雑記帳

2011年3月9日

【メア発言】(ブログ)

◎歪んだ日米関係が投影した知日派の沖縄観

 大学生相手に講演した米国務省のケビン・メア日本部長の発言が許しがたいのは、一言、ひとことが同盟関係にある日本国民に対して言うことか、である。
 「日本の文化は合意に基づく和の文化だ。合意形成は日本文化において重要だ」は、その通りだ。だがメア氏は「合意とはゆすりで、日本人は合意文化をゆすりの手段に使う。合意を追い求めるふりをし、できるだけ多くの金を得ようとする。沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ」とこき下ろした。
 日本文化の特性を挙げながら、実はその特性が「ゆすりとたかり」を生み出しているといわんばかりなのだから、論外、何をかいわんやである。
 また、沖縄特産のゴーヤの栽培が他県より少ないのは「怠惰な県民」だからで、移設問題で揺れる普天間飛行場は「世界で最も危険な基地だと言うが、彼ら(県民)は、それが本当でないと知っている」と、住宅地に近い福岡空港や伊丹空港を例に挙げながら語り、普天間基地の危険度は心配する程のものではないとした。
 さらに、学生らに「日本に行ったら本音と建前について気を付けるように。言葉と本当の考えが違う」「日本の政治家はいつも本音と建前を使う」「沖縄の政治家は日本政府との交渉で合意しても沖縄に帰ると合意していないと言う。日本文化はあまりにも本音と建前を重視するので、駐日米国大使や担当者は真実を言うことによって批判され続けている」とも言っている。全く、日本をそして沖縄を信用していない。

講演を聞いた学生のメモだから、確かに正確さに若干問題はあるかもしれないが、「白」を「黒」と言ったわけではない。発言の趣旨を十分伝えるメモであることは間違いない。
 沖縄を誹謗した米側の発言は前にもあった。
 ちょうど10年前の2月、
在沖縄米軍トップのアール・ヘイルストン四軍調整官(中将)が、当時の稲嶺恵一知事らを「ばかな弱虫」などと誹謗する電子メールを部隊指揮官らに送っていたことが明らかになった。米兵が絡む事件事故が頻発して軍の規律の緩みが問われていた折に、調整官が軍側の綱紀粛正の努力を強調する中で、内部通信の気安さもあって知事批判に踏み込んだのだ。
 かと言って、沖縄米軍トップの知事批判が許されるわけではない。沖縄の施政権返還前は、「沖縄の帝王」と呼ばれ絶対的な権力を行使した高等弁務官が沖縄の自治に介入することは珍しくなかった。当時の琉球政府が米民政府の下部機関であったことは事実で、琉球政府の裁量権はごく限られたものでしかなかったからだ。

メア発言であらためて思わざるを得ないのは、日米関係における日本政府と沖縄県の微妙な位置づけである。
 米側から見れば、沖縄問題は明らかに「国内問題」だ。しかし、日本政府と
沖縄県の関係は「基地問題」を外して考えることはできない。基地問題は日米安保条約・地位協定と密接に関わり、問題の中身次第では日米同盟の根幹を揺るがしかねない要因も抱えている。現に、1995年秋の複数の米海兵隊員による少女暴行事件で国内世論が沸騰し、日米同盟関係に深刻な亀裂を生じさせた。当時のクリントン大統領も陳謝した。
 つまり、沖縄の基地問題は普天間問題の現実を見るまでもなく、極めて高度な政治的・外交的案件なのである。それ故に問題解決に当たる対米交渉では、日本側は沖縄の事情、特に基地負担の軽減という難問を抱えながら合意点を模索しなければならない。

ところが日米交渉の現実は、日本が米側に物申す強さを持っていない。自公政権下でも日本側は、予測し難い東アジア情勢を盾にする米側に対抗できる知恵と策はなかった。現在の民主党政権では状況認識の甘さと稚拙な外交で、安全保障問題は、ほとんどお手上げ状態と言って間違いない。
 そうした日本側の弱さをあざ笑うように飛び出したのが、今回のメア発言である。日本政府にとって日米同盟は外交の基軸だし、米政府にとっても米軍の世界戦略上、日米同盟関係を維持・強化するのが基本だ。日米安保が片務条約でないことはあきらかだが、米国の核の傘の下にあって、集団的自衛権を行使できない日本が安全保障を全面的に米国に依存する現実が、日本側に腰が引けた態度を取らせているのである。
 大きなカネが動く基地問題の舞台裏を記した守屋武昌元防衛事務次官の著書「『普天間』交渉秘録」(新潮社)は、カネをめぐるどろどろした人間模様を暴露した。メア発言の「ゆすり、たかり」に通じるものがある。

メア氏は2006年から09年まで沖縄総領事だった。1980年代から在日米大使館に勤務した、紛れもない知日派高官である。そのメア発言は、長い在日経験で身についた米側の本音を図らずも語ったということだ。
 知日派と言うと、日本の事情に詳しく親日的であるかの印象を持たれるが、必ずしも知日派=親日派ではないことを覚えておいた方がいい。
 米政府は当初、メア発言は非公式で公表されメモの内容も確実性に乏しいとして、真正面から問題視することはなかった。ところが日本国内の反響が大きくなり、9日夕来日した米国務省のキャンベル次官補は「米国を代表して心からの謝罪を表明する」と語り、米政府として日本側に公式に陳謝する考えを初めて示した。次官補は10日、松本新外相と会談、正式に謝罪の意を伝える。

(尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」)