「鳥羽ビューホテル花真珠」から見た鳥羽湾の夜明け(2009年7月14日午前5時)
◎鳥羽・安楽島に憩う
枕が替わると熟睡できない、とよく言われる。
有り体に言えば、横になったときの頭のおさまりがいいのか悪いのかだが、頭は体の司令塔である。一日中全身に指令を出し続けた頭を癒し、体の疲れをほぐしてくれるのは枕だと常々思っている。部屋の雰囲気が大切なことは言うまでもないが、体を横たえたとき全身から疲れが逃げていく、あの開放感は何ものにも替えがたい。
× ×
先日、三重県の鳥羽市安楽島のホテルに泊まった。ホテル差し回しの送迎バスに乗って、安楽島大橋を渡り坂道の観光道路を数分走った辺りに「鳥羽ビューホテル花真珠」はある。梅雨明けの暑い日ざしがまぶしい玄関前で、和服姿の若女将、迫間優子さんと仲居さんが出迎えてくれた。若女将とは、2年ぶりの再会である。
案内された部屋は、密かに期待していたことを見抜かれたような設えで、眺望も申し分がなかった。青々とした静かな入り江に牡蠣の養殖筏が整然と並び、大小の島がうねるように入り江を囲んでいる。
間近に見えるのは坂手島。周囲3・8`、5百数十人が住む小さな島である。地元では「離島」として扱われているが、見た目には離島といったイメージはない。鳥羽の港から東に0・6`と目と鼻の先で、通勤、通学客を乗せて頻繁に定期船が往きかっている。観光客を運ぶのはもちろんだ。
逆L字型の防波堤に囲まれた、小さな港を出入りする定期船や小型漁船が曳く航跡が静かな海にのどかに伸びる光景は絵画的でさえある。
一人には十分すぎるほどの広い和室は琉球畳が敷かれ、床の間には伊賀焼の陶器が飾ってある。全面ガラス張りの窓辺には鳥羽湾を一望できる開放的な陶製の展望風呂がある。
漆黒の闇に坂手島の家々の明かりが灯る。柔らかな明かりを見ながら口にした、板長自慢の料理が辛口の地酒「花真珠」によく合う。和室を独り占めにした私は、夜陰に包まれた静かな外の雰囲気に引き込まれながら深い眠りについたようだ。昼の疲れが嘘のようにとれた。
寝入りがいつもより早かったせいかもしれない。目が覚めたのは夜のしじ間がまだ残る午前4時すぎ。だが、次第に東の空が少しずつ白み始め、朝の早い漁船が照明をこうこうと点けながら、まだ暗い海面をかき分けるよう走っていった。
夜明け前だが頭はすっきりしていた。刻々と変化する外の光景が、何とも言えないすがすがしさを運んでくれる。迷わず、携行のデジカメに収めた。オレンジ色の太陽が昇り、辺り一帯がまぶしい朝日に照らし出された。新しい一日の始まりを告げるように、木々の緑、海と空の青さも一斉に輝き始めた。
× ×
鳥羽を訪れたのは、伊勢市のサンアリーナで開かれる全国知事会議を取材するためだ。国に猛然とかみつく大阪府の橋下知事や総選挙出馬に熱い意欲を表す宮崎県の東国原知事が、会議でどんな「暴れ方」をするのかが楽しみだった。
全国屈指の観光地で開催される会議だ。ごく当たり前のビジネスホテルに宿を取るのも芸がない。少しばかり贅沢気分を味わおうと選んだのが「鳥羽ビューホテル花真珠」である。
一人泊まりは原則断っているらしいが、2年前、取材でお世話になった若女将に無理を言って泊めてもらった。
鳥羽市の観光ホテル・旅館の女将や若女将が中心となる「うめ蕾の会」は、鳥羽観光の振興に業界が一致協力して当ろうと3年前の秋に結成された。会の中核となるのは20−30代の女性経営者たちだ。しきたりが重視される観光業界に、若女将たちの発想と行動力を持ち込む挑戦は着実に実績を上げている。
蕾の会は今、9月下旬の映画祭準備に忙しい。優子さんも「蕾の会」の役員の一人として、ホテルの仕事を片付けると映画祭の準備に駆けつける毎日だという。初めて挑戦する映画祭だけに不安もあるようだが、男顔負けのやる気が徐々に街全体に広がりだした。
心憎いばかりのおもてなしを心掛ける若女将たちは、燃えるようなエネルギーを内に秘めているようだ。
(09年7月19日記)