【民主党大敗】

◎身の丈を忘れた政治の果てに

 今回の参院選は、民主党にとっては悪夢としか言いようがない結末だった。もちろん投票前から「勝利」は望むべくもなかった。せめて現有勢力を維持し、1議席でも2議席でも上積みをして、国民新との連立があっても過半数確保ができない分は、野党の一部と政策ごとに連携する道を念頭に置いていた。だから選挙戦を指揮する立場の枝野幹事長が終盤で、勢いを増すみんな党の名前を挙げて連携の可能性を明言したのである。
 幹事長のこの言葉はいかにも不用意だった。国政選挙を少しでも知るものならば、民主党の選挙戦術のお粗末さと戦略なき同党選対本部の実像を見抜いたはずだ。素人目にも分かる、こんな稚拙な発想が幹事長の口から臆面もなく出たかということだ。
 昨年8月の衆院選の大勝利が1年もしないうちに、過去の思い出にも等しいものとなってしまったことを民主党首脳らが分からないはずはない。わずか8カ月で退陣せざるを得なかった鳩山前首相の理念を欠いた迷走は、政党史上に悪しき事例として記憶されるだろう。政権交代の難しさも浮き彫りにした。
 主要国首脳会議(サミット)にも参加できなかった鳩山氏は、選挙期間中に「懺悔の旅」に身を置いたという。それすらメディアが話題にすることはあまりなかった。すでに、過去の人になってしまっていたのである。

 言うことだけで実現もできない前任の姿を見てきた菅首相が、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を前面に打ち出したのも、鳩山氏との明確な違いをアピールするためだった。
 内閣支持率がV字型の回復を示したことに自信を持った菅首相にとって、通常国会を早々と切り上げて参院選に突っ込むのが、民主党政権を安定させるための最良の選択だった。そのための「経済」「財政」「社会保障」だった。
 だが、そこにも政権に不慣れな民主党の弱点が露呈した。
 盤石な政権基盤を持つ政権ならば、スローガンを裏打ちする具体的な処方箋を用意する。税収を上回る国債を発行しなければ予算編成ができない現状では、財源の手当てをどうするかが最大の問題だ。平時ならともかく、先進国中最悪の財政状況の下にある日本は、財政的には「有事」だ。「強い経済――」がスローガンだけでは誰も関心を示さないし、説得力もない。
 まして、参院選を意識して打ち上げた民主党政権のマニフェストの核心なのだから、戦う以上は「財源」という武器を用意しなければならなかった。菅首相がマニフェスト発表の席上で、マニフェストにない「消費税引き上げ」を突如持ち出し、「自民党の10%が参考になる」として超党派の論議の場を提案した裏には、こんな事情があった。

先に記した枝野幹事長の「連携発言」に続く首相の消費税引き上げ論は、もろに国民感情を逆なでした。無駄の徹底的なあぶり出しを狙った事業仕分けも、予算の使われ方のいい加減さを国民に知らしめる効果はあったが、目標とした冗費削減にはつながらなかった。本年度予算編成でも霞が関の牙城を崩すことはできなかった。
 民主党政権にとっては、「世変わり」を国民に実感させるマニフェストの実現には、不評であっても消費税論議を避けて通ることはできなかった。今年1月、財務相に就任した菅氏が言ったことは、「逆立ちしても鼻血も出ない」ほどの無駄の削減だった。その当事者が6カ月後に消費税引き上げは避けて通れないと言うのだから、国民は納得するはずはない。
 消費税の引き上げには、その前段としての徹底的な無駄の削減、国民への説得力のある説明、増税した分を何に使うかといった処方箋がなければならない。「ギリシャみたいになってしまいますよ」などと、突然言い出したって、国民は納得しない。
 消費税は逆進性がある。つまり、所得の低い人ほど税金の負担が大きくなる。それで、首相は言った。「所得の低い人には全額還付(返す)」と。それも「250万円〜400万円の所得」を対象にするという。日本人の平均所得は約400万円だ。その階層の人たちに全額還付したら、消費税引き上げの半分はなくなってしまう。医療だ、福祉だ、教育だなどといっても、そこに回すカネはわずかしか残らない。
 還付するくらいなら、最初から新たな税金を取らなければいい。こんな分かりやすい話なのに、首相は財政難を理由に消費税引き上げに結び付けてしまった。こんな話をする民主党を国民が見放すのは当たり前だ。それで、首相は消費税問題を取り下げ、参院選投開票日の全国紙に「言い訳」1面広告を出した。
 国民が納得しないのは、公務員制度改革の不徹底、官僚の天下りの放置、子ども手当の必要性、高速料金の無料化への疑問など、民主党が切り込むはずだった聖域にあまり踏み込んでいないことへの不満が強いからだ。
 やること、なすことがこんなでは、国民が期待した政権交代の希望も色あせるのは当然だろう。

参院選の結果、衆院と参院の与野党の議席数にねじれが表れることになった。もはや民主党政権がごり押ししようにも、その数が足らない。さらに、民主党内の対立も表面化するだろう。民主党の参院選の態勢を敷いたのは、小沢幹事長らの旧執行部だが、参院選大敗の直接的な引き金は、首相の「消費税発言」だ。民主党内の「反小沢」「非小沢」対小沢グループの対立は9月の代表選に向けて激しくなることは避けられない。
 菅首相は政権維持を明言した。では、これからの国会運営をどうするのか。与党には妙案は浮かんでいない。へたをすると、9月の代表選で新しい党首が誕生しないとは断言できない。もし、菅首相が退陣するような事態になると、民主党政権が誕生して1年で3人目の代表が選ばれることになる。もしそんなことになれば、日本の対外的な信用失墜は決定的だ。参院選結果に諸外国が大きな関心を寄せるのも、日本の現状に大きな不安を抱くからだ。

政権交代の歴史的意義に浸りながら、そのじつ、政権の役割を十分認識できない未熟さが民主党から払拭できない現実が、相も変わらぬ迷走を生んでいる。身の丈を忘れた民主党の政治の果てに今日の事態がやってきたのである。
 1998年の参院選は、所得税減税で迷走した橋本首相の不手際で自民党が惨敗し、橋本内閣が退陣した。3年前の参院選敗北で安倍内閣の命脈が尽きた。そして、昨年8月の衆院選で麻生内閣つぶれ、民主党政権が実現した。
 小泉内閣以降の政権は短命内閣のリレー競技のようなものである。

2010712日)