【守屋防衛事務次官の告発】@

▽公表された普天間交渉の舞台裏

重要な政治案件の舞台裏は、登場人物たちの様々な思惑が錯綜するサスペンス・ドラマにも似ている。
 元防衛事務次官の守屋武昌氏の著書「『普天間』交渉秘録」(新潮社)は、普天間飛行場返還をめぐる日本、米国、沖縄の舞台裏の動きを交渉の当事者だった著者の目で詳述しているだけに興味深い。当事者同士の駆け引きが微に入り細にわたって明らかにされ、本来「密約」などありえない政府と沖縄側の内輪の約束が反故にされ、交渉そのものが度々振り出しに戻った事例が赤裸々に書き綴られている。交渉の全容を知る人物が、門外不出の「秘」を公表するのは前例がない。
 守屋氏がなぜ今の時点で、普天間交渉の裏舞台を明らかにしたのか。同氏は「あとがき」で普天間交渉に当たった顔ぶれが閣僚も含めて一新し、名護市には移設反対の市長が登場するなど、普天間問題を囲む状況が大きく変わったと振り返った。
 だが、この著書が読者に伝えたかったのはサスペンス風の交渉秘話だけではない。著書の帯にあるように、鳩山政権が見誤った基地問題の本質を明らかにしたことだった。
 世界でも例がない首都圏の空域を米軍が管制する「横田空域」は一部日本側に返還され、神奈川県厚木基地の空母艦載機の山口県岩国基地への移駐準備も進んでいるが、在日米軍再編の核となるのは普天間飛行場の取り扱いだ。
 普天間基地を日米合意(06年)どおり名護市辺野古岬に移設できれば、嘉手納飛行場以南の米軍基地は日本側に返還され、米海兵隊約8000人がグアムに移る。その肝心な問題が全く進展がないし、解決のめども立たない。
 民主党政権の誕生で沖縄県内全体が「県外移設」「辺野古への移設反対」で固まってしまった。近く移設候補地の名護市議会議員の選挙、11月には知事選が控えている。移設問題は動こうにも動けない。守屋氏は、自らが関与した沖縄側との折衝の経験を振り返りながら、「(沖縄との交渉は)これからも一筋縄ではいかないだろう」と悲観的な見方を示した。

守屋氏の胸の内を推し量れば、行きつ戻りつした沖縄側との交渉の内幕を明らかにすることで、問題解決の一助にしたいと考えたのかもしれない。付け加えれば、県や名護市などにとどまらず、地元の政界や経済界も巻き込んだ、政府、永田町対策に示された沖縄側の交渉術の「したたかさ」を明らかにしないままでは、今後とも普天間交渉は解決のめどが立たないと言いたかったようだ。
 私は普天間問題の長い取材を振り返りながら、自分の取材メモと照合しながら「秘録」を読んだ。私が直接、あるいは間接的に知った日米交渉や国と沖縄の協議の深部を、著者は具体的に記している。問題の核心を大括りしながら「普天間」を考えてみたい。(つづく)

(10年8月19日 
尾形宣夫)