【袋小路】

◎首相はなりふり構わず動き出せ

 米国ワシントンで開かれた核保安サミットに出席した鳩山首相は、普天間問題に対する米政府の厳しい態度をいやというほど感じさせられたようだ。
 首相はサミット前夜の夕食会の席で、隣り合わせのオバマ大統領と「じっくり話し合った」と言うが、その時間はわずか10分。首相は日米同盟の大切さを口にする一方で、沖縄の「基地負担軽減が同盟を持続的に発展させるために必要だ」と強調したという。さらに、移設問題を5月末までに解決する考えを明言した。
 首相自身が記者団に語ったところによると、首相は移設の「腹案」を具体的に口にせず、大統領がどのような反応を示したのかも明らかにしていない。大統領は逆に、イランの核疑惑問題で首相の同調を取りつけたというから、夕食会での「意見交換」は首相の意図に肩透かしを食わせる中身だった。大統領との話を説明する首相の表情には、普天間移設の腹案を切り出そうにも出せないもどかしさがありありだった。

 首相は、昨年の日米首脳会談で大統領に普天間問題で「トラスト・ミー」と言ったが、その後の首相発言のふらつきに米側の苛立ちは予想以上だ。にもかかわらず、首相は今回のサミットで同盟の進化を挙げながら、「5月末までの決着」を一方的に約束してしまった。
 首相にすれば、先の国会での党首討論でも「必ずやる」と見得を切ったのだから、同じことを大統領に伝えたにすぎないと思うだろう。だが、事はそう生やさしいものではない。同盟の相手国のトップに約束することが、外交上どのような意味を持つものか首相の認識は甘いと言うしかない。「トラスト・ミー」と同じように、相手への気配りとサービス心から口にしたにしては、あまりにも外交的駆け引きがなさ過ぎる。
 「腹案がある」と思わせぶりな言い方をした普天間移設移設案は、本人が「まだ口にすべき段階ではない」らしいが、いまや、「鹿児島県徳之島」や沖縄本島の「勝連半島沖の埋め立て」など2段階、3段階の移設計画などに絞られているのは明確だ。
 これまでも指摘したが、「国外、最低でも県外(移設)」と約束して沖縄県民をその気にさせたにもかかわらず、首相は就任以来、沖縄をただの一度も訪れていない。首相が本気ならば、沖縄に足を踏み入れて県民と直接対話、協力を求めるべきなのだが、その気配は全くない。いたずらに時間だけが過ぎて、移設候補地とされるところは「移設反対、来てくれるな」の一色である。事態は八方ふさがりの状態だ。

 普天間移設に先鞭をつけた橋本首相(故人)は、当時の大田昌秀知事と10数回も会談を重ね、基地問題と沖縄振興問題が絡み合った複雑な課題に取り組んだことを思い出す。安全保障問題に詳しくはない首相だが、普天間問題の複雑な経緯を知らないはずはない。自ら先頭に立って事に向き合わなければ問題解決の糸口を見出すことは不可能だ。首相は「沖縄県民の思い」を口にするだけでなく、自ら現地に足を踏み入れて本気で汗を流す気がなければ何も進展は期待できない。
 「腹案」は英語で言えば「アイデア」だが、英語では言い表せない日本的な奥深い意味が込められている。ところが首相は「腹案」と言うだけで実体は曖昧だ。もともと、確たる中身がないままイメージだけが独り歩きしているようだ。関係閣僚が説明できないような腹案など、あったものではない。

サミットでの夕食会を使った両首脳の意見交換を日本側は「非公式会談」と表現、マスメディアもこの言葉を使った。夕食会で隣り合わせの2人の話を「非公式会談・協議」というのは、どうも解せない。単なる意見交換にすぎない。日本側は事前に大統領との正式会談を申し入れたが断られた。会談が実現できなかったため、日本外務省が編み出した「アリバイづくり」が「非公式会談」というわけだ。
 核保安サミットは、唯一の被爆国である日本がもっと存在感を示していいはずの首脳会議だった。大統領は中国の胡錦濤国家主席とは予定を超える90分の首脳会談をした。対イラン問題で中国の影響力を重視する米側の狙いはあるにしても、鳩山首相の扱われ方がいかにも軽い。米紙・ワシントンポストに載ったオバマ大統領が迎える各国首脳との写真には、鳩山首相との写真はなかった。

米政府が2006年の現行案にこだわるのは、問題解決の難しさを身をもって経験しているからだ。元はと言えば現行案は日本側から提示、米側を説得した経緯がある。日本政府が考える移設候補地が軒並み「移設ノー」を言っている状況では、米側は本気で日本側と新たな移設案を俎上に上げて話し合うはずもない。地元の説得ができない話に米側が乗ってくるはずがないからだ。

鳩山首相が言う「5月末の決着」まで、残すところ1カ月半を切った。もし腹案で押し通そうというなら、首相はなりふり構わず動き出さなければならない。その気が本当にあるのだろうか。もし約束が守れなかった時の政治責任の重さなどあらためて指摘するまでもない。

(2010年4月15日)