「編集長コラム」

口先介入

 地方分権という地味なテーマが国政を動かしたのは昨年8月の衆院選だった。俗な言い方をすれば、各党とも寄ってたかって「分権」を叫び競い合ったものだから、その響きに目覚めた有権者も少なくない。マニフェスト選挙の効用だった。
 ところが下野した自民、公明両党からは、不思議なほど「分権が大事」の声が聞こえてこない。選挙期間中、あれほど責任力を繰り返し訴えていたのに、である。
 それに引き換え、政権を奪取した民主党の「地方が主役」のボルテージは上がる一方だ。旧政権との違いを印象付けるため、「分権」ではなく「地域主権」と言い換え、それが改革の「一丁目一番地」だと鳩山首相は事あるごとに強調している。
 「政治主導」とか「官邸主導」とか言いながら、官僚任せと族議員のパワーに寄り切られっぱなしだったこれまでの政権に比べれば、民主党政権の意欲は大いに評価できる。「地域主権」の意味をめぐって議論があるのは確かだが、鳩山首相や菅国家戦略担当相(副総理)の大先輩である武村正義元官房長官は「要は地方が喜ぶような“政治的響き”を持たせること」と意に介さない。民主党が分権に本腰を入れるのは当然だし迷う余地はない。だが民主党政権を見ていると、スタートダッシュがの良さがこれからも続くのか、と心配になってくる。

 一つは「国と地方の協議の場」だ。法律に基づいて関係閣僚や全国知事会など地方6団体の代表らが当面する問題を議論する場だから、合意事項の中には法律に絡むものもあるだろうし、国会や地方議会の審議を要するものも当然出てくる可能性は高い。
 二つ目は「地域主権戦略会議」である。議長に鳩山首相、副議長に原口総務相が就く分権改革の総司令部だ。具体的には地方分権改革推進委員会と旧政権時代の首相と全閣僚による地方分権推進本部を統合したような組織と思えばいい。これには地方6団体代表の参加も予定している。
 問題はこの「協議の場」と「戦略会議」の役割をどうするかだ。鳩山内閣は政治主導の戦略会議を重視するが、具体的な方向付けは示していない。これに対し、全国知事会は国から地方への権限移譲や地方税、地方交付税、補助金の見直しなどの協議を念頭において、協議の場を優先する考えだ。
 役割分担が不透明な二つの会議に加えて、問題を複雑にしそうなのが三つ目の地域主権関係の「総務省顧問」だ。通常官庁の顧問はせいぜい2人。それなのに、松沢神奈川県知事や中田前横浜市長、河村名古屋市長ら11人の大顧問団が決まった。

当初、顧問に発令された大阪府の橋下知事は、土壇場で戦略会議メンバーに切り替わった。総務省顧問は非常勤とはいえ、いずれも独自の分権論をまくしたてる論客ぞろいである。論点が拡散して総務相自身が調整できなくなることだって十分ありうる。旧政権の痕跡を消し、新鮮さを目指す意欲はわかるが、気負うあまり屋上屋を架さないようくれぐれも注意が肝心だ。
 マーケット用語に「口先介入」という言葉がある。市場の不穏な動きに政策責任者が警告を発することだが、「地域主権」改革に当てはめるなら、具体性を欠いた抽象的なリップサービスのような言い方では信用されない。流れを変えるくらいの中身のあるせりふが欲しい。

(「地域政策」10年新年号 尾形宣夫)