【手詰まり感】

◎失われた10年を思い出せ

テレビニュースは、正月休みを終えて早くも始まった帰省客のUターンで渋滞する高速道路の状況や海外旅行から戻った家族らの楽しい思い出を伝えている。だが、今年の正月はいつもとはどこかが違う光景が見られたような気がする。
 先行きの不安があるのは間違いないのだが、意外に人々の行動に「活気」のような勢いがあった。「巣ごもり」のせいなのだろう。
 米国を震源地とする金融危機が日本経済を直撃したのだから、例年のように贅沢な正月旅行を楽しめず、代わりに遠出をしないで正月気分を味わう人が多かったからだという。デパートの福袋が飛ぶように売れ、有名な神社やお寺への参拝客が例年にも増して多かったのは、この「巣ごもり」がもたらした活況なのかもしれない。強いて言うなら、「巣ごもり経済」だろうか。

ところで、昨年来の暗い世相は、一層深刻な社会問題に広がってきているようだ。金融危機は世界経済を荒波となって襲い、比較的元気だと言われた日本もあっという間に実体経済が瓦解を始めた。
 これまで何度も触れたように、企業が世界経済の先行きを懸念して決算見通しを大幅に下方修正。危機への対応策として出てきたのが、自動車産業の減産に典型的に示された臨時雇用労働者の解雇である。それが「派遣切り」という、何とも悪い響きの言葉となって連日のようにニュースで流れてくる。
 30代、40台の働き盛りの男たちが路頭に迷い、市民団体が用意する温かな食事にひと時の安らぎを感じる姿が、大都会東京の日比谷公園などで続いている。支援を受けた男たちが「初めて社会の温かさを知った。働けるようになったら恩返しをする」と声を詰まらせていた。

 
政党はこんな悲惨な状況に目をつぶっているのだろうか。
 昨年暮れの会期末を目前にした国会で政府・与党は、野党の追及に対してもこんな悲惨な状況を知らないかのように新年明け早々の通常国会での対応を強調した。問題は国会審議より前の、年末年始をどう過ごすかという切羽詰まった状況を乗り越えることだったはずだ。その通常国会が明日5日に召集される。与野党の激しい攻防が始まるだろう。
 こんなことを書いていると思い出すのが、1990年代の「失われた10年」である。
 米国を盟主とする自由主義圏とソ連(当時)が率いる社会主義圏が角突き合わせた東西冷戦体制が崩れて始まった世界の政治・経済の混乱は、わが国の社会システム崩壊の序曲だった。
 自民党1党支配に幕が降り、政界は再編の渦に巻き込まれた。従来の与党、野党体制は核分裂のように離合集散を繰り返した。行政も旧来の中央集権体制の限界が露わとなり、地方分権が真正面から論議されるようになった。
 こうした政治経済のありさまは経済界にとっても無縁ではなかった。冷戦の崩壊で1人超大国となった米国主導による「経済のグローバリゼーション」は、世界経済を米国の思うがままの経済システムをつくり上げた。
 経済の専門用語でもあるグローバル・スタンダードがある種の流行語ともなり、したり顔でこの用語を解説する評論家は、今私たちの生活を確実に脅かしている危機が、グローバル・スタンダードの名の下に米国の金融資本がつくり上げた正体のつかめない金融派生商品が我がもの顔でのし歩いた結果であることを何と説明できるのか。
 グローバル・スタンダードは「アメリカン・スタンダード」だったこと、そして、この米国の基準を世界経済に当てはめようとした驕りが今の世界的な経済危機をもたらした事実は紛れもない現実なのである。

小泉政権が誕生したのは、日本の社会システムがどうしようもない段階に立ち至ったことを象徴した。「自民党をぶっ壊す」「改革なくして成長なし」と言った小泉氏に国民の多くが共鳴したのは、閉塞感に包まれた社会からの脱却を求める必然だった。
 だが、この閉塞感は小泉後の安倍内閣、福田内閣で一段と強くなった。安倍、福田首相は、何をなすでもなく1年で政権を投げ出し、その後を継いだ麻生内閣は発足のご祝儀相場もなく支持率が急降下、党内基盤の弱さもあって安倍、福田内閣よりも短命だなどと言われている。
 小泉内閣は5年半の長期政権を維持し、自民党の屋台骨だった派閥政治に終止符を打ち、内政面では三位一体改革で国と地方の税財政改革を主導した。
 中央に集中しすぎた権限と財源をバランスよく地方に移すことを目的とした三位一体改革だったが、結果は権限と税財源の移譲も十分でないまま、地方自治体にとって虎の子の財源だった地方交付税が大幅に削られ、地方財政は逃げ場がないまでに追い詰められてしまったのである。
 中央と地方の格差が拡大し、地方でも地域間格差が広がった。かつての「いざなぎ景気」を上回る戦後最長の好況を続けながら、逆に全国的顕在化した格差に歯止めがかからなかった大きな理由に政治と行政の「不在」があったとしか言いようがない。

改革が叫ばれながら、その限界さえ見えてくるのは、真の改革が追求されていないからではないか。つまり、国の危機的な財政の立て直しが三位一体改革に見られるように改革の対象がすり替えられたことだ。
 分権改革が本番を迎えながら、なくなったはずの地方に対する国のさまざまな関与が厳然としてまかり通る事実や、二重行政の最たる組織と言える国の出先機関を聖域として残そうとする中央政治と行政の意識は、改革の歩みを阻む以外の何ものでもない。
 こうしてみると、90年代の「失われた10年」と今日の状況にさほどの違いはない。あるとすれば、国のあり方を問う分権改革の本番を前に政治と中央行政が立ちはだかっているという構図だろう。羅針盤をなくしたのが「失われた10年」であるのに対し、今日は「自己の権益」を何としてでも守ろうとする悪しき羅針盤にしがみついているものと例えることができるかもしれない。
 不透明さを増す現状の打破は当面の緊急課題に的確に対処することと、中長期的な国家像を国民に明確に示すことである。政治の責任はいよいよ重い。国の構成は地方によって出来上がっている事実を真正面から見据えた国家戦略を、政治は言葉だけでなくその意気込みを示す丑年でなければならない。

0914日)