【全国知事会議】

◎2トップが果たした役割

 三重県伊勢市で開かれた全国知事会議(1415日)は、大揺れの政局が東京都議選の民主党の大勝利で一段と緊迫した直後というタイミングでの開催だった。知事会が混迷する政治にどのようなメッセージを送るのか…開会前の関心はそこにあった。
 地方が泣き寝入りしていた国の直轄事業負担金制度の不透明さへの反発、財政危機で身動きが取れない状況をどう抜け出すか、そのための財源確保に欠かせない地方消費税の扱い、さらには分権改革の本気さを問う各党のマニフェスト評価など、今回の知事会議ほど政治判断が求められた会議はかつてなかった。
 最も刺激的だったのは、政局の混迷に見透かした大阪府の橋下知事が提起した「政党支持」の取り扱いだった。

分権改革は行政闘争ではなく政治闘争だ。そこから考えないと動かない…橋下知事は会議でこう熱く訴えた。弁護士でタレント出身だから、話のリズム感は心得たものだ。
 橋下氏が強調したのは、政権交代の可能性が高い今の政治状況の中で、全国知事会が示すべきものは明確な政治的要求しかない、ということだ。
 東国原知事が国政への転出に意欲を見せたのも、形は違うが分権改革がこのままでは進まないと見たからだ(本人は16日に次期衆院選への出馬断念表明)。
 分権改革の熱意を確かめて政党を応援するとした 橋下提案に同調する知事がいる一方で、異論も多く最終的には両論が歩み寄った形で各党のマニフェストで優劣を下すべきだとすることでどうにか決着した。

 一方で、喫緊の課題となっている財源問題の議論は、特別委員会の提案に説得力を持たせるよう、自治体の具体的な自己改革を謳うことを決め、委員会提案の採択は見送られた。行革の証明がないまま増税が先行すれば同意を得るのは難しい、などの慎重意見が続出。内容を見直した上で、後日、扱いを再協議することになった。
 特に、行政サービスの低下を人質に取ったような委員会の提言への反発は強かった。
委員会提案の地方消費税の引き上げについて 橋下氏は、財政が苦しいからといってカネをくれ式の消費税の引き上げは国民の理解を得られないと断じ、地方自治体にも巣食うと見られる中央官庁同様の影の部分を洗いざらい公表するよう主張した。
 芋づる式に出てくる中央官庁の天下り・特殊法人の渡り、税金の無駄遣いといった同じような闇の部分が地方自治体にはないのか。それに蓋をして財源問題の解決はあり得ない。自ら血を流す努力を見せて、はじめて説得力が生まれるということだ。

衆議一決できるに越したことはない。だが、知事会が一致して行動を起こすことができる問題は限られている。まして、政治色を前面に打ち出すことは、余程のことがない限り無理だ。その意味では、今回の知事会議は全体的に政治的色彩は薄まったとはいえ、存在感が問われ続けた知事会の新しい出発点と見ることはできる。
 橋下提案や東国原知事の国政転出騒ぎで、あらためて考えさせられたのは知事と中央政治との関係である。
 知事(首長)が国政と一線を画すのは、地方行政に党派色を持ち込むことは適切でないとする基本的な認識があるからだ。首長が最優先しなければならないのは地域が抱える問題の解決である。地域振興、教育、福祉・医療といった広範な問題に日常的に対応しなければならない首長が、特定の政党に結びついていたのでは行政の公平性は保てない。
 首長に一党一派に偏しない柔軟な行政感覚があって中央との折衝力は生まれるものだ。かつては、中央と「太いパイプ」があるかどうかで首長の評価が決まった。つまり、地域のためにどれだけ国から仕事とカネを引き出すことができるかだった。
 しかし、国も地方も財政危機にあえぐ現状では、地方に有利な太いパイプはなくなったし、地域主権、地方自治を掲げる首長が中央とのパイプに頼ること自体が分権の趣旨に逆行する。

地方選で選ばれた首長が、独自の判断で政党支持を鮮明にすることは、地域の有権者の意思に反することもあるだろう。中央レベルの政治を地域に持ち込むことの危険性、不自然さだって考えなければならない。
 さらに言えば、政党の支援を断って勝手連的な選挙で当選した首長も少なくない。選挙戦で県民党や市民党を謳うのは、一党一派に偏しない柔軟な行政を約束することである。
 政党支持を問いかけた当の橋下知事は、既成の政党に飽き足らない新しい府政を求める有権者の支持で当選した。その橋下氏が、なぜ政党支持をぶち上げたのか。
 真意を推し量れば、知事就任以来の府政改革に当って垣間見た地方自治体の旧態依然とした体質と、全国知事会の組織力・行動力に疑問を持ったからに他ならない。
 問題点を整理して国に改善を求める。こんなことしかしてこなかった地方6団体の盟主たる全国知事会が、腰を据えて分権改革を国に迫ったことはあるのか。個条書きした要望書を内閣に提出するのが精一杯ではなかったか。
  橋下氏は歯に衣を着せぬ言い方で、こう知事会に物申した。その上で橋下氏は、直轄事業負担金問題の不透明さを取り上げ、爆弾発言を繰り返した。国も重い腰を上げて負担金の内訳を公表したが、そこで明るみに出たのは首を傾げるような説明のつかない地方への「請求書」だった。そして、多くの知事が橋本知事の言い分に同調、戦列に加わったのは周知のとおりである。

 直轄負担金問題に疑問を抱きながら、地方から声が上がることはなかった。この「長いものには巻かれろ」式のダンマリをぶち破ったのが橋下知事だったことを忘れてはならない。
 つまり、国への提言・要請団体としてしか行動してこなかった知事会のやり方を大転換して圧力団体としての存在感を示す、今がそのまたとない時期だというのが 橋下知事の考えだ。
 直轄事業負担金問題で知事会は、維持管理費を2010年度から廃止、最終的には制度廃止で取り組むことで一致、さらに政府の明確な情報開示がない限り本年度の負担金を支払わないことで合意した。

 重ねて記すが、解散・総選挙を念頭に置いて流動化する永田町に、積年の我慢をぶつけるまたとない会議が今回の知事会議だった。足元のおぼつかない自民党と静岡知事選と都議選勝利で一段と勢いを増した民主党という構図で、永田町政治は大きく塗り替えられようとしている。
 過去の全国知事会議で注目されたのは、2004年夏の新潟市での会議だった。国の補助金削減を巡って深夜、未明まで激論を繰り返した。新潟会議は知事会内部の議論だったが、今回の伊勢市での会議は明確に照準を国に当てた。
 国に対するプレッシャーは必ずしも十分ではないが、今回の会議は分権改革路線の弱さが指摘されてきた知事会の新しい出発点となるかもしれない。しかし、知事会を短期間にここまで引っ張ってきたのは東国原知事と橋下知事だ。
 もし、この「2トップ」がいなかったら、知事会は国民の注目を集めることはなかっただろう。永田町、霞が関も大した関心を寄せることはなかったのではないか。

09716日)