【分権マニフェスト】

◎自民の真意はどこにある

自民党がようやくまとめた地方分権に関するマニフェストを読んで、思ったのは「あれっ、主張を変えたのかな」だった。
 「国と地方の協議機関の設置を法制化する」「道州制は、基本法を早期に制定し、その後68年をめどに導入」などとした。
 「国と地方の協議機関」は、先に三重県伊勢市で開かれた全国知事会議で決議したものだ。政府の関係閣僚と地方団体がさまざまな問題を話し合う「国と地方の協議の場」はこれまでもあった。それが今度は、法律で正式に設置を決めるというのだから知事会の意思が自民党を動かしたと言える。そこは前向きな姿勢と評価できるが、どうも裏の事情も働いたとの疑念が消えない。

自民党が全国知事会議の成り行きを注目していたのは周知の事実だし、マスコミへの露出が多い宮崎県の東国原、大阪府 橋下両知事の人気にすがろうとにじり寄ったのも、本はといえば支持率回復を狙った奇策だ。その知事会が分権のマニフェストを評価、点数をつけて優劣を公表するというのだから、あいまいな記述はできなかった。
 だが、法的な位置づけをはっきりした協議機関がつくるからといって、それが十分機能するかどうかは別だ。事業分野別に大きな力を振るう、いわゆる族議員の存在、その後ろにいる霞が関官僚が黙って見ているわけがない。
 内閣は歴代、「官邸主導」「政治主導」を振りかざしてきたが、その流れに乗りながら巧妙にレールを敷いたのが官僚である。本当の意味での政治主導ができるかどうかは、全く未知数と言った方がいい。

「道州制」はどうか。記述こそないが、2017年の導入を決めている。自民党の道州制推進本部が1年前まとめた第三次中間報告は、「20152017年の導入」を明記している。今回のマニフェストは、この推進本部の方針に乗ったものであることは間違いない。
 自民党は道州制問題に積極的に取り組もうと、これまでの「道州制調査会」を「道州制推進本部」に格上げした。第三次報告は「限りなく連邦制に近い道州制」で、政府の地方制度調査会などは違った視点からの道州論だ。しかも、推進本部が自賛するのは「官僚を入れないで論議した道州制」、つまり政治主導の青写真ということだ。
 道州制はこれまで延々と論議が重ねられ、一部知事が言うように「もう論議は尽きた」と見る意見はある。「国のあり方」が問われている今こそ道州制の道筋を明確にすべきで、そのための基本法、推進法の制定が急がれるという主張である。
 先の全国知事会でも道州制推進派と慎重派の意見が平行線をたどり、知事会としての統一見解は示されなかった。知事会だけではない、全国町村会は正式に道州制導入反対を決議している。中小自治体の位置づけが不明確な道州論には乗れないということだ。
 全国町村会が道州制に反対するのは、平成の大合併の検証作業の中で市町村合併が中小自治体に極めて深刻な問題を引き起こしていることが判明したからだ。それに蓋をしたままで道州制導入など認められないと言っている。
 平成の大合併を検証した政府の作業としては、総務省の研究会がまとめた報告書が唯一あるが、内閣の正式なものとは言えない。内容も、町村会の報告とは相反する「評価」が目に付く。
 つまり現状を見る限り、行政の仕組みを再編する手続きの前に、分権改革の基本単位である基礎自治体のあり方を十分に整理しないで、道州制という「到達点」に向けて走り出すには問題が多すぎるということである。

自民党の道州制マニフェストを疑わせるような会議が今年5月中旬のあった。日本経団連が開いた「自民党と政策を語る会」での党幹部とのやりとりだ。
 経団連側は席上、2015年をめどにした道州制導入の効果と制度設計を示し、「道州制基本計画の策定や推進本部の設置を定めた基本法の制定を急いでもらいたい」と要請した。
 これに対する自民党側の応えは「2015年導入は難しい。もっと深い議論と国民の理解が必要。道州間で公平な競争をするためには、権限や財源の問題などを総合的に判断しなくてはならず、慎重に進めなければ、地域間格差の拡大にもつながりかねない」(園田政調会長代理)であり、
 党内では、道州制の議論を積極的に行う議員、グループもいるが、道州制がどういうことか認識していない議員もいる。道州がどうあるべきかという論点と同様に、国の役割・あり方も重要だと考えている。国は外交と防衛だけを担えばよいという意見もあるが、景気悪化の中、昨今、全国の知事が国にインフラ整備の陳情に来ている。道州制の議論を活発化させていくためには、国のあり方・役割をしっかり考えることが重要だ」(保利政調会長)だった。
 わずか2カ月前に自民党幹部は、道州制積極論の経団連首脳らに「慎重論」を説いたばかりだ。

 この2カ月の間に状況がどう変わり、何が起きたのか。
 全国知事会議で神奈川県の松沢知事は、霞が関改革と地方分権の同時解決ができると道州制導入を提唱した。これには異論も多かったが、会議を終えた積極論の 橋下知事たちはすぐさま永田町に出向き、与党と民主党に道州制の導入を要請した。
 マニフェストづくりにもたつく自民党にとって、 橋下知事らの要請は、いわば渡りに舟だった。道州制に慎重な兵庫県の井戸、福井県の西川両知事が慎重派知事の要請書を携えてマニフェスト作成の責任者の菅選対副委員長に要請したのは、マニフェスト発表の前日。後の祭りだった。
 経団連首脳らへのそっけない応えが一転積極論に変わったのは、人気知事の影響力に頼ることと、道州制を明記しなかった民主党との違いをアピールする格好の材料として使えると判断したからにほかならない。
 麻生総裁が自ら説明したマニフェストで強調したのは「責任力」である。明らかに民主党を意識したキャッチコピーだ。

 今回の衆院選ほどマニフェストに国民の関心が集まったことはない。「国のあり方」を問う選挙となるが、今回の自民党のマニフェストは「国の姿」が具体的に示されていない。民主党も同じだ。
 脱線続きの自民党に「責任力」などと大風呂敷を広げてもらいたくないと思う人は多いはずだ。民主党も地方選の連勝は、自民党の「敵失」に負うところが多い。「どこか頼りない」と不安が払しょくできない民主党が頼りがいのある政党になるには実績を示す以外にない。言い方にふらつくようなことがあっては、振り出しに戻ることだってないわけではない。

09731日)