政治と行政

首相沖縄訪問

◎想定できる3通りの思惑

 菅首相の1718日の沖縄訪問を現時点で評価するとすればどうなのか。訪問前から帰任までを振り返りながら整理すると、次のような見方ができるのではないか。
 まず常識的な見方になるが、普天間問題を見る国と沖縄の目の違いが一段と明確になり、両者の溝を埋めることは困難を極めるだろうということ。もう一つは、今後の折衝を考えての「瀬踏み」だったと見ることもできる。3番目は前項の「瀬踏み」をもう一歩進めて首相自らが乗り出した――の3通りである。

沖縄訪問は首相自身が決断したと言われている。
 首相周辺は今回の訪問に、必ずしも賛成ではなかった。理由は、普天間問題を取り巻く状況に格別の変化が表れたわけでもなければ、かといって、基地問題と並立する経済振興問題で具体的な対策がまとまりつつあるというわけでもない。つまり、現段階での首相訪問は、沖縄県民の激しい反発を目の当たりにするだけで得るものはないとの判断があった。
 現に、首相を待ち構えていたのは「怒」「(移設)撤回」のプラカードの隊列と「帰れ」コールの出迎えだった。テレビが映しだす車中の首相の表情はこわばり、到着後直行した県庁での仲井真知事との話し合いも、よそよそしい雰囲気が解けないままの会談だった。

 首相・知事会談は慣例どおり記者団の見守る中で行われた。
 首相の口からでる言葉は、「最低でも県外移設」の約束が守られなかったことへのお詫びと、普天間の危険性を除去するためにも辺野古移設を考えてほしいだった。普天間の危険性除去を考えた場合、「辺野古移設はベストではないかもしれない。しかし、実現可能性も含めてベターの選択ではないか」というものだ。辺野古移設に伴う米海兵隊員8千人のグアム移転、嘉手納以南の米軍基地の返還をセットにした沖縄の負担軽減を挙げての要請だった。

 だが、首相のこの要請は知事にとってはすべて想定内で、新しさも誠意もない。後述するが、首相は来年度末(123月)で期限が切れる沖縄振興計画や地域主権改革の「一括交付金」についても立ち入った言及をしている。辺野古移設と沖縄全体の基地負担軽減、そして経済・財政支援を絡めての要請は、「基地と経済振興」をワンセットにした旧来の沖縄対策でしかない。
 この旧来の手法が通用しなくなったのが、今年1月の名護市長選での移設反対派市長の誕生であり、続く市議選勝利にも表れた。基地問題を経済振興というアメで取り繕うことができなくなったのが沖縄の基地問題の現実である。にもかかわらず、首相は旧来のメニューを示すしかなかった。
 首相の「ベターの選択」について、知事は会談後「首相の勘違い。県内移設はすべてバッド」と切り捨てている。そもそも、普天間問題についての認識がまるで違うという意味だ。国と沖縄の溝が首相と知事の会談で一段と明確になったのである。

2番目の「瀬踏み」とは、1番目でも触れたが表向きは「基地問題」と「経済振興問題」をリンクさせないと言いながら、この二つを全く関連付けないで沖縄問題に向き合うことは不可能に近い。本土復帰以来、基地問題での不満を静めてきたのは潤沢な財政支援だった。国は状況に併せるように財政の力を行使してきた。この財政が今では膨大な財政赤字の下で使えなくなっている。しかも、これまでの経済振興・支援策が県民に等しく行き渡るというより、特定の業種、企業に恩恵をもたらしただけという事実が浮き彫りになった。もはや、経済振興という名目で「県民を黙らせる」ことは出来なくなったのだ。
 もちろん、首相の耳にはこうした現実は届いている。だからと言って、経済の効用を脇に置いて知事と話し合うことは、基地問題としての普天間問題を際立たせることにしかならない。沖縄側にどう思われようが、新たな振興計画とも絡めて経済振興を言うしかなかったのである。
 仲井真知事は当然のことながら、普天間と経済振興リンクさせないよう明確に求めている。知事の胸の内を推し量れば、次の10年の沖縄の経済振興の道のりを決める振興計画に、沖縄の自主性と国の万全の支援策が盛り込まれることをどうしても実現させなければならない差し迫った現実の問題がある。
 沖縄の「正論」と「現実」(本音)を計算した上で首相は次期振興計画と「一括交付金」で立ち入った言及をした。知事が一括交付金で「特別枠」を求めたからだ。一括交付金は国のひも付き補助金をなくして地方が自由に使えるカネをまとめるというもので、来年度から2年にわたって約1兆円を行使することは決まっている。しかし、具体的な制度設計はできておらず算定基準などはこれからの判断に任されている。にもかかわらず、首相は「しっかりと準備する」と知事に約束した。
 有り体に言うなら、首相は知事が経済問題でのアプローチに乗ってきたと判断したようだ。振興計画、一括交付金は、まさしく首相の瀬踏みだったと見て間違いない。

首相は訪問日程を終えた会見で、訪問の意義を次のように語った。
 「(普天間移設問題などで)意見の違いはあるが、丁寧に議論を積み重ね進めていくことができる訪問になった。今後コミュニケーションを深める大きな一歩になった」(琉球新報19日付朝刊)
 沖縄訪問を正当化する手前味噌な響きはあるが、首相は会見で基地負担軽減の必要性を改めて強調、普天間移設と海兵隊のグアム移転をワンパッケージで進める意向を明らかにしている。そして、基地負担軽減と沖縄振興のリンクはさせないとの認識も念押ししている。知事との話し合いに、今後の可能性を感じたからにほかならない。
 首相は18日、普天間飛行場を視察したあと、自衛隊へりで米海兵隊キャップ・シュワブを辺野古海域から見た。時間はわずか数分にも満たない上空からの視察だった。首相の頭には一般住民地区に囲まれた普天間飛行場の過密さと、普天間代替基地建設が予定される集落が点在する辺野古地域の印象が刻み込まれたはずだ。
 テレビに映し出された会見を見ての私の印象は、首相は「瀬踏み」を終えて自ら沖縄に足を踏み入れて自分の目で確かめたことに、少なからず自信を持ったようだった。来年の日米首脳会談で首相が沖縄訪問の成果≠オバマ大統領に話すのか。もちろん、今回の訪問だけで沖縄基地問題を認識したとはとても言えるものではない。

 今後の再度の沖縄訪問があるかどうか分からないが、首相にとっての差し迫った問題は、1月の通常国会をどう乗り切るかだ。最大の懸案となる新年度予算案審議は、民主党内の険悪化する対立を抱えながら野党攻勢に立ち向かわなければならない。
 そのためにも首相は身軽な体でいなければならない。具体的な成果が考えられない沖縄訪問を決めたのも、普天間問題で野党につかまる危険性を小さくしておこうとの計算からだ。首相は「瀬踏み」で仲井真知事の感触をつかんだ。自ら乗り出した沖縄訪問は、普天間問題が前進するかどうかとは別に、政局の中で意外な効果をもたらすかもしれない。それが、沖縄県民が認めるものかどうかは別として。

101219日)=尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」