【鳩山政権の現実】(下)

◎政府方針とは言えない

 普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で鳩山内閣が決めた政府方針は、果たして「方針」と言えるものだろうか。
 決着を先送りにし、連立3党で移設先を再検討するというのだから、とても方針などと言えたものではない。これで米政府と再交渉に臨みたいようだが、米側は06年の日米合意を譲る考えはないし、米側の譲歩は全く期待できない。

 さて、鳩山首相はどうするつもりなのか。
 首相がこれまで「私が最終決断する」と再三明言してきた。その言葉にそれほど大きな期待は持たなかったが、今後の日米関係にとどまらず、政権のアジア外交を占う意味でも「何が出てくるか」と、その時を待っていた人は少なくない。中身のない「方針」はその期待を全くはぐらかしてしまった。それだけでなく、首相の政治判断の弱さ、外交感覚のなさをさらけ出したと言っていい。
 「私を信じてほしい」。鳩山首相は日米首脳会談で、オバマ米大統領にこう語り、日米合意の方向で普天間移設を解決することをにおわせた。それで、鳩山政権の出方をつかみきれない米側をひとまずホッとさせたのである。
 それが日を置かずに、社民党の福島党首が普天間問題の年内決着の動き反発して「重大な決意」を表明、連立離脱も辞さないと強硬姿勢を見せた途端に「連立重視」にハンドルを切った。
 少数政党とはいえ、社民、国民新両党が連立から離脱すると、民主党だけでは参院の議席数は過半数に届かない。その弱みを福島党首と国民新の亀井代表が連携して突いてきたのである。
 日米合意の順守が、あっという間に連立重視に置き換わってしまったのだから、米側が戸惑うのも無理はない。

 日米合意の重みを感じつつ、普天間飛行場の県外移設を願う沖縄の心を大事にしたい―首相は事あるごとにこう言い続けてきた。加えて連立への気配りも忘れることはできない。
 「方針」はこのいずれにも応えたい首相の心の表れだ。問われる度に「それも大事」「これも大事」と言うものだから、首相が本当に大事だと思っていることがさっぱり分からなくなる。側近が「何を考えているのか…」と頭を抱えているそうだが、分かるような気がする。
 首相は日米合意の重さを念押すように、来年度予算に移設関連経費を計上、辺野古の環境アセスの実施を方針に盛り込んだ。つまり、「辺野古案」はまだ生きていると言いたいわけだが、米側はそうとは受け取っていない。少なくとも米側の頭の中では、日米合意は事実上白紙撤回されたと見るべきだろう。

日米関係の今後を、普天間問題だけで即断するのは拙速すぎる。環境、経済、エネルギーなど両国が世界政治の中で協調しなければならない課題は数多い。しかし、安全保障問題、具体的には日米同盟が両国関係の礎であることも事実である。
 政権交代があったとはいえ、鳩山政権にとっても東アジア情勢を注視しなければならないことに変わりはない。朝鮮半島情勢、経済・軍事力の強大化が進む中国など、日米両国にとって極めて重要な外交案件である。
 鳩山首相は政府方針で対米再交渉を始めたい考えだが、普天間問題がこれほどこじれてしまって再交渉ができるのか。大体、米側が交渉に応じるのか、今では雲をつかむような話だ。
 ここで思い出しておかなければならないのは、06年の日米合意はほとんどを日本側が提案、米側が受け入れたという経緯である。自ら提案しておきながら、合意を見直して再交渉しようと言われても、米側は「はい、そうですか」と応じるほど甘くはない。
 首相はかつて、「常時駐留なき安保」を言ったことがある。平時に外国の軍隊が常駐することの異常さを指摘したのだが、首相の普天間問題の原点もそんなところにあるようだ。
 首相は政権交代を日米合意見直しの理由にするが、「革命政権」が誕生したわけではない。だから、交渉が再開されても米側は両国間の合意は守られるべきとどこまでも主張し続けるはずだ。

 鳩山首相の腰の定まらない政治姿勢に翻弄されているのは米政府だけではない。ある意味では、最も困っているのは沖縄かもしれない。
 8月の衆院選、そして鳩山政権誕生で、普天間飛行場の県外移設はより具体的な形で県民の意識を膨らませた。岡田外相の嘉手納基地への統合案が一時取り沙汰されたが、首相の言う「沖縄の皆さんの心」が県民を県外移設に駆り立てたのは間違いない。沖縄の衆院選で自民党が全滅、民主党が全選挙区を制したのも民主党への期待が大きかったからだ。
 政府方針に対して仲井真知事は「具体案に近いものを示してもらわないと意見を言いようがない」と不満を隠さない。一方、普天間飛行場を抱える宜野湾市の伊波市長は、新たな移設先の検討も含めた取り組む姿勢を評価している。短期間に結論を出されるよりも、移設先をじっくり話し合って県外移設を実現してもらいたい、が伊波市長の言わんとすることだ。
 だが、最悪のケースは日米交渉が再開されないまま、普天間飛行場が今のままの状態で残ることだ。政治は指針を示せないまま、基地の過重負担だけが続く。密集する住宅地に囲まれた普天間飛行場で、いつ大事故が起きるかわかったものではない。
 もう一つは、日米再折衝で代案が見つからないまま06年の日米合意を再確認せざるをえなくなり、振り出しに戻った場合である。沖縄の怒りは抑制できないくらい過激になるかもしれない。政治不信は頂点に達するだろう。

言葉だけの「沖縄の皆さんの心」では、基地問題は何一つ解決しない。年明け早々、名護市長選がある。移設容認の現職と反対の候補の一騎打ちになりそうだ。さらに秋には知事選が予定されている。二つの選挙で、移設反対候補が選ばれたら、普天間問題は国が余程の強権を行使しない限り、完全に振り出しに戻るだろう。
 新年は、普天間飛行場移設問題の行方を決める激しい論争の年になることは避けられない。状況の推移次第では、鳩山首相の進退が問われる現実が来るかもしれない。

(尾形)