【ぶれ続く首相】

◎裏目、裏目のトップダウン

 「解散」「一律給付金」「道路特定財源」に加えて、今度は地方分権改革の先行きを占う国の出先機関の取り扱いで、麻生首相のぶれがまたまた露わになった。
 農林水産省の地方農政局と国土交通省の地方整備局の「原則廃止」を打ち出したと思ったら、「廃止ということではなく、統廃合を指示した。他にもいろいろ(出先機関)はあるけれども(農政局と整備局の)2つを例に挙げた」とトーンダウンしたのだ。

 「廃止」と「統廃合」では意味するところが全く違う。
 統廃合は文字通り複数の組織を統合するなどして新しい組織を誕生させることである。統合した結果、元の組織の幾つかが消えてしまうのはごく普通のことだ。

 つまり、初めに「廃止」があるのではなく、結果として廃止となるのであって、行政改革の手法としては関係機関の痛みもなく、形だけはあたかも改革したかのように説明がつく、何も変わらない「官」に有利なやり方といっていい。

 麻生首相が「廃止」を切り出したのは今月6日である。
 この日首相は、地方分権改革推進委員会の丹羽宇一郎委員長を首相官邸に呼び、焦点となっている国の出先機関の取り扱いについて突っ込んだ会談をした。
 会談を終えて出てきた丹羽委員長の説明によると、首相は丹羽氏に「農政局と整備局を基本的に廃止の方向で検討を進めていただきたい」と語ったという。丹羽氏が出先機関原則廃止の「首相のお墨付き」と受け取ったのは当然である。
 ただ、分権改革委は出先機関を一律に廃止しようとしているわけではない。農政局や整備局など霞が関の8府省15機関を対象に、地方分権の視点で事務や権限を大幅に見直して、必要のない組織を廃止することや統合することを現在検討している真っ最中だ。その内容を年末にも第2次勧告としてまとめ、首相に提出する運びになっている。

 中央省庁の地方組織である国の出先機関には、国家公務員33万人のうち、21万人がいる。この中でもとりわけ大きいのが国交省の出先の8つの地方整備局と農水省が管轄する7つの地方農政局である。省庁の直轄事業や各種の許認可事務を扱うが、地方自治体と仕事が重なる二重行政の弊害が度々指摘されている。
 二重行政の無駄が行政全体を沈滞させているだけではない。そこには公共事業に絡んだ談合や道路特定財源の信じられないような流用、汚染米事件で浮き彫りになった農政事務所の検査態勢の機能不全が明らかになった。
 首相は丹羽委員長に、国民の目が届かないような出先機関を目の届くようにしてほしいと念押しした。
 分権改革委は第1次勧告や先の中間報告で、国と地方の役割を明確にするよう各省庁に迫った。この中で国交省の国道や河川行政、さらには農地転用など農水省の農政に深く食い込む地方への権限移譲を求めている。
 この権限移譲が国の出先機関を根本から見直す大改革につながることを警戒する各省庁は、いわゆる族議員と連携、「全国一律」「国の責任」論を盾に委員会の要求を拒否している。

霞が関の官僚と族議員が一体となった分権改革への抵抗は、この数年、強まることはあっても弱まる兆候はない。そうした状況に危機感を持った分権改革委が期待したのが、「政治力による抵抗の打破」だった。
 米国発の金融危機がわが国の実体経済に深刻な影響を及ぼし始めている。その危機から脱しようとしたのが、首相が自ら発表した先月末の総合経済対策である。この中で首相は、3年後の消費税引き上げも明言した。抜本的な行政改革をやった上でという前提つきとはいえ、首相発言は重い。
 出先機関の「原則廃止」発言には、そんな背景がある。
 麻生首相と丹羽委員長の差しの会談は、まさに分権改革委が期待した政治力の発動だったのである。ところが、その政治力があいまいになってしまった。

政治改革が今ほど喫緊の課題になっていることはない。麻生首相のぶれがこう続くと、「問題はどこにあるのか」が分からなくなってしまう。
 「経済通」を自負し、トップダウン方式でリーダーシップを印象付けようとした首相のパフォーマンスを、国民の多くは冷めた目で見ている。信をなくした政治の継続は、埋めがたい政治空白をもたらすだけである。あらためて国民の信を問う責任を果たしてもらいたい。

08118日)