政治と行政

【風前のともし火】

◎「有言実行内閣」の正体見えた

 もはや、いかんともし難い状態になってしまった。政権不信の流れを転じようとしたAPEC首脳会議が逆に菅首相の外交無策をさらけ出し、内政面での失点が輪をかけて膨らむ現実に、菅内閣は行き場を見失ったようだ。内閣支持率は20%台に激減、危機的ラインをさまよう。野党攻勢は一段と強まり、臨時国会の延長も視野に入ってしまった。

 菅改造内閣が発足したのは9月17日。小沢氏との党代表選を勝ち抜き、経済・財政に軸足を置いた「有言実行内閣」を自賛してスタートした時の首相の満面の笑みを昨日のように覚えている。
 強気の「有言―」も今となっては、誰も信用しない。代表選で小沢氏を大きく引き離したのも、小沢氏のカネの問題に国民が嫌気を差した裏返しだったことは明らかだった。にもかかわらず、首相はそれを自分への国民の信頼・期待と意識的にとらえ、自らを叱咤する世論と都合よく解釈した。
 筆者も当時、「慣らし運転」「見習い運転」の菅内閣と指摘、早急に政権の態勢強化を求めた。というのも、猫の目のように変わる政権の顔が、世界第二位の経済大国の日本の信用を落とすことになるからだ。首相自身もその気で難問に立ち向かおうとした意欲は伝わってきた。
 だが、やることなすことがちぐはぐだった。
 事あるごとに政治改革のための「政治主導」を言い放ったが、所詮は素人政治家集団の付け焼刃。霞が関の受け止め方がどうだったか―動かない官僚の姿を見れば、政権のむなしい咆哮でしかなかった。つい先日、枝野幹事長代理が「政治主導なんて言わなければ良かった」という趣旨の話を支持者の前で話していることでも明らかだ。

 世論調査で国民が厳しい断を下したのは、尖閣問題、北方領土問題で見られた日本政府の腰の定まらない、と言うよりも「外交とは何か」を全く忘れた素人政治、子ども外交に対してである。
 その失点を挽回すべく臨んだはずのAPEC首脳会議だったが、中ロ両国との首脳会談設定もままならず、ようやく会談をセットしてはみたが、およそ日本の主張を両国に伝えることはできなかった。APEC首脳会議の議長国としての面子もあり、日本外務省は体裁上、首脳会議の成果を誇ってはみたものの、後味の悪い「晴れの舞台」だった。
 中国の胡錦濤主席との会談はわずか20分程度。首相は手にしたメモに目をやりながらの言上で、これを見る主席はにこりともしない。表情はまるで部下の報告を聞くようだった。
 なぜ差しの「会談」なら自分の言葉で尖閣問題を口にしないのか。「一衣帯水」などと、使い慣れしない言葉を口にすべきではない。中国側が何を言おうと、この日の会談で中国最高首脳に日本政府の意志を明確に伝えることがことが最大の目的だった。にもかかわらず、相手を正視しないで泳いだような目でメモを読むなど、およそ首脳としての姿ではない。

 この、おどおどした場面はテレビ映像で何度も流れた。その都度、国民は何を思ったか、感じたかは言うまでもない。
 ロシアのメドベージェフ大統領との会談も「国後島訪問は遺憾」というだけで、逆に大統領から「自分の領土に行くことは何の問題もない」と、首相が口にしなかった「領土」という言葉を使われ切り返される始末だ。

首相が握り締めていたメモは、官邸・外務当局が周到に用意したものだが、それは本番前に頭に叩き込んで自分の言葉で相手に伝えるのが政治家としての常識的な感覚だ。それをしない、できない首相に、首脳外交を任せるわけにはいかない。
 15日の深夜まで続いた国会は、補正予算案の同日中の採決ができず、今日に持ち越した。
 低迷政権の姿をこれほど見せ付けた政権はあっただろうか。各社の世論調査ではないが、調査の度に20ポイント前後も支持率が低下する内閣は過去にない。

 昨晩は国会が紛糾してそれどころではなかったが、首相の連夜の秘書官や政務官を同伴させての料理屋での会食を見る国民の目は厳しい。これが市民運動家出身の首相のやることか誰もが思う。
 もはや「石にかじりついても頑張る」などと言って欲しくない。国民は、民主党に期待を寄せた人たちも「有言実行内閣」の正体を見た。首相が何をなすべきか。言わずとも知れたことである。

101116日)=尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」