雑記帳【正念場】(ブログ)

5月31日(木)

◎退路を断った野田政権

 小沢氏との会談は物別れ 大飯原発は再稼働へ

 野田首相にとって5月30日は、特記すべき日になるかもしれない。
 消費税増税を巡る小沢元民主党代表との会談は物別れに終わったが、「議論を持ち掛ける前に党内をまとめろ」という野党の言い分に自らの意欲を示して見せただけでなく、党内の増税反対派に対する牽制だった。もう一つは、関西電力大飯原発3、4号機の再稼動方針を枝野経産相や細野原発事故相らとの4閣僚協議で既成事実化し、昨年の「事故収束宣言」に続いて原発再稼動表明のタイミングが目の前に迫ったことを印象付けた。
 今国会の会期は残すところ3週間。土、日曜を除けば2週間しかない。会期を大幅に延長しなければ、重要法案は軒並み審議未了で終わってしまう。今や首相にとってのっぴきならない時期が迫っていたわけだ。

■会談はつばぜり合いだった

 小沢氏との会談は1時間半にも及んだ。
 会談後の両氏の話を聞けば、会談は「国家論」(首相)にまで至ったというから、重要法案を何とか成立させるためのアリバイづくりなどではなく、かなり具体的なやり取りが交わされたことは間違いない。消費増税に反対する小沢氏の固い態度も、首相によれば「時間軸の問題」であって、決して消費税増税を否定しているわけではないという。
 永田町スズメは「両者の会談はこれで終わり、もうない」と言うが、たった1回の会談で終わりというのは短絡すぎる。首相は「天下国家論に及んだ両者の会談だったから、会談の内容を反芻しながら(これからどうするかを)考えたい」と次回会談があるかどうかには言及しなかった。そして、首相は会談後に党執行部に法案の会期内成立をあらためて指示した。
 今さらながら、首相の消費増税に賭けた執念≠思わざるをえない。

 となると、巷間噂されるように首相が自民、公明両党に接近、「小沢切り」に踏み切るのか。もし、首相がそう決断すれば政局は一気に火を噴くことは間違いない。消費増税法案どころか、解散・総選挙に突入といった事態になりかねない。
 小沢氏やグループは、現状では自ら党を割って出ることは考えていない。離党は野田政権を否応なく自公に接近させるだけで、小沢グループにとっては得るものがない。党内に踏みとどまって、政局の動向を見つめながら様々な手を打つ戦略を念頭に置いている。離党・新党立ち上げが間尺に合わないことを、小沢氏自身が誰よりも知っている。

■政権の弱み突いた橋下氏

 大飯原発再稼働の決意も政局絡みで見れば、その背景は明らかだ。
 参考になるのは、再稼働を巡って政権内が混乱した昨年5月の中部電力浜岡原発(静岡県)の運転停止や同年6月末から7月にかけて迷走した九州電力玄海原発2、3号機(佐賀県)にその例にある。玄海原発については、その後、運転再開をめぐる佐賀県知事の関与や九電の公開シンポジウムでのヤラセが発覚して原発不信に輪をかけることになる。

詳しい経緯は本ホームページの「ブログ」(雑記帳)のNo60〜64、および79〜80を参考にしていただきたい。

 要するに、当時の菅政権は原発の運転停止・再開について迷走を極めたということである。菅氏はその責任を取って「辞意」を表明するが、さまざまな国政上の理由を挙げて居座り政局をさらに混乱させた。そして菅氏は遂に退陣、現在の野田政権が誕生する。
 野田首相は当時、財務相として政権の要職にあり、混乱政局の真っ只中にいた。もちろん、菅首相の原発事故対応のまずさをいやというほど目の当たりにしてきたし、政権の主要閣僚としての責任は免れない。
 野田氏は昨年9月の首相就任以来、直面する主要課題については菅前首相とは対照的なほど慎重だった。状況判断次第では、前首相の轍を踏む危険があったからだ。
 言うまでもなく、野田政権の最優先課題は消費増税を中心とした「社会保障と税の一体改革」であり、経済政策では新成長戦略を基盤とする。エネルギー政策としての電力供給体制は、大震災・原発事故でエネルギー戦略が「原発依存からの脱却」を求められるにしても、直ちに原発ゼロは現実的でないし、不可能だとの認識だ。

 だとすると、首相の判断は原子力安全・保安院や原子力安全委員会の意見・知見、さらには政府や国会などの原発事故調査委員会の検証結果等を踏まえて政治決断するしかない。原発事故調査はさまざまな形でまとめられているが、いずれも国民レベルでは納得できない内容で、原発不信の沈静化には程遠い。
 原発運転再開の口火を切るはずだった玄海原発が駄目になり、全国で唯一稼動していた北海道電力・泊原発も定期検査で運転が止まった。原発ゼロになった現状では、差し当たって電力需要がピーク期を迎える夏場を前に、政権にとって原発依存が最も大きい関電・大飯原発の運転再開は急務だった。
 だが原発事故対応の不備を突くように、関係自治体首長の政権不信は広がった。特に、大阪府知事から大阪市長に転出した橋下氏が政権の弱みを突くように大飯原発の再稼働反対を主張して関西広域連合を動かし、「反再稼働連携」の輪をつくった。
 原発事故の被害拡大は、原発関連地域を立地自治体だけでなく周辺自治体にまで広げ、「原発の地元」は途方もない広がりを見せている。もはや、原発が立地している自治体だけの意向では原発問題は片付けられなくなったのである。

 30日鳥取県で開かれた関西広域連合の会合では、出席した細野原発事故相の説明に対する各知事らの疑問・懸念が続出した。引くに引けない政権は、細野氏を通じて大飯原発に副大臣の常駐や検査要員の大幅増、周辺自治体への情報提供の徹底など、それこそ考えられる限りの約束した。
 再稼働の退路を断った政権は同日夜、首相、経産相、事故相、官房長官の4閣僚協議の場を準備していた。これ以上待てないからだ。それを知った広域連合は急遽、声明文の取りまとめに入り、政権の再稼働は「暫定的な安全判断であることを前提に限定的なものとして適切な判断をするよう求める」という連合としてのスタンスを発表した。
 広域連合が声明文で言わんとしたのは、再稼動はあくまでも政権の暫定的な安全基準によるもので、再稼動は限定的であるべきだ、というものである。
 関西広域連合のこの声明文を引き出したのは、前述のように同日夜の4閣僚協議の会合設定だった。細野氏が広域連合の会合に出席するのは、この日が2度目だ。再稼働で問題の収束を図ろうとする政権の意図を感じた広域連合の首脳が、閣僚協議の前に自分たちは立場を明確にしておこうと声明文を作成した。
 有り体に言えば、政権の方針が明確になる前に広域連合の「意志」を披瀝、政権の決断に先手を打ったのである。

■関西広域連合の弱点

 同時にもう一つ指摘しておきたいのは、広域連合の弱点≠セ。
 前述したように、原発の関係地は周辺自治体にまで広がっている。「原発の地元」は、もはや原発が立地している自治体だけではなくなった。京都、滋賀、大阪といった電力消費地の意向も無視できない。万が一の事故の場合、福島原発事故で明らかなように、被害は想定される隣接自治体を巻き込み、さらに拡散する可能性が高い。だから、京都、滋賀、大阪などの知事が再稼動方針に強く反発したのである。
 だが、大飯原発が生み出す電力の大消費地の府県市が強硬姿勢を強めれば強めるほど、大飯原発が立地する福井県大飯町を追い詰め、場合によっては孤立、苦渋の選択を余儀なくさせることにもなりかねない。
 電力消費自治体が徹頭徹尾、再稼動反対できなかった裏の事情と言えるかもしれない。
 政権は、そういった事情を見据えながら立地自治体の福井県と関係地の関西広域連合への対応を使い分け、追い込んだと見ることもできる。
 関西広域連合が「条件付き」とは言いながら、大飯原発の再稼動を事実上認めたことで、福井県も早晩、「厳しい条件」を突き付けながら、政権の方針を受け入れることになるだろう。

 大飯原発再稼動問題は大きな山を越えたが、問題はなお尾を引く。政権の「限定的な安全判断」が、どういった形で安全基準づくりにつながるのか。また、広域連合の声明文にある「限定的な再稼働」の取り扱いも不透明だ。政権は限定的な再稼動を考えていない。
 福島原発事故の具体的な検証が脇に置かれたままの大飯原発再稼動は、国民の不安、不満、懸念を引きずったまま動き出そうとしている。

(尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」)