雑記帳

◎ガイアツで反対論を封ずるか

 「慎重」と「強引」を使い分ける野田政治

 首相就任から2カ月余りの野田政権にとって、今週の国会は政権運営の今後を占う重要な場面が次々と表れるだろう。首相が最優先の課題だと再三言っている大震災復旧・復興は、政権にとって「1丁目1番地」。そのための増税、さらには先日の仏・カンヌでのG20首脳会議で国際公約した消費税増税、そして環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加問題と難問が目白押しである。特に週前半が要注意だ。
 これらの問題は、いずれもこれまでのような「安全運転」は通用しないことはもちろんである。首相はG20首脳会議出席を境に懸案の対応で積極策に転じた感があるが、急に路線を変えたわけではない。内政は慎重に、外交は強引に――という硬軟両面作戦を使い分けだしたということだ。国際会議の場で態度を鮮明にすることで国内世論をリードしようという思惑がないとは言えない。端的に言って「ガイアツ」を使った政策遂行である。

TPPは極めて政治的課題

 まず、いの一番に問われるのはTPP問題だろう。
 今週末の12〜13日にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議がハワイで開かれる。首相はAPEC前に「政治決断する」と明言しているから、どういう形で交渉参加の決定を下すのかはこの2、3日中にはっきりする。
 周知のように、首相は「国益を最大限追求する」と語っているが、政権自体がTPP参加のプラス、マイナスを説明していない。政権が言っているのは、自由貿易なくしてわが国の経済は立ち行かないとするだけで、現にTPPでどのような論議がなされているのか、各国の利害の調整がどう行われているのかといった肝心の情報はほとんどない。
 つまり、自由貿易という建前論・総論が先行し各論がない。21分野に渡るといわれる問題の中身、例えば規制緩和による輸入食品の安全性や保険制度のあり方、公共事業への外国企業の参入などは、ほとんど論議された形跡がない。だから政権与党内で賛成、反対がぶつかり、反対派は野党を交えての超党派グループをつくり攻勢を強めるといういびつな事態になっている。
 率直に言って、野田首相をはじめ政権はTPP交渉参加に「前のめり」になっていることは否めない。民主党の前原政調会長は先に、交渉に参加して日本の言い分が通らず国益を損ずるような場合は「途中で撤退も可能」と言った。
 が、前原氏の言い分は交渉参加反対派や慎重派を意識したもので、「途中撤退」が難しいことは米側の首席交渉官が言下に、「真剣に交渉するつもりのない国は交渉に参加すべきでない」と牽制していることを見れば明らかだ。
 仮に政権にその決意があったとしても、それを前面に出して各国と渡り合える「外交力」が期待できるかは、はなはだ疑問である。

 それとTPP参加が持つ外交面での政治的意味も忘れてはならない。
 首相は9月の国連総会出席の折、日米首脳会談で「早い時期の結論」をオバマ大統領に約束したが、その後野田政権のTPP交渉参加のオクターブは上がる一方だ。その背景には「普天間問題でギクシャクした対米関係の修復」と、21世紀の成長センターと言われるアジア地域での「米国の対中国戦略」への協力という政治的意味も忘れてはならない。
 TPPは関税、規制緩和といった通商・貿易問題だけのとどまらない、きわめて政治的色彩の濃い「協定」だと言っていい。

消費税増税発言の意図は

同時に注目したいのは、政局を慎重に見極めてきた首相が、消費税増税という刺激的な話を、国内を跳び越して国際会議の場で言った意味である。内政の慎重さとは真逆の積極的≠ネ発言が何を意図するのか十分見極めが必要だろう。

首相はG20首脳会議の席で、健全な経済成長のためには財政再建は不可欠だと強調して、「2010年代半ばまでに段階的に消費税を10%まで引き上げる」と明言した。そのために来年3月までの今年度内に法案を提出、法案成立を待って「増税の実施前に国民に信を問う」と、会議後記者団に対し解散にも言及している。
 民主党政権にとって「消費税増税」は政治的には禁句と言っていい。昨年夏の参院選で当時の菅首相が唐突に「消費税10%」を言い出して選挙に惨敗、党内亀裂と自身の政権の足元を揺るがして政局の混迷の引き金となった。
 消費税騒動は菅首相の発言がその後も迷走、結局あいまいなものになってしまったが、当時の財務相は野田現首相だ。財政再建→消費税引き上げは財務省の年来の悲願だ。野田氏はギリシャ危機に伴うEU経済の混乱を目の当たりにして、消費税増税に踏み切るタイミングが来たと判断したのかもしれない。
 ただでさえ財務省主導の野田政権と批判が多い。その首相が先月末の所信表明演説では「消費税増税」にはひと言も触れていない。口に出せば反発が出るのは明らかだから使わなかっただけのことで、頭になかったわけではない。
 ただ財政再建については「歳出削減の道」「増収の道」と併せて「歳入改革の道」という三つの道を9月の所信表明に続いて提起した。「歳入改革」は、財務省官僚が増税を念頭にして使う、ごく常識的な言い換えである。
 首相はG20の演説でギリシャ危機とEUの混迷について、「もはや経済金融を超えた政治の問題」との認識を示した。それだけギリシャ危機を「対岸の火事」視しないで、わが国としても各国と危機感を共有して見せたわけだ。

ガイアツ頼みの疑念

しかし、この首相の危機感に付きまとうのは、国際公約をすることで世界各国から求められるであろう、先進国最悪の財政赤字を抱える日本経済の処方せんを先取りにしたのではないかという疑念である。
 いわゆる、「ガイアツ」を先読みして国内世論の沈静化に使おうという思惑がなかったか――。日本の外交にいつも付きまとうのがガイアツだ。日米経済関係で見れば、米国の強硬な対日要求が国内産業界の反対を抑えた例は、古くは日米繊維交渉に始まり、鉄鋼、カラーテレビ、自動車などの通商分野で顕著だった。
 この経済問題には、必ずと言っていいほど「政治問題」が絡む。時の政権にとって、ガイアツは国内の反対論を抑え、相手国との関係維持に極めて効果的だったことも事実である。
 もちろん、ガイアツがゼロという外交はあり得ない。大切なのは、それが、どの程度影響力を持つかという「程度の問題」である。

 ガイアツは普天間移設問題でも指摘できる。鳩山政権が主張した普天間飛行場の「最低でも県外移設」は日米関係を不安定にさせ、普天間問題を「漂流」させた。それが、意識的とも言える民主党政権の「日米関係は日本外交の機軸」とか「日米同盟の深化」を再三強調する形で言われていることにも表れている。
 首相は野田流の政治哲学≠ヘ語るが、当面する難問となると肝心の具体的な話を避け、「物言わぬ首相」と言われている。その首相が今週、明快に物を言わなければならなくなった。

(尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」)