【定額給付金】

◎怪しげな首相の分権感覚

 テレビのニュース映像を見ていて、思わず笑ってしまった。
 ぶら下がりの記者が麻生首相に定額給付金の取り扱いを市町村に丸投げしたことを質したところ、首相は平然と「地方分権だから」と語ったからだ。
 給付金を支給するに当たっては、対象者の所得をどう確認するかなど個人情報にかかわる書類審査を現場の市町村がしなければならない。
 有り体に言えば、手間ひまのかかる仕事を「お前たちでやってくれ」というわけだから、市町村にとっては藪から棒の感じだろう。案の定、市町村からは猛反発が巻き起こった。反発は日を追うごとに激しさを増している。
 そんな心配を予想して記者は聞いたのだが、首相は「それはあなた(報道陣)の希望であって、現場は混乱しないと思うよ。各市町村が自分で決める公平性には問題ない」と言ったというのだから、その感覚には呆れてしまう。
 「ぶら下がりの記者」とは、首相の動静を朝から晩まで追いかけ取材している報道各社の若手の首相番記者のことだ。この番記者たちの質問に首相は毎日決まって直接応対する慣わしとなっている。

給付金の支給を市町村に丸投げしたことが「分権にかなう」と言うなら、「支給事務にかかる煩雑な事務とその経費はどうしてくれる」と聞きたいものだ。
 仕事を任せるなら、それに必要な経費(財源)もセットにするのが、いわゆる分権であり権限の移譲である。

 もともと、この定額給付金なるものは選挙対策のため浮かんだ場当たり的な人気取り対策で、政府・与党が言うような景気刺激にはほとんどならないというのが世間一般の受け止め方だ。
 連立与党の公明党が総選挙対策として持ち込み、マニフェストにねじ込んだ代物である。公明党・創価学会の支援なしに自民党が選挙を戦えなくなっている現実を浮き彫りにしたような、付け焼刃的な施策だった。
 ところが、肝心の総選挙が遠のいてしまい、定額給付金だけが残ってしまったのである。その後始末に右往左往しているのだから、皮肉としか言いようがない。

この給付金を、首相は景気回復の新総合経済対策の中で自ら、「所得に関係なく全国民に支給する」と、さも国民生活の支援に必要なカンフル剤とばかりに自信満々語ったものだ。
 その後、このつじつま合わせの給付金をめぐって閣僚の意見がバラバラの閣内不統一をさらけ出し、与党内も大もめのお粗末な迷走ぶりは誰もが見て知っている。
 そして結論として政府・与党は、所得制限の目安として一応年間所得1800万円を下限とし、給付額を1人当たり1万2000円(18歳以下と65歳以上には8000円を加算)と決めた。ただし、所得制限に関する判断は、市町村に任せることになった、というわけだ。
 給与所得者の平均年収はどれくらいか。国税庁の調査だと、サラリーマンの平均年収は437万円弱(2005年)だ。政府が示した基準はその約4倍だから、基準自体に不公平感はある。
 その上、いつやるのか、いつの時点を基準にするのか、申請・給付手続きはどうするのか全く決まっていない。年度内に終えると首相は言うが、こんなシナリオもない作業が右から左というわけにはいかない。
 これから年末にかけて、自治体の仕事は忙しさを増す。窓口に住民が列をなす光景は容易に想像できるし、窓口の混乱は避けられない。丸投げされた市町村の事務が混乱して、住民の苦情が市町村に集中することだって当然想定しておかなければならない。
 丸投げした国は知らん顔で、市町村が住民に叱られるといった構図である。

麻生首相は、市町村に任せることが「分権だ」と軽い気持ちで言ったのかもしれないが、この言葉は聞き流すことはできない。
 麻生首相の分権感覚はどんなものか、少しばかり振り返ってみる。
 今年9月29日の初の所信表明演説で、首相は「全国一律の地域再生の処方せんは有害」「知事や市町村長には真の意味で地域の経営者になってもらわなければならない。そのための権限と責任を持てるようにする」「霞が関の抵抗があるかもしれないが、私が決断する」と大上段にふりかぶった。
 疲弊している地方を元気にさせるため、一生懸命努力するといった決意の表明である。
 首相は小泉内閣時代に総務相として三位一体改革に関与し、分権改革については他閣僚より意識が高かったし、本人も改革の重要性を主張し続けた。首相に就くと、秘書官に総務省の岡本全勝官房審議官を起用、それまでの財務、外務、経済産業、警察の4省庁の秘書官体制を強化した。
 さらに、内閣官房参与に前北九州市長の末吉興一氏を起用、街づくりや地域経営に腕を振るわせる体制を敷いたのである。
 岡本審議官は、麻生総務相の知恵袋として分権改革の黒子役として働いた総務官僚だ。その岡本氏が首相秘書官グループの兄貴役として官邸入りし、末吉氏をも側近としたのだから、霞が関では麻生首相の分権改革、地域再生への意欲を感じないわけはない。

定額給付金の取り扱いと分権改革は直接結びつかないが、分権改革の難しさと重要性をよく分かっている首相が、事もあろうに、市町村の重荷になる仕事を押し付けて「地方分権だ」と言ったのだから、分権感覚を疑われても仕方がない。
 「軽口」で片付けられるものではない。

 混乱の元凶は定額給付金である。定額給付金を引っ込め、予定する2兆円は、高齢者の医療・福祉に充てるなどもっと有用な使い方に回すべきだろう。
 迷走する麻生政権の先行きを懸念する声が、早くもささやかれだした。麻生内閣が発足してまだ2カ月もたっていない。

081112日)