。代わって、「責任」「奉仕」を語った。
 オバマ氏の演説のうまさもさることながら、演説を聞く聴衆が感動で涙を流し、燃えるような目で大統領を見詰める映像に、建国から歴史は浅いが米国の民主主義の堅固さを感じる。
 政治に必要なのは、まず言葉である。聞くものの心に伝わらないような言葉しか口にできない者は政治家たりえない。政治家としての器量、研鑽ができているかどうかで指導力のあるなしが分かる。わが国の政界に当たり前のようにいる世襲議員にはない、政治家としての資質をオバマ氏は嫌でも感じさせてくれる。リーダーの何たるか、魅力を日本にも届けてくれたのである。

09122日)