【マニフェスト討論会】

◎腹の底が見えた各党マニフェスト

 東京・永田町の憲政記念館で7日開かれた、自民、公明、民主3党のマニフェストに対する全国知事会の公開討論会は、これまでは脇に追いやられていた分権改革に、各党が手のひらを返すように関心を持ち始めたことをはっきりと示した。だが、各党のマニフェスト自体が討論会主催の全国知事会の評価を期待した感じも否定できない。選挙目当てのにわかづくりの感は否めない。
 特に、自民党の菅義偉氏(選対副委員長)が応えに度々窮したのは、党内調整が十分できなかった舞台裏を垣間見せた。同じ与党の公明党の山口那津男氏(政調会長)は、比較的よどみのない答弁だったが、連立を支える与党の気楽さもあったからだ。マニフェストそのものに説得力は十分ではなかった。
 これに対し政権獲得の可能性が高まっている民主党の玄葉光一郎氏(分権調査会長)の説明は、具体性が欠けていると批判が強い財源問題で、5年後には地方消費税の引き上げは検討課題だと具体的に踏み込んだほか、国と地方の協議機関の法的裏づけや道州制の取り扱いについて、方向性は同じだがプロセス論で与党側との違いを明確にした。

討論会で取り上げられたのは、分権改革に当っての個別テーマから将来の道州制に向けた段取りのつけ方に至るまで幅広く、かつ一つひとつが複雑な問題である。
 誰の目にも明らかだった、内閣への分権改革推進委の第二次勧告が反故・先送りにされた事実、組織・団体によって異なる道州制論、地方財政確立の具体的対策、法的裏づけを持たせた国と地方の協議機関設置―などは各党に若干の違いはあるが、方向付けとしては全国知事会が求める線上にあったと言っていい。
 つまり、知事会の高得点を期待すれば、おのずと知事会の要望に沿うマニフェストにならざるをえない。
 ただ、その際明確にされなかったのは、各党のマニフェストが党内の十分な論議を踏まえた、自信を持って訴える力があったかどうかだが、残念ながら、必ずしもそうとは言えない。そこに、マニフェスト選挙と言われながら、有権者に対する実質的な約束が用意されていなかったということだ。
 与党は協議機関に法的裏づけを持たせるとはいうが、菅氏の説明は「最終的には首相が責任を持つ」であり、地方団体が加わる協議会は別の組織ということになり、協議会の機能・役割が明確でない。菅氏は分権委の勧告について、政府は義務付け・枠付けで具体的項目を明記したと応えたが、分権委が求めた出先機関見直しの職員削減の数値目標はあいまいな説明で納得できるものではない。
 いずれも、党内に根強い分権改革に対する反発があるからだ。率直言って、自民党のマニフェストは党内の抵抗を解決した上でのものとはとても思えない。

分権改革と道州制の関連付けも明確でない。菅氏は「地方分権改革を実施する過程で(国民が)道州のイメージを共有する中で進める」と、道州導入の時期を2017年と決めながら、道州論に具体的に踏み込むことを避けた。
 最も急を要する財源問題でも与党は「中期財政プログラムの中で地方消費税充実をうたっている」(菅氏)、「抜本税制改革の中で」(山口氏)と言うだけで目新しい内容ではない。
 民主党は与党との違いを明確にした。
 分権委勧告を待たずに改革を実施するとし、地方財政充実では補助金・負担金を抜本的に改めて一括交付金化を強調した。道州制導入は、まだその時期にあらずで、基礎自治体の強化を進めるべきだと、与党と一線を画した。
 財源問題では、予算の組み直し、無駄根絶というだけでは説得力に欠ける。官僚支配をなくすことについても説得力のある説明はない。
 具体的な項目での質問に対する各党の応えは、立場の違いもあって異なるのは当然だが、個別の項目を超えた認識を問うた 橋下大阪府知事の質問は与党にとっては想定外だったのだろう。
  橋下知事は「与党は全く聞く耳を持たなかった。これまでと何が変わったのか」と問うた。 橋下知事は、国と地方の協議会設置を法律で決めるよう政府、与党に再三求めてきた。それが急転、マニフェストに明記されたものだから、率直にその真意を尋ねたのである。
 これに対する応えは「これまでも尊重してきた」(菅氏)「反省している。明確に変えることを約束する」(山口氏)である。明らかに、これまでの「知らんぷり」を言わなかった。
 自民党選対副委員長で、同党のマニフェスト作成の座長でもある菅氏は、 橋下、東国原両知事に支援を度々要請してきた。それは、不人気の自民党再生を狙ったものだが、知事会で合意ができていない道州制導入にあえて積極的な対応を示したのは、 知名度の高い橋下知事への政治的メッセージである。
 法律で設置を決める協議会は知事会が一致して要求しているのだから、知事会の好意的反応を引き出す効果的なマニフェストだった。
 ともあれ、3党のマニフェストに対する知事会の公開討論会は分権改革の重要性を各党にだめ押しし、国民の理解を高める効果はあった。
 だが、問題はこれからだ。
 マニフェストとして国民に示したのだから、従来のようなその場限りの「きれいごと」では済まされない。政権が誰の手に移ろうとマニフェストを忘れることがあってはならない。

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 公開討論会が開かれたのは、国会前庭に面する憲政記念館だ。ここは、憲政の神様と言われた尾崎行雄元首相を記念して1960年に建てられた「尾崎記念会館」を母体にして1970年に、日本の議会政治80周年記念で設立・開館した。
 会館のある高台はその昔、江戸時代の初めには加藤清正が屋敷を建てたり、その後彦根藩の上屋敷となり幕末期の大老でもあった井伊直弼が住んだ場所だと伝えられる。明治時代になって参謀本部・陸軍省が置かれた。

 全国知事会の麻生渡会長(福岡県知事)は、地方分権が大きな争点として脚光を浴びることは歴史的な転換だと評価した。しかし、真の歴史的転換点になるかどうかはこれからの分権改革の歩みを見定めなければならない。

098月8日)