【揺れる首相の発言】

◎基地問題の深淵に目を向けよ

 鳩山首相の普天間飛行場移設問題についての発言がすっきりしない。日米両政府が合意した名護市・辺野古への県内移設を容認する可能性を示唆したと思ったら、今度は「容認とは一言も言っていない」と釈明した。
 そもそもの発端は首相自身の発言にある。官邸で記者団が在日米軍再編見直しの見通しを質問したら、「時間というファクターによって(民主党のマニフェストが)変化する可能性は否定しない」と答えたのだ。
 米軍再編の柱は、沖縄基地問題の象徴となっている普天間飛行場の移設であり、それに伴って在沖縄米軍の基地機能が大幅に塗り替えられる。要するに、普天間飛行場の移転が実現して、はじめて米軍再編が動き出すということである。

首相の発言は、民主党のマニフェストでいう「米軍再編や在日米軍基地のあり方を見直しの方向で進む」とは明らかに矛盾すると、連立与党の社民党がすぐさま噛み付いた。新聞もテレビも一斉に首相の「容認示唆」を大々的に報じた。それで首相が翌日、「時間のファクター」というのは未来永劫、わが国に外国の軍隊がいることが適当であるのかを言ったものだ、と釈明した。
 だが、この首相の釈明はいかにも説得力を欠く。
 首相が言うように、マニフェストは国民との約束で、簡単に変えるべきものではない。前政権の合意ではあるが、民主党はマニフェストの前段となる「沖縄ビジョン2008」でも、普天間の県外移設の模索と国外移転を目指すと主張している。普天間合意を見直そうという主張は、昨日、今日のことではない。
 マニフェストは不磨の大典ではないから、状況によっては若干の修正は許されるが、連立の3党合意を無視するわけににはいかない。出来て間もない約束に早々と修正の手を加えるのは、いかにも腰が定まっていない印象を国民に与える。
 首相の「時間というファクター」という発言は、不用意に口から出たものではない。今月初め、ワシントンで開いた日米の外務、防衛関係局長級協議で、米側は現行合意を基本とし、見直しには厳しい姿勢を示したという。これを受けて鳩山政権の外相、防衛相、官房長官、沖縄担当相の4者による非公式協議を開いて日米事務レベル協議内容を論議している。11月12、13日のオバマ大統領の訪日が迫っていることも、首相発言の揺れの背景にあるのかもしれない。
 鳩山政権が日米の外交懸案で初めて持った協議で、米側の強硬な姿勢を改めて感じ取った心の揺れが首相の発言となって表れたと思われても仕方がない。マニフェストに掲げたとはいうものの、いざ政権に就いて対米折衝を始めてみて現実の厳しさがよく分かったということだ。

普天間返還の日米合意は1996年、当時の橋本龍太郎首相が電撃的に発表した。それから13年たった今になっても状況に何の進展もない。2006年5月に両国政府が名護市辺野古岬のシュワブに移設することを盛り込んだ在日米軍再編の最終報告で合意したにもかかわらず移設は全く進んでいないのである。
 移設作業が暗礁に乗り上げているのは、日米合意で決まった代替施設のV字型滑走路の位置をめぐって沖縄側が沖合への移転を求め、これに米側が強く反発しているためだ。
 鳩山政権の下で始まった事務レベル協議で、再編計画の見直しを提起した日本側に米側が「何で今さら」との思いを抱いたのは当然だ。
 在日米軍再編にまつわる日米協議を実質的に取り仕切ってきたのは外務、防衛高官らであって、政治家ではない。もちろん、首相や主要閣僚の政治判断が節目、節目で下されたことはあるが、それも官僚が敷いたレールを大きく離れることはなかった。そうして、在日米軍再編の日米合意にたどり着いたのである。その中核となったのが、前述したように普天間飛行場の返還である。
 日米局長級会議に出た外務、防衛両省高官は、鳩山政権のマニフェストにのっとって対米交渉に臨んだ。応対した米側の1人は、普天間返還や米軍再編問題で大きな役割を果たしたキャンベル国務次官補らだ。そのキャンベル次官補は、鳩山政権が求めれば(見直しの)協議に応じる義務があると好意的に語っている。
 再編問題の見直しの提示は、鳩山政権のマニフェストに忠実に従ったとはいえ、米側から見れば日米合意に努力した当の外務、防衛両省が、今度は再交渉を求めたのだから驚いたことは想像に難くない。

 日米同盟関係は、1996年の日米安保条約の再定義以来、日米同盟は質的に強化拡充され、在日米再編問題もその中で組み立てられた。その過程を見れば、在日米軍のあり方を見直すことは容易ではないし、同盟関係を揺るがしかねない問題でもある。
 つまり、事務レベルでは対応できない高度な政治判断が求められるということだ。首相は必ずしも安全保障問題には詳しくない。発言の揺れもそんなところからきているようだ。普天間問題に象徴される沖縄の基地問題は生やさしいものではない。基地問題の深淵を認識し、問題処理にあたることが肝要である。

091010日)