【守屋防衛次官の告発】A

▽日・米・沖縄の相関図

「秘録」は200498日、防衛事務次官の守屋氏が小泉首相に米軍再編について説明するところから始まる。場所は首相官邸の首相執務室。首相への説明は、米軍再編を左右する在日米軍再編をいかに進めるかを、首相の頭に入れてもらうためだった。世界的に展開する米軍の態勢見直しは、在日米軍、とりわけ沖縄米軍問題を解決する「またとない機会。この機会を逃すべきではない」が守屋次官の認識だった。
 守屋次官の首相への説明は、20019月の「911同時テロ」以後、米国が自国領土の防衛に踏み切り、世界的規模で始まった米軍の態勢見直し、つまり米軍再編の中で「在日米軍再編の好機」と捉え行われた。
 この日、防衛庁・自衛隊発足50周年式典が執り行われた。ほぼ3週間後に第2次小泉内閣が発足する。外相は川口順子氏から町村信孝氏へ、官房長官は福田康夫氏から細田博之氏、防衛庁長官は石破茂氏から大野功統氏に代わった。政権は小泉内閣から安倍、福田内閣と変わり、在日米軍再編に関与する閣僚も交代した。守屋氏は、その過程をたどりながら普天間交渉の実務を担った。守屋氏の言葉を引用すれば「沖縄の裏切り」、閣僚の不用意な発言など、様々な場面を目の当たりにした。

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「秘録」の内容を分かりやすくするため政府の交渉当事者を単純化して図式で表すと、次のようになる。

(イ)  米政府―……―日本政府←……→沖  縄
                    @首相官邸     @県・県議会
                    A外務省      A名護市
                    B防衛庁      B北部首長会
                   (防衛省)     C経済界
                             D国会議員
 
   ※日本政府、沖縄の@、A…はそれぞれのかかわりを持つ組織など

(ロ)外務省官邸 防衛庁官邸  外務省…×…防衛庁

 ハ)官邸→防衛庁

 ニ)防衛庁vs沖縄(県・市)

↑        ※交渉難航

   a 外務省・官邸・与野党幹部・沖縄議員・沖縄経済界

                  

 米政府―→b官邸・外務省・与党幹部
               
               


                    防衛庁

 (イ)で明らかなように、日本政府と沖縄側の交渉は機関・組織別に公式、非公式なものを含めると組み合わせは幾通りもあり、正式協議にたどり着くことは容易でない。日本政府の対沖縄の実務的な機関のトップである防衛庁長官と沖縄県知事や名護市長との話し合いの内容は、沖縄選出の国会議員や沖縄経済界の意向とは必ずしも同じでない。長官と知事・市長の話し合いで前進が見られても、次の協議が始まる前に地元の新たな要望が出て政府側が混乱、協議が振り出しに戻ることが多かった。
 日本政府の混乱の背景には、防衛庁と外務省のスタンスの違いがある。

 (ロ)
は官邸に対する外務省と防衛庁の説明(働き掛け)だが、外務省と防衛庁両者の実質的な協議はない。防衛庁は官邸と調整を図りながら沖縄との折衝に当たるのは当然だが、官邸は外務省から伝えられる米側の意向を配慮、その旨を防衛庁に伝える(ハ)

 対米関係を重視する外務省は、実務的な話し合いを担う防衛庁の交渉の進め方に反対だ。外交案件に関わる問題は外務省の専管事項であり、普天間飛行場の移設問題といえども防衛庁が先行することを好まない。というより、苦々しく思っていると言った方が正しい。

(ニ)は複雑だ。防衛庁との交渉に臨む沖縄にa(外務省・官邸・与野党幹部・沖縄議員・沖縄経済界)から情報がもたらされる。同時に沖縄選出の国会議員と地元経済界からb官邸・外務省・与党幹部)に同様の情報伝達、働き掛けが行われる。これがbから防衛庁に伝えられる。一方、aの沖縄議員・地元経済界は米政府と連絡をとり、外務省と共に米側の意向が官邸に届ける―といった仕組みになっている。

つまり、防衛庁との折衝に望む沖縄側は正面だけでなく、搦め手からも攻めて同庁を包囲する形が出来上がる。守屋氏が言う沖縄の「したたかな」交渉術が、防衛庁を「孤立」させる場面がしばしばあった。
 こうした内部事情を抱えた政府の関係閣僚と、思惑が錯綜する沖縄県名護市を含めた沖縄北部地域の首長らの意見調整が順調に進まないのは明らかだ。仮に話し合いが前進したかに見えても、協議を急ぎたい政府(特に防衛庁)と、状況を見ながらじっくり問題点を詰めようとする沖縄側が考える協議の段取りにずれが表れる。

守屋氏が沖縄側の交渉態度を「引き延ばし」「二枚舌」と痛烈に批判しているのは、話し合いが合意に至らないまでも、議論が収束に向かいながら、沖縄側の都合で予定された次の協議が流れたり、交渉の中身が筒抜けになってしまう事例が再三あったためだという。
 守屋氏にすれば、段階を踏んで詰めた論議が途中で元に戻ったり、あるいは、交渉当事者の防衛庁が知らない「沖縄の新たな要望」が官邸や外務省筋から飛び出してくるようでは、まともな協議はできないことになる。普天間問題についての政府部内の統一性のなさを沖縄側が突いた形となって、当事者の防衛庁が振り回されることになったという。

沖縄側の考えが県や市町村長、経済界、国会議員で微妙に異なるのは、普天間移設が基地問題を超えた、きわめて政治色の濃い経済振興に結び付くからだ。具体的には、普天間の代替施設の建設場所の特定、施設の態様は、地域振興と切り離して考えることはできない。土木工学を駆使した高度な技術を要するものなのか、あるいは埋め立て方式で地元の中小建設業者が事業に参加できるものになるか、は地域経済問題そのものだ。(つづく)

(10年8月19日 尾形宣夫)