名護市長選】

◎県外移設に総力を挙げよ

 米軍普天間飛行場の移設を争点とした24日の名護市長選で、移設反対・県外移設を主張する前市教育長の稲嶺進氏が勝ったのは、この数カ月の普天間論議を踏まえた当然の帰結と言っていい。
 票数は1600票と僅差だったが、今回の市長選は過去の移設を問う住民投票で反対が多数を占めながら、市長選では逆に移設容認が勝利した「ねじれ」がなくなったことを示した。
 06年に日米が合意した辺野古沿岸部に代替基地を造る現行案は、事実上白紙撤回となったと見るべきだろう。

19964月に日米両政府が普天間返還で合意して以来、名護市長選は3回あった。いずれも移設容認派が勝っている。反対派の勝利は今回が初めてである。
 稲嶺氏には明確な勝因があった。
結論から言えば、鳩山内閣の閣内不統一、発言のぶれがもたらした結果以外の何ものでもないということである。
 政権交代で鳩山首相が再三強調したのは、「沖縄県民の思いを大切にしたい」だった。県外移設を基本とした総選挙前のスタンスを弱めはしたが、首相の頭にあったのは県外・国外だったことは間違いない。
 ところが政権に就いたとたん、発言が後退し始めた。
 現行の06年の日米合意がベストとする米政府の考えが予想以上に強硬だったことに加え、連立を組む社民党が党の面子をかけて県内移設に反対する政権内の事情があったからだ。日米関係の厳しい現実と、不慣れな政権運営のかじ取りという、鳩山政権の弱さが露呈したのである。

 そんな首相にとって仮に「救い」が表れるとすれば、それは条件付きながら移設を容認する現職の島袋氏の当選しかなかった。事実、政権内には島袋氏の当選を期待する密かな思いがあった。
 その布石として、首相は県外、国外移設の道を模索しながら、「ゼロベースで考える」と現行案選択に含みを持たせ続けた。万が一、現行案に代わる候補地が見つからなくても、誠心誠意説得すれば、辺野古への移設でどうにか落着できると考えたとしても不思議ではない。もちろん首相は、こんな「救い」を口にしたことはない。
 過去の市長選で移設容認派が勝ち続けたのは、自公政権下でふんだんに経済振興予算を組むことができたからだ。過去の投票行動を当てはめるなら、今回も活性化路線の現職はどうにか勝利するはずだった。
 住民投票と市長選の「ねじれ」は、地元のやむにやまれぬ意思表示である。そこに表れるのは、普天間問題というよりも沖縄の基地問題の複雑さであり、そこに目を凝らし解決策を見いださなければ政府の沖縄政策は、いつまで経っても基地と経済振興のいたちごっこを繰り返すだけだ。
 敗れた容認派の島袋氏は、北部地域の活性化を前面に打ち出し、争点外しを狙った。政府の財政支援で企業進出で雇用は幾分の持ち直しているが、それでも市の完全失業率は2ケタだし、郊外には真新しい振興のシンボルはあるが、市民の台所に目を向けると商店街の疲弊は進む一方だ。地域振興にかける市民の願いは、投票結果にも表れている。
 当選した稲嶺氏は、市長として普天間問題と地域の活性化という現実に向き合うことになる。移設容認の仲井真県政との調整も難航が予想される。

 鳩山首相は選挙結果を受けて、普天間問題をどう米政府に伝えるのか。首相は記者団の質問に「ゼロベースで考え、5月中に結論を出す」と繰り返した。
 沖縄の民意を大切にしたいと語る首相の次の試練は、今年11月行われる知事選である。しかし、ある意味では知事選を待たずに沖縄県民の民意が明確になった、といっていいかもしれない。地元紙の世論調査でも、経済振興との兼ね合いで普天間問題を見る目は、明らかに変化が表れているからだ。
 問題は、市長選の結果を踏まえて日本側が対米折衝をどう進めるかだ。日本側から現行案の見直しをこれまで以上に説明するものはない。あるのは、市長選で示された名護市民の厳然たる結果だけだ。
 ゼロベースで現行案に代わる候補地を探すと言っても、机上論はできても現実的でないことを私はこれまでも再三指摘してきた。普天間問題だけが日米関係の懸案でないことはそのとおりだが、米側の対日不信の根っこには先の総選挙で圧倒的な勝利を手にしながら、政治的指導力を発揮できない鳩山政権のひ弱さを見抜いているからである。
 通常国会の論議を見ても、首相の気負いこんだ発言がすぐに撤回される不手際が続いている。首相発言は、一政治家の発言とはわけが違う。首相は自らの発言に責任を持つべきだし、場当たり的な発言が許されるはずはないのだが、首相にはそういった緊張感が見られない。

普天間移設は方向性を失った。首相が言う「5月中の結論」は至難の業になったと考えざるを得ない。首相は県民が抱く普天間飛行場の県外移設の夢を膨らませた。その結果、夢の重みにさいなまれているのが、皮肉にも首相本人である。
 この難題を乗り越える力が首相にあるとは思えない。もはや、振興策という甘い言葉で基地問題から沖縄県民の気を反らすことはできる段階を過ぎた。
 とは言っても、普天間問題を放置していいはずはない。県内移設に含みを残した「ゼロベース」などと曖昧な言い方は通用しない。仮に県内の分散移転が俎上に上がっても県民は納得しないだろう。
 米側にはこの問題で日本側とハイレベルの協議を行う意思がしぼみつつあると言われる。腰が定まらない外交は意味がないというわけだ。
 オバマ大統領に首相が言った「トラスト・ミー」に始まるボタンの掛け違いは、日を追うごとに日米を迷路に引き込んでいる。

 普天間飛行場が現状のまま凍結され、さらに基地の過重負担の軽減も実現できないまま、問題の先送りという最悪の事態さえ予想される。それを避けるためにも対米交渉も含め、総力を挙げて「県外移設」に取り組むしか道は残されていない。

10124日)