【国のあり方】

◎分権の展望を具体的に示せ

 民主党を中心とした連立内閣が近く発足する。本年度補正予算の組み替えは確実だし、来年度予算の概算要求基準(シーリング)も新内閣が従来とは様変わりの指針を示すはずだ。何もかもが変わることに対する国民の期待が大きい一方で、未知の世界の扉が開くことへの不安も尽きない。
 内政も外交も課題が山積する。新政権は功を急がず、腰を据えて問題に取り組まなければならない。マニフェストとの整合性を問われる場面が出ることも十分予想される。その際、守るべきは揺るぎない「国のあり方」である。多少回り道があったとしても、この基本線を忘れてはならない。

言うまでもなく、「国のあり方」は「地方のあり方」に通じる。というよりも、この二つの命題はワンセットとして考えなければならない。
 民主党のマニフェストは、地方分権について@国の出先機関の原則廃止A直轄事業負担制度の廃止B補助金を廃止し、「一括交付金」を交付C国と地方の協議の場を法律で設置――などが柱だ。連立を組む社民党、国民新党とも基本線では違いはない。
 民主党は、総選挙を控えて頭角を現した「道州制」を「急ぐべきではない」として、「基礎自治体(市町村)の強化」を優先する道を選択している。究極の分権改革と言われながら、その道筋、性格づけに統一性がない現在の道州制論は民主党が言うように急ぐべきではないし、その前に基礎自治体のあり方を含めて分権改革の基礎を固めることが先決だ。
 マニフェストは「外交」を後段に置き、政治主導と官邸機能の強化を前面に打ち出した。「ムダ遣い」「福祉・医療」「教育」「地域主権」「雇用・経済」といった各論で固めた指針は、内政に重心を置いたものである。
 外交の重要性を脇に置くことはできないが、いま日本に求められているのは内政を固めながら外交の基盤を強化することだ。国民の安心・安全をそっちのけにして外交舞台で存在感を示すことはできない。
 先進国でも最も財政に汲々としている日本が諸外国に気前よく資金援助するマジックを国民は知りたがっている。カネ目の話で渡りをつけることが多かった外交で、日本はどれほど相手国の真の信頼を得ることができたであろうか。

民主党が示した内政の指針は、いずれもその基盤を「分権改革」に置いている。「ムダ遣い」「福祉・医療」「教育」などは分権と切り離して考えることはできない。つまり、分権改革なくして民主党が目指す内政重視はできないということだ。
 国と地方の問題を協議する場を設置することが法律で定められる。これまでも国と全国知事会など地方団体が問題を話し合う協議の場はあったが、正直言ってこれまでは双方にとって「ガス抜きの場」でしかなかった。特に内閣にとっては「聞いてやっている」風を装っただけだった。地方代表が要請・陳情を重ねても、自民党の強力な族議員や霞が関の官庁が意に介さなかったことを見れば明らかだ。内閣も積極的に動こうとしなかった。
 「協議の場」を法律で位置づけたら、その効果が具体的にどう表れるのか今後を見ないと分からないが、地方の手が届かなかった問題が幾分近づくことは間違いない。協議の場でのやり取りが、新内閣で設置される「行政刷新会議」で具体的な姿となるよう期待したいものだ。

全国知事会の「国のあり方研究会」が来週半ばに初会合を開く。拙速は避けなければならないが、先が見えない第二次分権改革に一石を投ずるだけでなく、一石二鳥となるよう熱い議論をすべきではないか。
 幸か不幸か、今回、国政の限界・恥部がさらけ出され、政権交代が実現する。わがごとに翻弄されながら分権改革を粘り強く追い求めてきた地方自治体の願いが一歩も二歩も前に進むかもしれない。
 「国のあり方研究会」発足は、まさに機を捉えたものである。流れに任せないで、緻密な戦術・戦略を感じさせる議論をすべきだし、その準備を怠ってはならない。全国知事会はもとより、研究会の提案者である三重県も心すべきだろう。間違っても、流れに任せるような議論をしてはならない。

0993日)