【産みの苦しみ】

◎試される政権担当能力

 民主党長老の藤井財務相を別にすれば、新進気鋭の論客でラインアップした鳩山内閣は、これまでの自公政権にはなかったある種の期待感を国民の多くにに与えたようだ。だが、期待が大きいことは、期待が裏目に出た場合の失望の大きさにもつながる。
 麻生内閣の退陣で、日を置かず発足した鳩山丸は、十分な政権準備ができないまま荒海に出帆せざるを得なかった。
 「郵政見直し」「八ツ場ダム計画中止」「補正予算の見直し」「来年度予算編成」「JAL救済」「地方分権」といった国内問題ばかりではない。在日米軍再編をめぐる日米両政府の懸案である、沖縄の「普天間飛行場返還」などの重要案件が次々と高波となって襲ってくる。
 どれ一つをとっても甲乙つけ難い難問ばかりだ。傍目にも各閣僚ら政務3役の苦労が分かるような気がする。国民が変革を託した新政権の産みの苦しみと言っていい。

 ▽「郵政見直し」は、自民党内にさえくぐもっていた小泉内閣の郵政改革が、新政権の下で明確な答えを出したということだ。辞任した西川社長に代わって、日本郵政の新社長に内定した斎藤次郎氏は、14年前とはいえ旧大蔵省(財務省)事務次官。官僚の天下りにあれほど反対した民主党が、郵政見直しを引っ張る新社長に官僚OBを充てたことへの国民の疑問は残る。

▽八ツ場ダム建設計画中止に反対する東京、埼玉、千葉など6都県知事の現地視察は、テコでも動かない前原国交相に対する示威行動だが、国交相は中止撤回の気配は全くない。計画の目的があいまいになった大型公共事業見直しに対する鳩山内閣の揺るがない決意を示すものだが、事業中止に代わる地域振興にどんな知恵が出されるのか。それ次第で、内閣の本気度が試されることを忘れてはならない。

▽地方分権改革では、原口総務相は第一次分権改革以来の「委員会方式」を発展的に強化・拡充する新組織に衣替えする考えだ。「言いっぱなし」「聞きっぱなし」だったこれまでの「国と地方の協議の場」も、法律で裏打ちした協議の場として国と地方が実質的な話し合いができる機関になるはずだ。
 新組織や新機関が具体化するのはまだ先だが、提言が永田町の族議員の抵抗で日の目を見ることが少なかった、これまでの反省に立つ意欲は感じられる。問題は意欲だけでなく、改革を前進させる内閣の具体的な動きである。

▽前政権がつくった今年度補正予算の見直しは3兆円弱を削ることになったが、この中には明らかに衆院選を意識した緊急経済対策とは言えないものもある。仙谷行政刷新相が言うように「買収予算」と切り捨てられても仕方がない項目が少なくない。だからといって、その分を機械的に切るわけにもいかない。すでに地方自治体が、その受け皿を用意し動きだしているものもある。結局は、大ナタを振るってようやく切り込んだのが3兆円というわけだ。
 各府省の来年度予算の概算要求は過去最大の95兆円と膨らんだ。「子ども手当」などマニフェスト実現の要求が全体を押し上げたが、税収の落ち込みは今年度に続いて来年度も避けられない。税収の不足分は特別会計から繰り入れる、いわゆる埋蔵金などなどを充てることになりそうだ。

▽「普天間飛行場」は、内政問題だけでなく、新政権の対米関係を占うキーポイントになる。 来日したゲーツ米国防長官は岡田外務相らとの会談で、予想通り普天間移設の日米合意履行を強く迫った。これまでの常識で言えば、問題点への言及をしながら日米合意の順守となるところだ。だが、今回は「米国も日本も政権が交代し、政治状況も変わった」と岡田外相が言うように、米側の要求に「待った」をかけたのである。
 日米同盟関係の重視を語り合いながら、その基盤となる在日米軍再編を左右する普天間問題で双方の主張に違いが表れることは、米側にとっては想定外だったかもしれない。
 ゲーツ長官は、普天間返還の日米合意の履行がなければ沖縄駐留米軍のグアム移転は白紙に戻る可能性まで持ち出し、日本側が考えている代替案や先延ばしに強く反発している。

鳩山内閣が直面する難問はこればかりではないが、上記した事例は民主党のマニフェストの核である。これらの課題は右から左に片付くものではない。後退すればマニフェストとの整合性も問われる。
 統治の任に就いたことがない民主党への国民の負託が正しかったのか、あるいはそうではなかったのか―が今後マスコミでもしぶとく取り上げられるのは間違いない。
 だが、注意しなければならないのは、従来路線の大胆な変革を追求する新政権の出鼻をくじくようなことはすべきではない。自公政権を下野させた民意は、難問解決のための曖昧な「先祖がえり」を期待しているわけではない。
 「政権交代とはかくあるもの」と、期待と不安が入り混じっているのが今の状況である。世論をリードする各種メディアが「反権力」の立場から批判することはいい。だが、「揺れ」を追及するだけの論調も見られる。国民の厳粛な選択を忘れたよう批判は「守旧」でしかない。
 政権交代の今日的意味を論考し、変革を前進させる役割がマスメディアには求められている。

091021日)