欽ちゃんとの話しは、何とも言いがたい味のあるものだった(左が欽ちゃん、右手前が筆者)
=10年1月13日、三重県桑名市民会館。

【欽チャン流元気のネタ】

◎「ほっとけないだろう」には参ったね

 「欽チャンと呼んでいいですか」

 先日、初対面の萩本欽一さんにそう言ったら、例のニコニコ顔で「それで構いませんよ。萩本さんなんて言われたら話しにくくなっちゃうよ」。独特の語り口の言葉が返ってきた。
 欽ちゃんはコメディアンというより、司会者であり演出家でもあり、さらには日本野球連盟の茨城ゴールデンゴールズ監督というマルチタレントである。
 それではというわけで、私も遠慮なしに次から次へと話題を変えながら、三重県の観光大使になった訳や演技の話、三重県の印象などを聞いた。
 経営が傾いた伊勢市のテーマパーク「伊勢安土桃山文化村」の元気盛り返しを頼まれて「村長」に就き、同時に名称も「ちょんまげワールド・伊勢」に替えた。催しも演技も、演ずる者が主体のエンタメではない。観客と双方向の出し物で客の心をつかみ、赤字で苦しんできた文化村をわずかだが黒字経営にした。夢は壮大で、ゆくゆくは「日本のブロードウェー」を目指すという。
 欽ちゃんはある時、村に来た人に来園の理由を聞いたら「ほっとけないだろう」と言われたそうだ。
 「普通、テーマパークっていったら、全国から客がいっぱいやって来る。ところが『ちょんまげ』には愛知や岐阜からも来るようになったが、地元の人がほとんどなのよ。こんなテーマパークはないよ。それだけ地元が大事にしてくれているっていうこと。『ほっとけないだろう』には本当に参ったね」
 「呼んでもいないのに(伊勢)市長が来たり、知事もやって来た。そしたら、野呂知事が『応援団長になってくれ』だと。のんびりした県民だと思っていたら、フットワークがいいのね。一緒に仲良くやろうという気がしましたね」

話は広がり、約束の時間がどんどん過ぎていった。周りが心配そうに部屋を出たり入ったりするが、当の欽ちゃんは気にするふうでもない。話は演技、若者論、商店のお年寄りの話まで尽きることがない。こちらも調子に乗って話しまくったようだ。
 欽ちゃんは私より一つ年上だが、同世代である。住む世界は違っても、ものの見方、考え方はほぼ同じと言っていいかもしれない。
 なぜ、欽ちゃんを訪ねたのか。欽ちゃんとは全く違う世界に身を置く私が訪ねたのは、弱りきった町や地域、さらにはそこに住む人たちを、欽ちゃんはいつの間にか元気にしてしまう。その力がどこから出てくるのか知りたかったからだ。
 本人は「まち興し」だとか「地域活性化」などと、いま全国の自治体が悩みながら競い合っている言葉にほとんど関心を示さない。現に、私とのやり取りの中でも一言も言わなかった。
 かといって、そのような現実に目をつぶっているわけではない。
 「商店のおばちゃんが店を続けられるのは、地域の人たちが(その店を)つぶしてはならないと思って、大して欲しくもないものを買ったりしているからだよ。そうして商店街は年寄りたちが頑張って守られている。郊外の大型店に行けない年寄りにとって、町は大切な生活の場なんだよ」。東京の下町の近所付き合いの温かさが、まちを元気にする力だと言う。

市街地再開発の名の下に、昔ながらの気が置けない温かみのある雰囲気がなくなり、代わって幾何学的で血の通わない無機質な街が出来上がっている。その結果、お年寄りたちは行き場をなくし、街全体の味わいが失われてしまった例は、全国に数え切れないほどある。
 「まち興し」とか「商店街活性化」とか言わないが、欽ちゃんが言わんとするのは、人間が人間らしく絆を大切に生きていこうではないかと問いかけているのである。

東京生まれの欽ちゃんだからこそ、地方の良さが分かるのかもしれない。
 「地方には『日本一』がいっぱいある。東京に向かって来てくれなんて言うことない。人間なんてへそ曲がりだ。『来るな』『来なくていい』と言われると行きたくなる」

 欽ちゃん流に言うなら、「地元の良さを発信して来てくれ」と言うのは間違いで、逆に「来るな」という方が注目を引き付けるという寸法だ。
 そういえば、何が何でも道路整備を求める首長が少なくない。過疎、高齢化、若者流出、地域の疲弊など急を要する施策は、高速道路など社会資本整備ができて初めて手掛かりができるという主張だ。
 いっそのこと、欽ちゃんふうに「うちは、こんなに遠く不便だ」と、地域の弱点を大げさにPRしたらどうだろう。自然がきれいだとか、人情味豊かな風土などと言ったところで、旅なれた都会人を引き付けはしない。
 私の知人がいる岩手県三陸地方のある町は、「俺んとこは都会から来るには不便だが、『偉大な田舎が自慢だ』」と公言している。
 白砂青松がすばらしい海岸があるが、それはあまり言わない。言わないのは、来て見れば分かるかららしい。現に、毎年
10月に開く「全日本和太鼓フェスティバル」には、全国から名だたる和太鼓のグループが自費参加でやって来る。フェスの迫力と盛り上がりは、言葉や文字では言い表せない。私と同じ年の醸造会社の当主が中心となって、町全体がフェスを応援している。「とにかく楽しもう」が合言葉だ。

 欽ちゃんに会ったのは三重県桑名市民会館の控え室。地元テレビ局の三重テレビの番組収録前の忙しい時間だったが、そんなそぶりは少しも感じさせない応対だった。
 番組収録は夕方の6時から市民会館の大ホールで行われた。会場は1000人を超す入場者でいっぱいになった。演ずるのは「ちょんまげワールド」の役者が扮する奉行所の役人が、庶民からの訴えを聞き裁く人気番組「キンさばっ」。訴えがもめたり役人のとりなしが悪いと欽ちゃんが舞台に登場してもめごとをまとめる筋立てだ。
 訴えに登場するのは全くの素人だが、欽ちゃんのリードで舞台のノリに合わせた演技はなかなかのもの。舞台と会場が一体となって盛り上がり収録を終えた。収録が終わったのは夜の9時過ぎ。観客にとっては、楽しくて仕方がなかった夜だったようだ。

10115日)