【全国知事会】

◎知事会は態勢を強化せよ

内閣の迷走というよりも、麻生首相個人の基本的な政治資質が問われる事態が限界まできたということだ。国政の体たらくを見せ付けられた地方自治体が、その憤懣をぶつけたのが1119日、首相官邸で開かれた政府主催の全国都道府県知事会議だった。
 中でも定額給付金で迷走する首相発言に対する神奈川県の松沢成文知事の言葉は過激だった。

 要約すれば、定額給付金は政府が国民にカネをばら撒くだけで、何の政策理念もない。勝手に決めておいて、決めかねる所得制限を地方に押し付けた。政府の責任放棄であり、国民に信を問う大きな問題だ。即刻撤回すべきだ―というもの。
 こんな思いは1人松沢知事だけではない。全知事が共有していると言っていい。だが、その気持ちが分権改革につながっているかと言えば、そうとも言えない。そこに今日の知事会の問題が潜んでいる。
 松沢知事は後日、横浜市で開かれた日本自治学会であいさつ、「私は首相に率直に問題点を指摘した。知事会の中で(私は)浮いているかもしれないが、言わざるを得ない」と、知事会での模様を再現して見せた。
 もう1人、国政を見据えながら地方の連携・強化を訴えるのが京都府の山田啓二知事。
 山田知事は、淀川水系の大戸川ダム(滋賀県大津市)建設問題で滋賀県大阪府三重県3知事と連名で建設に反対する共同意見を発表した。ダム計画に流域の自治体が反対で共同歩調をとるのは初めてだ。
 その山田知事が言う。
 「松沢知事が(知事会の中で)浮いているのは、知事会の現状を表している」

全国知事会はかつて「闘う知事会」として、国と対等平等の協議ができるよう組織を強化、地方分権改革の先頭に立って存在感を示してきた。
 この知事会の影が薄くなってしまった―がこの2、3年の評判である。
 
何故か。
 分権改革の機関車役として地方団体を引っ張る力が全国知事会になくなったからだ。全国知事会長が、強力な指導力を持った前任の梶原拓・前岐阜県知事から調整型の現会長の麻生渡・福岡県知事に代わったこと、改革派知事と呼ばれた増田・岩手、浅野・宮城、片山・鳥取、橋本・高知各県知事が表舞台から姿を消したことも大きい。
 山田知事の言葉を借りれば、「知事会の特攻隊長みたいなことをやってきた」というくらい、骨身を削って分権改革に没頭してきたという自負が山田知事にはある。「特攻隊長」として霞が関の官庁に乗り込み権限・税財源の移譲を迫ってきたからである。

 動かなければ物事は前進しない。この当たり前の理屈が、第2ラウンドを迎えた分権改革に欠けてはいないか。分権改革の空気が霞が関や永田町で希薄になっただけではなく、地方自治体の中にも「分権改革疲れ」が見える。
 全国知事会、市長会、町村会など地方6団体がこぞって分権改革で共同歩調を取れたのは、分権改革が総論だったからで、具体的な権限・税財源移譲が問題となっている今日では、自治体間の本音や思惑がぶつかって統一行動は取れにくい。知事会においてさえ、この状況は変わらない。
 そうした中で大戸川ダム問題で見せた4県知事の連携は注目していい。不可能と言われた水系の上流、中流、下流の利害が一致したことに最大の意義を見出すことができる。
 河川(水)を制するものは国を制すると言われる。河川は国の統治力の源と言っても過言ではない。その河川行政に大きな穴を開けたのが大戸川ダム問題である。地方自治・行政の足取りを見る上で、4知事の連携は新しい自治の形であると同時に他の自治体にとっても教訓となる。

 全国知事会議の重要のテーマは、一つには道路特定財源の一般財源化に伴って地方に配分される1兆円がどんな形になるのか。もう一つは地方に丸投げされた定額給付金の取り扱いだった。
 だが首相は、いずれの問題についても具体的な話をすることはなかった。いや、できなかったと言うべきだろう。
 ある高名な識者らと首相の分権感覚を論じ合っていたら、識者は「あの人(首相)は明るいのが取り得だ」と言った。もちろん皮肉を込めた言葉である。分権改革の前途は暗澹たるものとしか言いようがない。

迷走する首相は、全国知事会議であろうことか「医師には社会的常識が欠けている人が多い」と、さも自信ありげに言ってしまった。この後の釈明、陳謝、そして与野党を問わず各方面からの批判、叱りに首相が身を縮めたのは誰もが知るところだ。
 世論調査によると、麻生内閣の支持率は危機的状況に入った。選挙管理内閣を務めるはずの内閣が、具体的な政策を最優先にすると言い出したまではよかったが、その具体策が少しも定まらないだけでなく、首相の言葉だけが独り歩きし迷走しているからだ。
 「政局より政策」「スピードが重要」と言いながら、政策は先送り、先送りである。与党内だけでなく政府部内の不調和音が嫌でも聞こえてくる。
 すべてが逆に転がりだしている。自民党大幹部が党内を引き締めようとやっきになっても、反発、批判は公然化している。この状況こそが、首相が再三言っている、あってはならない「政治空白」なのである。

首相は1次補正予算で年内は乗り切れると大言した。その直後明らかになった経済指標は最悪のデータが目白押しだ。これ見よがしな街中でのパフォーマンスはもうやめにした方がいい。ついでに、連夜の高級レストラン、バーのはしごも我慢して、日本の将来を真剣に考えてもらいたい。

08123日)