【ガバナビリティ】

◎首相は具体的な動きを示せ

「針穴に糸を通す、あるいは大きな縄を通すぐらい難しい作業であったとしても通さなきゃならない。生きるか死ぬかの議論をする」(23日の参院予算委員会)
 「3月いっぱいには(移設先の)政府案をまとめる。約束する」「それをもって米国と沖縄に理解を求める。必ず国民に理解いただけるようにする」(24日の参院予算委)
 「沖縄の過重な負担を考えると、極力、県外に移設させる道筋を考えていきたい」(26日の記者会見)
 普天間飛行場の移設問題で鳩山政権の関係閣僚が移設候補地を正式に論議のテーブルに上げた23日以降の首相の発言である。問題解決に向けた首相の決意を感じないわけではないが、どうしても「決意」だけが空回りしているようで、「本気さ」が伝わってこない。
 「針の穴に縄を通す」など、もとよりできっこない。比喩的な言い方にしては、あまりにも例えが悪すぎる。「生きるか死ぬかの論議をする」というが、そんな覚悟が鳩山首相にあるとは思えない。普天間問題に「火をつけた」のは他でもない首相自身なのだから。にもかかわらず、移設問題で首相が目に見える形で動いた気配は全くない。沖縄県民の心、米国の理解、連立3党の協調を「空念仏」のごとく言っているだけだ。

首相が政府案をまとめると言った3月も、残すところわずかだ。この2、3日中に政府案を大車輪でまとめ、米国と沖縄の理解を求める一方、「必ず国民に理解いただけるようにする」というのだから、よほどの成算があってのことなのか。だが、誰の目にも成算があると思えないのは、「沖縄県内移設」が避けられない情勢となり、加えて分散移転の候補地と目される九州各県の自治体が移設に猛反対している状況を見るまでもなく明らかだ。

となると、首相が「約束する」と言い、「極力、県外に移設させる道筋を考えていきたい」と明言したところで、どれほどの説得力も持ち合わせていない。突き放した言い方をするなら、口からの出任せと言われても仕方がない。
 岡田外相は28日午前、米国、カナダに向け飛び立った。外相の鞄の中には@キャンプ・シュワブ陸上案Aホワイト・ビーチ沖合(勝連沖)の埋め立て案B訓練基地の分散―など幾通りかの移設案が入っている。外相はゲーツ国防長官とクリントン国務長官に日本政府の腹案を説明するが、米側は基本的に日米が合意した現行のキャンプ・シュワブ先端の辺野古岬での「V字型滑走路」を最善とし、鳩山政権の移設案に対しても「移設候補の地元の了解」を求めている。今さら米政府が日本側のつかみどころがない提案を、真剣に検討するとは思えない。結局、外相の対米折衝は見るべき成果のない徒労に終わるだろう。
 鳩山政権は発足以来、懸案について関係閣僚の言い分がばらばらで統一性のなさを各方面から批判された。郵政問題しかり、普天間問題も同様である。首相が再三明言した「普天間移設を5月末までに決着させる」まで残された時間はない。4、5月の2カ月があるとはいえ、八方ふさがりの移設案が急転直下解決するなどと思う人は皆無だろう。
 2010年度予算成立を受けた26日の鳩山首相の記者会見は、言葉の割には懸案に取り組む首相の熱意が伝わってこなかった。首相の言い方を聞いていると、日米関係が重要なのか、あるいは連立政権維持が優先するのか分からない。沖縄県民の過重な基地負担に気配りを見せたと思えば、逆に県内移設やむなしの言い方もする。結局、万事、緻密な練り上げがないまま変革の種をばら撒くだけだから、気がついたときには収拾がつかなくなってしまう。

「最低でも県外」から始まった普天間論議拡散の主因は首相自身にあることを本人は気づいているのだろうか。今回の外相訪米は、仮に5月末までの普天間問題の最終決着があるとすれば、それに向けた極めて重要な対米交渉になる。

ところが、外相訪米に当たって首相をはじめとする関係閣僚の詰めた会議はなかった。少なくとも、新聞各社が載せる「首相動静」には、それらしい動きはない。そして、首相は週末の27日、静養のため幸夫人と連れだって千葉県鴨川のリゾートホテルを訪れた。日米関係、永田町の喧騒を傍目に、なんとも優雅な静養としか言いようがない。

ここで、同じ「変革」で登場した米国のオバマ大統領の動きを参考までに紹介する。支持率低下にあえぎながら、大統領は医療保険改革法を成立させるため自ら議員と直談判したり、電話での説得に奔走した。さらに、直近のワシントン発の共同電によると、野党共和党が医療保険法廃止を訴えて11月の中間選挙に臨むことに対して「やってみろ」と、挑戦を受けて立つ構えを鮮明にしたという。

沖縄基地問題では、橋本龍太郎首相(故人)は普天間飛行場の返還合意に努力、問題解決のために1996年から97年にかけて、当時の沖縄県の大田昌秀知事と前後17回に及ぶ会談をしている。基地問題が喫緊の懸案だったとはいえ、首相がこれほど頻繁に知事と会談したことは異例だった。

政治のリーダーに求められるのは、耳当たりのいい言葉を発するだけではない。いかに自ら動き回るり、目標に近づくかである。リーダーの「ガバナビリティ」は説得力のある行動抜きには考えられない。

(10年3月28日)