【民主党代表選】

◎できるか、できないかの問題だ

 代表選告示(1日)の公約発表・共同記者会見と日本記者クラブ主催の公開討論会(2日)で、菅直人、小沢一郎両氏の政治理念の違いが鮮明となった。「政治とカネ」「経済政策」「税制改革」「普天間問題」など争点に事欠かない代表選だから、論戦も熱を帯びるのは当然だ。だが2人の論戦を見ていると、菅氏の「野党的」な攻撃が目立つ。攻める菅氏の「生き生きとした」表情が印象的だ。対する小沢氏は政治キャリアの違いだろう、弁舌は「立て板に水」ではないが、満を持した受け答えに自信の程がうかがえる。例えるなら、与野党の党首討論にも似ている。

 
2人の論戦を中間的に総括するなら、焦点は「政治とカネ」と「経済・財政」だろう。
 菅氏の野党的追及は、前者の「政治とカネ」だ。小沢氏にまつわる政治資金の不透明さ、議員の数と資金力をバックとすると見られている政治体質を真正面から取り上げている。
 対する小沢氏は、強制捜査権のある東京地検の1年を超える捜査で、身の潔白は明らかになったと強気だし、検察審査会の次の結論にも「逃げない」と明言している。だが、本人が犯罪事実はないことが証明されたと言っても、世論の大半は「説明が足りない」と批判している。その世論を納得させるのは、国会の場で堂々と説明するしか道はない。
 菅氏は「数」をも問題にしているが、小沢氏は「数は民主主義の根幹」とし、昨年の衆院選で圧勝したから政権奪取ができたと切り返している。先に参院選で大敗、衆参のねじれで菅内閣が苦労しているのも、しょせんは「数」が足りないからだ。数の問題をあまり振りかざすのは良策とは言えない。

 政治の体質を問う意味では「政治とカネ」は大切だが、各種世論調査で国民が今最も求めているのは経済である。具体的には、景気・雇用問題だ。「コップの中の争いなどしている場合か」と世論が叱るのも、もっと生活の実態に目を向けろと求めているからだ。
 菅氏は「一に雇用、二にも雇用、三にも雇用」と言った。仕事が増えれば経済が大きくなり税収も増え社会保障も充実する。そして社会不安も解消するが、その鍵を握るのが雇用だと強調した。
 確かにその通りだ。しかし、三段論法的に事が進むほど現実は甘くない。その具体策は何かを菅氏は触れていない。これからの経済運営の柱となる来年度予算編成も「各府省1割削減」の方針で済むのか。政治主導の予算編成と言いながら、昨年暮れの本年度予算編成で最も苦労したのは、政治主導をするはずの政務三役が役所の代弁者となったことだ。
 旧政権で中央省庁の思惑を排して予算編成の道筋を示した、経済財政諮問会議のような強力な組織は民主党政権にない。鳴り物入りで発足したはずの「国家戦略局」がその役割を担うはずだったが、仕事らしい仕事もしないで、首相へのアドバイス機関に格下げされた。
 「一律10%削減」は、全体に満遍なく痛みを分かち合ってもらう、いかにも官僚が考える行政手法である。小沢氏は「自民党政権下と同じような官僚主導の予算編成」と切り捨てている。菅氏は個々のプロセスではなく、予算編成が終わったところで評価されるべきと反論するが、決まったレールを走り出した列車が目的地を変えることはほとんど無理だ。

安倍政権の時に、自公政権に三くだり半を突きつけた国政選挙を引っ張ったのは、いわゆる「地方の反乱」である。都市政策に偏重した軸足を地方に向けさせたのは、地域経済の疲弊だった。現状も、地方経済の不振は変わらない。菅内閣は「地域主権」を振りかざすが、これといった地域経済の具体策は見当たらない。官僚の既得権益に大ナタを振るわなければならないが、地域主権改革は総論段階で各論がいつ始まるのか見当もつかない。
 というのも、菅内閣が発足して首相が言ったのは、「強い経済、強い財政、強い社会保障」で、地域主権への言及は少なかった。民主党政権の地域主権改革は、明らかにトーンダウンしたと見て間違いない。

「普天間問題」についても、両氏の考えに溝があるのは明確だ。
 鳩山内閣は普天間問題の処理のまずさが命取りとなった。鳩山首相は、当初明言した「最低でも県外移設」が最終的に2006年の日米合意(辺野古岬をまたぐV字型滑走路)とほぼ同様の移設案に戻る迷走を繰り返したが、当時の内閣のナンバー2は菅氏だ。6月発足した菅内閣は、日米合意を基本に新たに滑走路を1本にした「I字型」を持ち出して米側と交渉を続けることになっている。
 小沢氏も「日米合意を原点」とすることは同じだが、「沖縄と米国の両方が納得する知恵を出さなくてはいけない」と、新しい解決策を模索すべきだとの考えだ。小沢氏は具体案は持っていないと言うが、沖縄県民を「民主党不信」に追いやった政治状況を変えたいと思っての発言だと推測できる。
 小沢氏と一体だといっても、鳩山氏の普天間問題へのかかわりはあまりにも浅かった。菅氏も沖縄問題に通じているとは言い難い。つまり、民主党にとっては普天間問題はどこかで場面転換しなければならなかったのだが、菅氏にそうした危機感があるとはいえない。
 菅氏に「普天間移設の知恵」を問われて、小沢氏が具体案は持っていないと言ったのは、普天間移設で「腹案がある」と言って混乱した鳩山首相の失敗を知ってのことだ。
 小沢氏は、場当たり的な物言いはしない。霞が関の官僚の扱い方を熟知し、米国に媚を売ることをしない稀有な政治家だ。小沢氏が動き出すとき、何らかの新しい着地点を目指すのは、彼の政治キャリアを見ると十分予想できる。
 普天間問題は今後も迷走を続けるだろう。菅内閣が続いたとしても、辺野古への移設は、ほとんどゼロからのスタートになるはずだ。

201094日)=尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」