【菅政権誕生】

◎前首相の轍を踏むな

 菅直人首相の所信表明演説を聞きながら思ったのは、民主党に対する国民の期待に応えることができなかったことへの危機感が、一言、一言の言葉ににじみ出ていたことである。菅首相は鳩山政権のナンバー2として責任を「痛感している」と反省して見せたが、本心は別のところにあったはずだ。
 「友愛」に始まる「理念」先行の鳩山前首相は政治的リーダーシップを最後まで示すことはなく、懸案や難問解決の方向付けを自分でできなかった。そして、党務を預かる剛腕・小沢幹事長の意向を伺い何とか綱渡り政治を行ってきたが、普天間問題でついに矢玉が尽きた。もともと、本当の意味での「矢玉」を用意していたとはとても思えなかったが、連立与党だけでなく国民に「裸の王様」ぶりがバレてしまった。8カ月の在任は、来る日も来る日も迷走の日々だった。
 政治的には小沢氏に近い菅氏だが、
7月の参院選を前に、一向に下げ止まらない内閣支持率に手を打てない鳩山首相に見切りをつけたとしてもおかしくない。

菅首相の所信表明で注目したのは、末尾の「むすび」である。
 首相はこの中で「これまで、日本において国家レベルの目標を掲げた改革が進まなかったのは、政治的リーダーシップの欠如に最大の原因がある」とし、続けて「リーダーシップは、個々の政治家や政党だけでは生み出されるものではない。国民の皆様にビジョンを示し、そして国民の皆様が『よし、やってみろ』と私を信頼してくださるかどうかで、リーダーシップを持つことができるかどうかが決まる」と述べている。
 前段は政権交代前の旧自公政権を指しているようにも思えるが、国民の記憶の新しいところで言えば、鳩山政権の迷走が込められているのは間違いない。端的に言えば、就任直後の予算編成作業をはじめ、ガソリンの暫定税率、高速道路料金、子ども手当て、さらには普天間問題といった民主党マニフェストの混乱が容易に浮かび上がる。

 後段は、辞任した前首相が国民に「先を示さない」点をさらに突いた。
 鳩山氏は辞任の理由として「政治とカネ」「普天間問題」の二つを挙げ、「国民は聞く耳を持たなくなってしまった」と語っている。前首相は辞任理由の二つについて、「ビジョン」を示せなかった。だから、国民は鳩山氏の政治的責任を強く問うたのだ。「聞く耳」を云々する前に、自ら招いた混乱を猛省すべきではないのか。
 内閣支持率が昨年秋の就任時の3分の1にも満たない20%程に低下しながら、政党支持率ではなお、自民党を上回ったのは国民がまだ民主党を見放さなかったからである。「むすび」の後段はそのことを指摘している。

ともあれ、国民の関心は菅政権が現在の難局からどのように抜け出す道を示してくれるかにある。各種世論調査を見ると、菅内閣の支持率はほぼ60%に乗せている。前内閣の末期からV字型の急回復だ。内閣支持率の急上昇は、前首相不信の跳ね返しとも言えるが、政策実行はこれからだし、7月には参院選もある。民主党のマニフェストが、財政事情を考慮してこれまでよりも現実的になるのは間違いない。それが、どんな形で国民を動かすことになるか予測するのは難しい。だが、はっきり言えるのは、自民党に反転の勢い、兆しが全く見られないといことである。民主党に課せられたのは、責任を持って政策の実行に邁進することである。

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 鳩山首相が辞意を表明した今月2日。私はその夜、本ホームページに感想を記そうかどうしようか迷った。結局書かなかったが、「今さら辞任を振り返って」を書いても気分が晴れない。「今さら」と思ったからだ。書いても、鳩山氏の政治家としての器量、経綸を振り返りながら取り上げる、これまでと同じことの繰り返しになるからだ。
 残念ながら、歴史的な政権交代で登場した鳩山政権のスタートは、満足に「足跡」も残さない8カ月の短命で終わった。彼の名前が政治史に記されるとしても、悪い見本としてしか位置づけられないだろう。
 ただ、それは旧政権同様、国民の選択というよりも、与野党問わず党内にくすぶる「政治力学」が生み出した、およそ先進国とは言い難い政治的後進性と言っていい。安倍、福田、麻生政権の「1年天下」をも下回る、超短命政権の烙印を鳩山氏は押されるだろう。まさに政治的な「失われた4年」である。内なる意味では政治不信を、そして、国際的には各国に日本政治の「不思議」を嫌というほど印象付けてしまった。

10612日)=尾形宣夫のホームページ「鎌倉日誌」