政治と行政

【第二次菅改造内閣】

◎「人組」の役割は微妙

 第二次菅改造内閣が発足した。
 17人の閣僚のうち、新任は「たちあがれ日本」を離党した与謝野氏が経済財政担当相に、前参院議長の江田法相、枝野官房長官、中野国家公安委員長・拉致担当の4人である。ほかに元財務相の藤井氏が官房副長官として官邸に入った。官房長官就任最年少の46歳の枝野氏を別にすれば、与謝野、江田両氏が重要閣僚として入閣したことと、民主党長老の藤井、中野両氏が改造内閣加わった意味は大きい。
 枝野官房長官は閣僚名簿発表の会見で、内閣の性格を聞かれて「老・壮・青」のバランスが取れた実務型の内閣だと自賛した。だが、「実務型」と言っていいのかどうかは即断できない。

▼軽い″ナ年少官房長官

 内閣改造の特徴は、今月下旬に始まる通常国会を乗り切ることと、党内的には「小沢外し」の陣容を守ったことに尽きる。通常国会は新年度予算、および予算関連法案の審議が中心となる。予算案審議は難航しても、衆院の多数で乗り切ることはできが、関連法案はそうはいかない。
 子ども手当て、農家の戸別所得補償、税制改革など野党が手ぐすね引いて論戦を挑む課題が目白押しだ。法案審議が衆参のねじれで審議ストップは度々起きることは避けられない。そして、閣僚の問責決議が突きつけられる可能性も高い。仙谷官房長官、馬淵国交相の更迭と同様の場面がないとは言い切れない。避けて通れない難問を改造内閣がどう切り抜けるのか、内閣の新布陣は常在戦場を意識しなければならい。
 まず問題になるのは、改造内閣の顔となるのは官房長官だ。首相の女房役として与野党との調整、中央省庁のたばね役は官房長官の仕事だ。枝野長官がこの難しい仕事をこなせるかがまず問われるだろう。
 率直に言って枝野氏は軽い=B政治キャリアは17年だが実務経験と現場感覚の弱さは否めない。キャリアの長さはあっても、その大部分は野党議員としてのものであり、自ら国政レベルの重要政策の企画・立案には関与するものではない。

▼長老・藤井氏の役割

枝野氏のこの弱点を埋めるのが長老の藤井氏だ。78歳、年齢的には枝野氏の父親にも当たるし、旧大蔵官僚を経て飛び込んだ政界では、自民党から政界再編の荒波を乗り越えて政権交代時に財務相として初めて予算編成をまとめ上げた民主党きっての実力者である。政治キャリアの中身は、枝野氏とは天と地ほどの違いがあり、そもそも比べること自体が適当でない
 枝野氏は首相からの内示があったとき、「失礼ながら総理に藤井先生を官房副長官にするようお願いした」と会見で言っている。自らの足らざるところを知った上でのお願いだが、藤井氏が枝野氏に代わって野党との調整に動けるのは限界がある。枝野氏を補佐するというよりも、藤井氏の仕事は財務相経験を生かした財政再建にあることは明白だ。
 仮に副長官として長官の足らざるところやろうとすれば、留任した岡田幹事長や新国対委員長となった安住前防衛副大臣との関係にも少なからず影響が表れるはずだ。藤井氏は鳩山内閣の財務相として10年度予算案をまとめ、体調を理由に辞任した。その藤井氏の再登場は、いかにも民主党政権の危機的状況を表している。場合によっては、「ワンポイント」の官房副長官となるかもしれない。

▼与謝野氏の信念を活用

 与謝野氏は根っからの財政再建論者。安倍内閣の官房長官、その後、財務相や経済財政担当相も務め上げ、典型的な政策マンとして存在感を示してきた。
 与謝野氏は「たちあがれ日本」を離党、政権に加わった。菅首相が同党に連携を打診したが破談、与謝野氏だけが同党を飛び出す形で終わった。首相が与謝野氏を重用するのは社会保障と税制の一体改革を託することにある。
 首相は施政方針で「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を強調した。だが、この時点での首相の認識は鳩山内閣との違いを打ち出すことが中心で、「強い―」3本柱に具体性はない。ところが2011年度予算編成で破綻状態の財政を明確に認識せざるを得なくなり、これが参院選直前の唐突な「消費税発言」につながったのである。
 昨年9月の民主党代表選後、首相は財政問題に積極的に言及するようになる。併せて税制改革に踏み込みだしたのは、野党も税制問題に真剣だったこともある。しかし、首相の踏み込みは決して具体性のあるものではなかった。「同じ土俵で話し合おう」といった程度で、消費税で煮え湯を飲まされた参院選の苦い思いは残ったままだ。
 首相自身もそうだが、民主党内に党を引っ張るような経済・財政問題の実力者がいない。拉致問題で誘いをかけた「たちあがれ」に断られたが、財政の専門家の与謝野氏が加わるという、思いもしなかった成果を手にすることができた。首相としては、言葉だけではない、本格的に財政問題に取り組む道が開けたのだから満足しているかもしれない。

2つのリスク

 一方で、与謝野氏の入閣で首相は二つのリスクを抱えることになる。
 一つは本格的な税財政問題が、民主党の原点でもある「徹底的な無駄の削減」「地域主権」などを脇に追いやる可能性は否定できない。おくびにも出さなかった増税を言わざるを得なくなった。無駄の削減は見込みが立たなくなったからという言い訳もできるが、民主党が取り組んだ事業仕分けは方向性は正しい。しかし、これまでの流れは政治的パフォーマンスでしかない。仕分けされた事業が、名前を替えて予算要求されている事実を見れば、仕分けの検証がなされていないということになる。
 慢性的な財政窮迫が消費税論議をどんどん前に進めることになりそうな気配が濃厚だ。つまり、原点を忘れた税制改革になりかねないということである。
 二つ目は、党内小沢派の海江田経済財政担当相の経済産業相への横滑りだ。海江田氏は元々市場開放論者だが、首相が進めようとしているTPP(環太平洋パートナーシップ)協定には必ずしも同調していない。
 首相からTPP推進要請があったが、「持続可能な制度」の必要性を指摘している。TPPに対する農業団体の反発は強く協定参加をめぐって農水省との対立も避けられない。しかも、鹿野農水相は首相とは距離を置いている。海江田vs鹿野の構図も政治的に考えられるが、海江田氏がTPPの水先案内人と擬せられかねないリスクは十分ある。さらに税制改革についても、デフレ脱却を優先すべきで、消費を冷やすことはすべきでないと消費税増税に反対している。
 加えて、海江田氏は与謝野氏と選挙区が東京一区で同じ。政治的に互いに戦う立場で、閣内で席を同じくするその心情を海江田氏は「不条理」と言った。首相の思惑はどこにあるのか分からないが、かなり微妙なポストの割り振りと言っていい。

▼政権の正念場

 政治の先々を読むことは難しい。
 かつて党人政治家の有力者が「政治の一寸先は闇」と名言をはいたが、現状はそこまで言えないまでも、政治の潮流が急転する可能性は否定できない。特に政権党の民主党の溶け合わない内部対立がこれまでになかったような政界再編に結びつくかもしれない。
 確かに第二次改造内閣は「老壮青」でバランスが取れている。だが、政権は一皮めくると、相変わらず戦略と政治理念が見当たらない。官房長官人事を見ても、枝野氏は参院選の指揮を取った幹事長で、結果は惨敗に終わった。その責任追及を求める党内の声が強かったにもかかわらず、同氏は幹事長代理として党の要職に残り、今度の改造で官房長官に飛躍した。仙谷前長官の愛弟子ということはあるが、いかにも「小沢外し」の色合いが濃く、民主党の人材不足を露呈した人事と言える。
 江田前参院議長の法相、中野国家公安委員長も、脆弱な菅内閣の穴を埋める「老幹部」の登用と見ることができる。見た目には官房長官が言うように「老壮青」だが、内実はそんなきれいごとではない。これまでも再三指摘してきたように、すべては通常国会乗り切りの改造と言わざるを得ない。

 民主党信奉者は目をむくかも知れないが、ねじれ国会対応のすべてを出し切り、これ以上は手持ち駒のない第二次改造内閣のスタートである。これで通常国会を乗り切れるかもちろん分からない。が、野党の出方と肝心の民主党対立の成り行き次第では首相の進退まで問われることになりかねない。まさに民主党政権の正念場である。

11114日)=尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」